第6話 悪魔

「じゃあ、君はベジの指輪に仮住まいしているようなものですぐに出てこられるってわけか。まるでランプの魔神だな。」


「ああ、ランプの魔神ねえ。彼とはいい仲までいったものよ。昔の話だけど。」


「そんな話聞いてないんだが」


「いいから聞きなさいよ、坊や。恋愛話の一つや二つ聞けなかったら将来お婿にいけないわよ」


「生憎お婿にいく予定はない」


「ざっと三千年くらい前の話ね。私が一人でブラブラ歩いてたら」


「その話は別にいいからはやく解放してもらえないか?」


そう切り出した僕の周囲には目に見えない縄が巻かれてていて身動き一つとれやしない。

明らかに淫魔にしか見えない破廉恥な格好をしているから正直に事実を言っただけなのに何故こんな目にあわなければならないんだ。


ベジは『母さんの魔法のじゅうたんを探しに行ってくる』と言って部屋をでたっきり、帰ってくる様子など微塵もない。


この悪魔が館全体にかけていた魔法がとけて無重力の暗闇や生身の人間が倒れていた(ように見えた)部屋も消え普通の古びた館となったここで迷う以外に困ることはないと思うが。

⋯⋯⋯⋯あのベジのことだ。迷ってるな。見た感じ相当広そうだったし。


「あたしのことをバカにした罰がこの程度で済むとでも思ってるの?いいわね、坊主はお気楽で」


「っつ!」


「あ、ごめーん。ついつい」


そう言ってほくそ笑む悪魔女を睨みつける。

一瞬ではあれど息がとまるくらいにきつく縛り上げられたこの見えない縄に本当なら恐怖を抱くところだが、今はそうもならない。

この女悪魔への怒りでどうにかなってしまいそうだ。


「ベジは随分帰ってない。お前は心配じゃないのか?ご主人様だろ」


「はあ?ご主人様?あたしにご主人様がいたことなんてないわよ」


「⋯⋯やっぱりベジを騙したんだな」


「だから何回言えばわかるのよ、エルフの坊主。私は騙してなんかいないわよ」


整った顔を歪めてそう吐き捨てた悪魔は先程まで確かにあった牙も羽も、しまいには尻尾もない普通の女のような出で立ちだ。悪魔が人間に化けるなんて話聞いたことはないが今この目で悪魔の新たな一面を知った。

まあ、こんなこと知ったってなにかの得になるとは思えないけど。


「私はね一部の部族間で発生する『主従関係』ってのが死ぬほど嫌いなだけ。だから、言い方には気をつけることね」


そういうとニヤリと口の端を上げて長く伸びた鋭い爪を僕の喉元に突きつける悪魔。


部屋に入る直前、この爪によって喉元を切られ血を流したことがフラッシュバックして情けないことに気絶してしまいそうになる。

血だけは⋯⋯本当にダメなのだ。

正直ボロボロになって体中に傷を負い血を流しながらも立ち上がっていたあの時の僕は正気とは思えない。

本当にそんなことがあったのか疑ってしまう僕すらいた。


「私はあの子に協力するだけ。あの子にももちろん協力してもらうし、相互関係がいいとこよ。第一に私は面白いものさえ見れればいいのよ」


悪魔の漆黒の瞳の奥に見えるのは血や悲鳴や憎悪だ。


「⋯⋯ベジは田舎の娘だ。お前の望むものは見れないと思うけど」


そう、ただの片田舎に住む平凡な少女なのだ。

そして、たまたま都会に来た時に僕の命をこの世につなぎとめたーー。


「あんたは感じてないんだ」


バカにしたような笑いを浮かべる悪魔にはひどく苛立ちがつのる。


「何をだよ」


先程までひどく楽しそうにしていたのに途端その顔から笑顔が消えた。

細められた瞳は一体何をみているのか。僕には到底わからないし、わかりたいとも思えなかった。


「あの子の力、よ」


「力?乗っていたじゅうたんを暴走させる力か?」


こちらも悪魔をバカにしてやろうととっさに思いつき口に出した言葉だったがあまり効果はなかった。というか、むしろマイナスだった。


「違う」


その言葉を発した悪魔の目には何の感情も感じられない。

それはひどく怖いことだった。

どんな者にも喜怒哀楽は存在するものだし、それがわかりにくいことはあれど必ずその端々が垣間見えてくるものなのに。


「あの子、ただの田舎の娘じゃ終わらないわよ。そうじゃなかったらあんたもろとも殺してるわよ」


そういうとまた先程までのひどく楽しそうな意地の悪い顔つきになる。

この顔で見られるのは全く気分のいいことではないがなんだか今はホッとした。


「ただいま⋯⋯っ!」


そんな声のした方を見れば部屋の入り口に立ちハアハアと息を切らしたベジがいた。


「じゅうたん、なかった⋯⋯」


「でしょうね。だってここ、"帰らずの館"だもの」


どこか自嘲気味にそういう悪魔には心底腹が立つ。

そもそもベジに「なくした魔法のじゅうたんを探しにいってみたら?」などと言い出したのはこの悪魔なのだ。

こんな言動、ベジをバカにしているとしかとれない。


「そっか⋯⋯。そうだよね。どうしよう⋯⋯」


「魔法のじゅうたんなんてここルミナスじゃごまんと売ってるしそれを買えばいいよ。手持ちがなければ僕が買ってあげるし。あまり高いのは買ってあげられないけど······」


「あら。ベジに対しては随分と優しいのねえ」


意味ありげな視線をこちらによこす悪魔だが僕はそれを一瞥するとすぐにベジに視線を戻した。

うーうー唸りながらどうするか考えているらしい。


「でもあれは母さんの愛用してたやつで由緒正しいものだ、って、母さん言ってたし⋯⋯」


「じゃあ、さがそう。消えたわけじゃないんだ。さがせばどこかにはある」


「そう⋯⋯だよね。ありがとう、タグ!」


そういって無邪気な笑顔をこちらに向けてくる彼女はやはり、眩しい。


「はあ〜あ。なんか冷めちゃった」


悪魔がそういった途端見えない縄は突如として消え去り僕は地面に向かって前のめりに倒れ込んだ。


「っつ!⋯⋯」


「タグ、大丈夫?」


駆け寄ってきたベジに「平気だ」と伝えると満足気に微笑んている悪魔を睨みつける。


「あら、こわ〜い。退散、退散」


その直後悪魔は黒い光のような姿になってベジの指輪の中にはいっていった。


「さ、ベジ、行くわよ。あとそこの坊主も」


姿は見えないのに声だけは聞こえてくる。まあ、あの意地の悪い笑みを向けられているよりかはましか。


「じゃあ、行こっか」


「うん」


その時の僕は知らなかった。

ここが"帰らずの館"と呼ばれている本当の理由ワケを。

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