第7話 魔法のじゅうたんを見つけなきゃ
タグと一緒に連なって歩いていると重厚な扉が見えてきた。
あそこから入ったんだよね。確か。
「そういえば坊主はこのあとどうするのよ」
そうタグにたずねるのは私の左手の小指にはめられた指輪に住む悪魔、セレナだ。
「⋯⋯そんなこと聞いてどうするんだよ」
ずり落ちてきたメガネを押し上げながらそういうタグはむすくれ顔。
タグとセレナはあまり仲良くないみたい。
「さあ?どうするんでしょ」
そういうとクスクス笑うセレナ。
タグもセレナも私と違ってとても賢いし、ちゃんと話したら馬があって楽しいと思うんだけど⋯⋯。
どうすればちゃんと話してくれるだろ。
「ちょっと、ベジ!」
その声にハッとすると目の前に大理石でできた柱があって、慌てて立ち止まる。
「私はあんたと一心同体も同じなんだから充分気をつけなさいよね」
「そうだよね。ごめん、セレナ」
「ったく⋯⋯」
「どこぞの悪魔さんもベジに対しては随分と優しいみたいだな」
どこか皮肉ったその口調に左手の小指にはめられた指輪が微熱を発する。どうやらこの指環、セレナの感情の起伏によって温度があがったりさがったりするみたいだった。っていってもまださがったことはないんだけど。
「まあ、そうね。私エルフがこの世で一番大嫌いだから、あんたを相手にするよりかは優しくなってるかもね」
「ふーん。悪魔はエルフが弱点なのか。それは初耳だね。メモしとかなくちゃな」
「まあ、勝手にそう思ってなさいよ。実際死ぬほど嫌いだし」
「どうしてセレナはエルフが嫌いなの?」
気づくとそうたずねていた。
私は小さい頃からエルフのお姫様がでてくる絵本が大好きでそれで慣れ親しんでいたから好きなだけでほかの人は違うのかもしれない。
「⋯⋯⋯⋯大嫌いなエルフがいたの。それだけよ」
セレナがそういうと、初めて指環が冷たくなった。そのことに驚いているうちに指環は常温に戻り、扉の目の前に来ていた。
「で、坊主、答えは?」
「何のことだよ」
「このあとどうすんの、って言ったでしょ。それぐらいも記憶できないわけ?」
「はあ?君にそんなこと言われる筋合いは」
「タグはどうするの?」
そういうとかなり険しい表情をしたタグとばっちり目が合い心臓がすくみ上がる。
まるで怒った時の母さんみたい。
でもこのままじゃ拉致があかないと思ったんだよね⋯⋯。
答えてもらえないかも。そう思っていたらタグは案外あっさりと口を開いた。
「わからないよ」
その言葉は何も無いエントランスホールにやけに虚しく響いた。
「僕には帰る場所なんてないんだから」
その声音に先程のことを思い出す。
タグは自ら命を断とうとしていたんだ。
私にはそんなタグの気持ちを理解することなんてできないけど理解しようとすることはできる。
それなら言うことは一つなんじゃないだろうか。
「一緒に家に帰ろうよ」
「だから、僕の帰る家は」
「家が一つとは限らないでしょう?」
「なっ⋯⋯」
タグと向き合った状態で暫くの沈黙が流れる。それはきっと実際の時間にしてみればとても短かかったのだろうけど、私にはとても長く感じられた。
「私の家広いんだよ」
沈黙に耐えきれずに言葉がでてくる。
「畑ばっかりなんだけどのどかでね。母さんのスタルイトのパイは絶品なんだ。それに、従兄弟のソウくんはしっかり者ですごく頼りになる人でね」
「⋯⋯やっぱり環境が違うもんね」
「ん?どういう意味?」
「ううん。何でもない。どうせ行くとこないしついていかせてもらうよ」
「本当?やったあ!」
「よかったわね、坊主。嫁ぎ先が見つかって」
「嫁ぐわけじゃないから」
そういうタグの言葉はやけに冷たく笑いも苦笑に変わる。
「でも、坊主」
そうセレナが切り出した時、なんだか嫌な予感がした。
「『消えたい』はどうしたのよ」
真実を突くようなその言葉にタグは俯いた。影になって見えない表情に不安になる。
「タグ?⋯⋯」
「わからなくなった」
タグはポツリと呟いた。
「生きる意味とか僕の存在意義とかわからなくなって苦しかったけど、なんだかそれすらわからなくなった」
そういうとタグは真っ直ぐ顔をあげた。その瞳には私にはないものが沢山詰まっている。
そのことに気づいてほしい。
「だから、ベジと一緒に行くんだ」
「え、ああ」
唐突に自分の名前がでて慌てふためいているとタグはくすりと笑った。
「ベジと一緒なら、なにか見えてくる気がするから」
優しい表情で紡がれたその言葉に胸の奥がとても暖かくなる。
そっか。これは⋯⋯。
「なんだか弟ができたみたい」
「お⋯⋯弟?⋯⋯」
拍子抜けしたようにそういうタグになにかおかしなことを言っただろうかと不安になる。
「ぷっ。アハハハっ。弟ですってよ。せめても兄くらいならあんたの面目守れたでしょうけど、完全に面目丸つぶれね。いい気味」
「え⋯⋯あ、ごめん、私その、メンボクを潰すためにいったんじゃないの」
そうはいうものの『メンボク』の意味など丸っきりわからない。
田舎で農業ばかりやっていたから頭をつかうことはさっぱりだ。っていっても、同じ環境下で育ったソウくんはきっとこの言葉の意味も知っているんだろうな。
なんだか家に帰ることを考えると真っ先にソウくんと並んでお昼寝しているあの暖かな情景が思い浮かぶ。
そこにタグも加わったらきっと楽しいだろうな。ソウくんとタグは気があいそうだし。
「⋯⋯⋯⋯ベジ」
「うん?」
「僕は今年で二百歳なんだよ」
「え⋯⋯⋯⋯。おじいちゃん⋯⋯だったの?」
「アハハハハハハハハハっ」
セレナの笑い声にまた私が『メンボク』を潰してしまったことを察する。
「ごめん、タグ。わざとじゃ」
「ベジ」
「⋯⋯はい」
「エルフの二百歳は人間で換算すると十七歳くらいなんだよ」
「⋯⋯はい」
タグは何も言うことなく扉に手をかけ全ての鬱憤を押し付けるように思い切りよく扉を開けた。
私はその扉の先を見つめて思わず自分の目を疑った。
「え⋯⋯」
開かれた扉の先に広がるのは広大な砂漠。
「なんだよ⋯⋯これ⋯⋯」
呆然とそうつぶやくタグの声に、いつの間にか指輪からでていたセレナが背後で呟く。
「だから言ったでしょう?ここは"帰らずの館"だって」
「どうりで」
呆れたような怒っているような声でタグがそういう。
「魔法のじゅうたんは見つからないし訪れた人々が帰ってこないわけだ」
「魔法のじゅうたんもこの砂漠にいるのかなあ······」
「魔法のじゅうたんが館の中に入ってきていたのなら、出る場所が変わるんだからここにいる可能性もあるかもしれない。でもこれ······」
隣を見ると深く考えこんでいるタグがいて、そんなタグからは"話しかけるな"オーラがムンムンでている。
私は今すぐにでもこの砂漠にあるかもしれない魔法のじゅうたんを探して家に帰りたいんだけど······。
「館に繋がっているのはこの砂漠だけじゃない。だろ?」
その問いかけが自分に向けたものではないことを察して、後ろのセレナを見ると、セレナは口角をあげて妖艶な笑みを浮かべていた。
「そうよぉ。砂漠に氷河に断崖絶壁に森の中に······。そりゃもう、数え切れないくらいの場所と繋がってるわよ。この扉は」
「············」
タグはその言葉には何も答えずにドアノブに手をかけると思い切りよく扉を閉めて、それからまたゆっくりと扉を開けた。
するとそこには鬱蒼とした森が広がっている。
「······おい、ルミナスはその選択肢の中にあるんだよな?」
「それはないわよ。だって入ってきたところにでてもつまらないじゃな~い」
「お前······」
確かに入った場所と違う場所にでたら楽しいかも。でも戻れなくなるのは困るなあ。
二人の会話を聞きながら、そんなのんきなことを考える。
「魔法でどうにかできるだろ。どうにかしてくれよ」
「あら、それ私に言ってるの?」
「そうだよ、性悪悪魔」
「うるさい坊主ね。そんな言い草でお願い事を聞いてもらえるとでも思ってるの?」
「············頼むよ」
「ふふ。いい返事じゃない。でも無理よ」
「は?」
「今の私には、ね。」
そう言い終えるとこちらに目線をやるセレナ。
「えっと、私?······」
よくわからないままにそうたずねるとセレナはコクリと頷いた。
「ご主人様の力量が関わってくるのよ」
その言葉は私にはよくわからなかったけどタグは納得がいったみたいだった。
「ベジ、とりあえず魔法のじゅうたんは後からさがすことにして今はこの······」
そういってから扉の先に広がる鬱蒼とした森に目をやるタグ。
「森の中を進む?」
「あ、うん、そう。そう······なんだけど」
「急にどもっちゃって。さっき星海空蛙がいたけど······。もしかしてぇ、タグくんって蛙が苦手なのぉ?」
わざとらしくそういうと身の危機を察知したようにスッと指輪の中に戻るセレナ。
指輪にじんわりとした暖かさがやどり、タグは背後に振りかざした手が空をきったことに悔しげな表情を見せた。
それにしても蛙なんていたんだ。
私全然見てなかったや。
でもこんなに怒ってるってことは、ホントは蛙苦手じゃないのに苦手って言われて腹を立ててるんだよね。きっと。
横目でタグを見るとそう考え森へと足を踏み入れようとする。
「ちょっと待った!!」
そんな私の手前に来ると聞き迫った様子でそういうタグはかなり顔色が悪い。
「?どうかした?」
「もう一回!もう一回だけ開けさせてくれない?」
セレナのクスクスという笑い声の意味もよくわからないままに頷く。
「別にいいけど······」
ふう~······。まるでこれからなにかのくじをひくように大きくため息をつくとタグは扉を閉め、もう一度その扉を開いた。
その扉の先に広がるのはーー。
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