第10話 魔女

「魂を吸う?」


そんなことできるわけないじゃないか。そう呆れて続けようとした時、あることに気がついた。


今僕の目の前にいる魔女は僕がずっと探し続けていたその人なのではないか、と。



ーーあいつっていつもお高くとまってるよなーー

ーー名門の一族だからって調子のりすぎーー

ーーあんたにはもっと上にいってもらわないと困るのよーー

ーー精霊と契約するのにも苦労したのに扱うこともできないのかーー

ーーとんだバカ息子だなーー

ーー恥を知れーー

ーーお前は名門のーー



頭の中に溢れだす心底嫌な思い出達。

僕はその全ての傷みから逃げだしたくて、あの時高い高い学校の屋上から飛び降りようとした。

僕がいなくなったところで、それはそこらの道に横たわった傷みに満ち満ちた動物達の死と同じ。


僕がいなくなったことなんて誰にも知られることなく闇に葬り去られる。


名門パリオネル家の家名に傷がつくことは一切許されないから……。

そう、僕の家はエルフの王族に連なる貴族の名門。

そのパリオネル家の長男が学校の屋上から飛び降りたとなればかなりの大事だった。


だからこほ僕は飛び降りるより無難な方法はないかと日々その方法を模索していた。

そんな中見つけたのが、『魂を吸う魔女』の存在だった。

学校の図書室。その中でも特に誰も手がつけたことがないようなホコリと蜘蛛の巣まみれの蔵書を開いていた時、僕はその人を見つけた。


文章は所々掠れていてよく見えなかったが、大体の内容だけは読み取れた。

その人は森に立ち入った者の魂を吸い上げそれを食べて暮らしている、とのことだった。


この世界から消えることができて、なおかつ魔女の腹を満たすことで誰かの役にもたてる。

それって素晴らしいことじゃないか。

そう思って魔女に会おうとしたが学校が終わってからは自室に追いやられて勉強漬けの日々。

夜間にスキをついて外にでようとしたって見張りがいて外出なんてとても容易なことではなかった。


それで、魔女のことほ諦めたんだっけ······。




僕は本当に消えたかったのか。

不思議と今はそうやって考えられる。


だから、改めてそう考えてみると、僕は消えたかったのではなく、消えるという選択肢しかない暗闇の世界に閉じ込められていたのだと思う。


そんな僕の手をひき光の方へ引っ張りだしてくれた人が今いるから僕はこうしてここにたっていられるんだ。



ーーお前って面白いやつだよなーー

ーーパリオネルの者だからじゃないーー

ーーあなたが大切なのーー

ーータグ、大人になったらさ結婚、しようねーー



不思議と今はあの時見えていなかった大切な人達のあたたかな言葉達が聞こえてくる。

そう思うとなんだかいつもよりずっと強くいられるような気がした。



「生憎この中に"適応者"はいないと思うけど?」


魔女と呼ばれた少女に不適な笑みを浮かべながらそういう女悪魔。


"適応者"?······。


一体なんのことだろう。


「それはお前が決めることじゃない」


少女は半分しかあいていないようなまどろんだ瞳ながら強く悪魔を睨みつける。


「グレーテル」


少女がそういうと斜め後ろに立っていた少年がスッと前に出て両の手を前に出した。


するとその両の手に沿うようにピアノの鍵盤が現れる。

少年は表情を一切変えずに鍵盤に指をおき流れるように音楽を奏で始める。


一体何をするつもりだ?


いつでも魔法がつかえるように身構えながら少年の出方を待つ。


「なっ······」


驚きから発したその言葉も途中で途切れる。

というのも、体が動かなくなり、声すらでなくなったから。

最初はなにもなかったのに、少年の奏でる不思議な音楽を聞いているうちにその音という音が自分の体の中を巡り巡りやがて精神、体共に自我を奪っていくように思われた。


くそっ。なんなんだよ、これ。


「あはっ」


この声······。


「あはははははははっ」


こんな状況すら楽しいっていうのか?いや、こんな状況だからこそ、だろうか。

どちらにしろ、腹が立つ女だ。


「あー、面白い」


この女悪魔の本来の実力ならばこの魔女とそのおつきの不思議な力を持った少年も一瞬で捻り潰せるはずなのに。


何故行動を起こさない?


確かにベジが主人となったことである程度本来の力に歯止めはされるだろうが······。


「············」


少女が悪魔に向ける冷めた目線は、僕が普段からこの悪魔に向けている目線と同じものだろう。


魔女は何も言わずに右手をスーッとベジの前で動かした。


すると······。


ガクンとベジの頭が垂れる。

少女がベジの方に手を伸ばし拳を握る。

それから少女が自分の元へ拳を戻し開くとその手の上には白金色に輝く塊があった。

目の前で起こったそのことにただただ呆然とするばかりでベジを助けようと行動を起こすことも出来なかった。

やがてハッと我にかえると隣にいる女悪魔にささやく。


「おい、ベジのこと助けないのか?」


この女悪魔は隠しているだけで相当な力を持っている。本気をだせばこの魔女だって一捻りだろう。

なのに、何故、主人を助けないんだ?


「··················」


女悪魔の顔をチラリと見やれは、そこには狂気に満ちた心底楽しげな笑みが浮かんでいた。

その笑みをみて先ほど目の前で起きたことよりもゾッとしていることに自分のことながら腹が立った。

僕は口でも心でもこの女に勝てないのか。


魔女の少女が左手をスッと動かすと、宙に何枚かのカードが現れる。

そのどれに手を伸ばそうかと手を上下に動かす少女。

しかし途中でハッとした表情をして動きを止める。


「············っ。反応がない?こんなことって」


「大丈夫?ヘンゼル」


顔面蒼白といった様子の彼女に言葉をかけるのは……。


視線をチラリとグレーテルという少年にうつしてみるが、一切口は動いておらず相変わらず人形みたいに突っ立っている。


じゃあ、一体誰が?


今のって……。もしかして


「クマが喋ったのか?……」


どこか間抜けな響きをしたその呟きは少女がかけた魔法がいつの間にかとかれていたせいでそのまんまだだ漏れてしまい若干恥ずかしくなる。


けれど、呟かずにはいられなかった。


魔女が抱えるダランとした様子のクマの人形は口は一切動かしてないものの確かにそこから声がするのだ。

確かに巷には『喋るクマのお人形』なんてあるが、あれは精霊や妖精を無理やり中に押し込んだもので、洗脳の期限が終わればすぐにただの人形に戻る。


保護の魔法が厳重にかけられてるものだったりすると、精霊や妖精も逃げ出すことができないので、可愛いクマの人形が怒り出して物を破壊したり夜中に逃亡しだすという悪夢もおこりかねない代物。


最近は倫理にも反するし販売が中止すれているようだが、あれは明らかにそれとは違う気がする。

もしかして、生きてるんだろうか。

……そんなこと、あり得るのか?




ーークマさんが本当に話したらすっごく嬉しいのに。ね、タっくんーー




……思い出したくない。

今は……。

彼女から逃げ出し傷つけた自分が情けなくて直視することもできないから。


でも、このクマの人形見たらきっとあいつ、飛び上がって喜ぶんだろうな。


ほんと、身勝手なやつだな、僕は。

自分の都合の悪いことからは全部目をそらして。


「…………グレーテル」


やっと放心状態から立ち直ったヘンゼルという少女はそうポツリと呟く。

改めて考えてみるとこの〝グレーテル〟というのは隣に立つ少年とクマの人形のどちらにいっているんだろう。

わからない。

見た目は人間なのに人形のような少年と、見た目は人形なのに人間のようなクマの人形。

おかしな話だな……。


「なに?ヘンゼル」


不安そうにたずねる少年の声、いや、クマの声。


「……なんでもない」


なんでもないようにはとても見えないが。

なんて皮肉をいう気にはならなかった。

あちらはベジの魂を握っているのだろうから。


そう思った直後、少女は先ほどとは逆の作法でベジに魂を返した。

立ったまま寝ていたようなベジがゆっくりと目を開き「ううっ……」とうめき声をあげる。


そして何事もなかったように後ろを向き、立ち去っていくヘンゼルとグレーテル。


「まっ……」


待て、そういうおとしたら女悪魔が片手で僕を制した。


「めんどくさいことはあんたも嫌でしょ」


どこか楽しそうに、企んでいるようにそういう女悪魔になにか言おうとするとばたりとベジが倒れる。


「ベジ!!」


慌ててベジの元へいき

ベジの体を支えて座らせる。


「大丈夫?……」


「寝てるだけじゃないの」

そういって笑う女悪魔に改めてベジを見やると、ベジはひどく気持ち良さそうにスヤスヤと寝音をたてていた。


自分の腕の中で眠るベジの姿を見ているとまたあいつの顔が浮かんできてぼくは慌てて顔をそらした。



忘れると決めたはずなのに。今さらなんでこんなに思い出す?


ふと目をやったベジの左手の薬指には金色の指環。

女悪魔と契約する際に僕がベジにあげたものが光っていた。




ーーこれ、あげるね!ーー




そういって無邪気な笑みを浮かべてその指環を渡してきたあいつ。




そんな大切な思い出全てを捨てて僕は消えようとしていたんだ……。

改めて考るとやはり愚かだな。



そんな暗い気持ちも、ベジの寝顔を見ていると不思議と薄らぎあたたかな気持ちが胸に広がってきた。



ほんと、嫌になるな。

ベジの寝顔を見てそんなことを思う僕は自然と微笑んでいた。

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