第9話 不思議な夢の中でみんなと

「タグ、寝ちゃった」


気づくと瞳をとじてスヤスヤと寝息をたてはじめたタグ。


「疲れちゃったのかな······」

そうつぶやいた時タグの上にヒラリと一枚の毛布がおりてくる。

それはタグの上に着地すると大きく広がってタグの体全体をつつみこんだ。

毛布の温もりのおかげなのか、タグの眉間のしわも和らいでいきやがて穏やかな優しい表情が浮かんでくる。


こんなことができるのは······。


「優しいね、セレナ」


「············そいつが起きたらすぐにきえるまやかしみたいなもんよ」


セレナはまっすぐ前を向きながらそういう。


出会いこそ最悪だったけれど会って間もないこの人は信頼に足るいい人だと思う。


でもタグが一度殺されかけたのも事実で、それは許せないとも思ってる。


許せないけど、いい人。


それになんだか懐かしい。彼女といると、なんだかーー。


「あんたは私のこと疑ってないわけ?」


「え?」


「お気楽そうな顔しちゃってさ。······あたしは、本気であんたを殺そうとしてた」


「そうなんだ」


「······あんたを見た瞬間に殺さなきゃいけない気がしたの。それにもうこんな毎日にうんざりしてきてて刺激が欲しかったわけ。けど、あんたが契約の輪をだした時になにか同じものを感じた。そしてそれと同時にあんたの中に眠る強大な力が伝わってきた。だから、面白そうだし、いいかなって思った。」


「同じもの、かあ。私もだよ。私もね、なんか懐かしいなあって。力とかはよくわかんないけど」


「······懐かしい······ね」


そういうとセレナはフッと柔らかく笑った。初めて見たその表情に一瞬惚けてしまう。

やっぱり美人さんだから笑顔がよく似合うなあ。


「············寂しかった」


その哀しく重みのあるつぶやきはもう日も暮れて暗くなりはじめたあたりに染み込んでいくようだった。


気づくとじゅうたんに乗り始めた時の海の荒々しさは消え失せ、本来の穏やかな海の姿が現れていた。

濃紺の色に染まりっていく海を見つめながら、私はそっと斜め前にいるセレナの横に移動した。


「私ね、セレナに、タグに、二人に会えてすごく嬉しいんだ」


「············」


「だからね、すごくありがとう」


もっとうまい言い方があるのだろうけどこういうことしか単細胞の私にはいえない。


「············嵐をうまく抜けたようね」

そういうセレナの表情をチラリと伺う。


漆黒の瞳はまっすぐ前の風景だけをとらえ決してブレることがない。


強くて綺麗で、でもどこか哀しそうな表情。


セレナは今一体なにを思ってるんだろう。

その表情を見てるとそんなことを考えてしまう。


「勘違いしてるみたいだけど、私の正体はただの残虐な悪魔。いつあんたを殺してもおかしくないんだからね」


そんな言葉に口を開こうとするとセレナはそれを遮るようにすぐに次の言葉を紡いだ。


「ここらは嵐さえ抜ければ穏やかなのよ。もう少しで陸が見えてくるはずよ」


「すごいね。どんな気候か分かるんだ」


そこもかしこも海だらけなのによくわかるなあ。


それからセレナが触れて欲しくないことに無理に触れたくない。そう思うと変に口を開く気にもならず気づかぬまに眠気というまどろみの中へと落ちていった······。




「······ベジ······ベジ!はやく起きなさい!!」


「ん、んんっ······もうちょっと······」


「もうちょっと、じゃないわよ!」


「うう······」


お母さんにたたき起こされる形で目覚めるとまだぼやける視界に家族の姿がうつる。

お母さんにお父さんにおじさんおばさん達。それから危機迫った様子のソウくん。

あれ?なんでみんないるんだろう。

······ああ、そっか。これは夢なんだ。


「全く。あんたが乗ってたはずのじゅうたんがひとりで帰ってきた時には一体何があったのか心配したんだからね」


しかめっ面で、でもひどく安心したようにそういう母。

そんな母を「おばさん、すみません」といい押しのけて前にでてきたのはソウくん。


「ベジ、俺、お前のところに行くから。待ってろよ」


いつも優しげに細められる瞳が珍しく強い感情をうつしだしている。


「でも、私もう少しで家に帰れるんだ。だからね」


来なくても大丈夫だよ、そう続けようとしたけれどその言葉はソウくんの強い言葉にかき消された。


「絶対に、お前のところに行くから」


なんでこんなに危機迫っているんだろう。

そう不思議に思っていると、今度は母さんがソウ君をおしのけた。


「ごめんなさいね、ソウくん」


そういうと今度はこっちに視線を向ける母さん。


「あんたはトロくて疎くてボーッとしてていつも昼寝してるような子よ。」


いきなり悪口ともとれる言葉を並べ立てられ反応に困っていると母さんはフッと優しく微笑んだ。


「けどね、あんたはあたたかくて優しくて思いやりがある本当にいい子でもあるの」


そんなこと言われたの初めてで余計どう反応すればいいのか困ってしまう。


「ベジ、あんたは私の誇りよ」

そこまで母さんがいうと今度は父さんが言葉を紡ぎだした。


父さんは筋肉質な巨体に似合わず涙脆い性格で今だってボロボロと涙をこぼしている。

けれど、涙を流す理由がわからない。

それにこれじゃあなんだか、みんなとお別れするみたいだ。

このやけに現実じみた夢の意味がわからず困惑する。


「ベジ······ベジイィィィ!!」

そう叫ぶと泣き崩れてしまう父さん。


そんな父さんに手を伸ばそうとすると見えない壁のようなものに弾かれた。


「そろそろ時間みたいね」

そういうと母さんは優しく笑んだ。


「あんたは幸せに、ね」


そんな言葉に「どういう意味?」そうだすねようとした瞬間、無理に夢の世界から引き離されるようなそんな感覚を覚える。



「ん、んんっ······」


痛む体を労りながら起き上がると大きく伸びをして立ち上がろうとする。が······

ドスンッ

思い切り前に倒れる。


「いった······」


口の中に広がるなんとも言えない味。泥か……。

······あれ?私達さっきまで海の上にいたのにいつの間に······。

「あら。さすがは田舎者。泥がよくお似合いね」


そんな声に顔をあげると腰に手をあて妖艶な笑みを浮かべるセレナの姿があった。


「ほんと?嬉しい」


やっぱり、暮らしが自然とでるものなのかなあ。なんだか私が大好きなあの場所て育ったことがこうしてわかってもらえたりするんだ〜と感動を覚えてしまう。


「残念だったね。ベジに皮肉は通じないと思うよ」

そんな声がしてきた方をみれば腕をくんでしかめっ面をするタグの姿があった。


「じゃあ、その分あんたに楽しませてもらわなきゃね」


「はあ?なんでそうなるんだよ」


「まあまあ」


とりあえず口論をおさめようと二人の間に割って入る。


それにしても、さっきの夢はなんだったんだろう?たまに現実を夢かと疑うことはあるけど、夢を夢かと疑うのは初めてかも。

でも今こうして私はここにいるわけだし現実ではなさそう。

なら、あれは夢なんだ。改めてそう思うとどこかホッとする。

はやく母さんや父さん、おじさんおばさん、じーちゃんばーちゃん、ソウくん、皆に私の新しい友達を紹介したいなあ。


「はあ······」


私の言葉を聞き入れてくれたようで口喧嘩をやめたタグは魔法のじゅうたんになにやら言葉をかけた。

すると見る見るうちにじゅうたんはハンカチサイズにまで小さくなる。

それをたたんで懐にしまうとタグはメガネをクイッと押し上げながら私とセレナを見やった。


「で、これからどうするのさ」

その言葉を受けて改めて辺りを見てみる。

鬱蒼としげる木々のせいか一筋も光がはいらないこの場所はなんだかかなり気味が悪い。

見たところ動物の気配もないし、地面はぬかるんでいてそこかしこに泥沼があるし、いかにも悪い魔女が住んでそうな場所だ。

少なくともお姫様が住むような場所では、絶対にない。


「ベジ、とりあえず立ちなよ」


そういって座り込んだままだった私の手をとって立ち上がらせてくれたタグに「ありがと」と礼をいうと改めてセレナの方を見る。


「セレナはここがどこだかわかる?」


「そうね。強いていうなら呪いの森じゃない?」


セレナがニヤリと口角をあげてそういうと、タグの眉間のシワがより深くなる。


「ふざけるのもいい加減にしろ」


厳しい声音でそういったタグは

「ここがどこか見当がついてるんだろ?ならはやくいってくれ」

と続ける。


「魂を吸う哀れな魔女が住む場所っていったらわかるわけ?」


セレナが挑発するような口調でそういい、それにタグが食ってかかろうとした。その時、

「何者だ」

鬱蒼とした木々と木々の間の暗闇から一人の少女が現れた。


女の子は白と黒を基調としたリボンやフリルの沢山ついたワンピースを着ていて、左手には片目のボタンがとれかかったクマの人形を持っている。


髪の毛は美しい白銀の巻き毛で、何束かは紫色をしている。


スミレ色の瞳は一瞬生気がないようなぼんやりとした印象を受けるがその奥には強い意志が垣間見える。


左目は星型の眼帯を付けていて見えないが右目同様、ぼんやりとしたまどろみの奥に強い意志が隠れているんだろうなあ。


そんなことをつらつらと思っていると、その少女の背後からもう一人、今度は少年がでてくる。


彼もまた何束か紫色をした白銀の髪をしていて、瞳の色も少女と同じくスミレ色だった。

なんだか似ているし双子さんかな。


「············」


少女とは違い、まどろんだ瞳の奥に何もないようにみえるその少年はただ無言で少女のそばにいる。


まるで感情すらないように感じられる。


「ご本人がさっそくご登場のようね」


セレナはひどく楽しそうに笑う。


「どういうことだよ」


「だから、この娘が、魂を吸う魔女なのよ」

セレナはことさらに楽しそうに、そう続けた。

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