第1章 帰らずの館

第3話 スタルイトのパイが待ちきれない

大きな白い扉をトントンと二回ノックする。

「すみませーん、お届けものでーす」

できるだけ声を張り上げてそういうも、一向に人の気配はしてこない。


「どうしよう。いないんじゃどうしようもないもんね」

手に持った袋を掲げてみせて困り顔になる。


「そもそもその袋には何が入ってるのさ」

そうたずねてくるのは、私より少しばかり背の低いエルフの少年タグ。

私とは打って違って頭の良さそうな少年。

何故屋上から何もなしに飛ぼうとしていたのかはまだ聞いていないけれど、きっと何かしらの理由があったのだと思う。だからもっと親しくなってその理由を聞いてみたい。

不思議とタグとは今だけじゃない長いお付き合いになる予感がするから。


「うーん、なんだろう。お母さんからは何も聞いてないしお客様に渡すものを勝手に見るなんてできないし⋯⋯」

「なら僕が見る。僕が勝手に見るだけならベジに迷惑かけないだろ」

そんな言葉になんと答えようか考えているうちに袋を取り上げられる。


「⋯⋯薬草?」

袋の中をのぞき込むと訝しげにそうつぶやくタグ。

そんなタグに思わず私も袋をのぞき込む。

「あー、これはシルベコウだね」

微かながらでも鼻にツンとくる香りと特徴的な花形の葉。間違いないだろう。

「シルベコウ?⋯⋯。それはどんな効能があるんだ?」

「んーとね、解熱剤にもなるんだけど、他にもなにか使い道があって結構貴重なもののはずだよ」

「ふーん」

「あ、でもうちでは結構栽培しててね、うちの中だとそんなに貴重じゃないかも」

笑いながらそういうもタグからはなんの返答もない。

先ほどから何かを考え込んでいるみたいだけど大丈夫だろうか。

「それをこの館まで配達すればいいんだよね?」

「え?うん、そだよ」

「ならそこに置いといてもう行こう」

「でも、そしたら代金もらえないよ?」

「そんなのどうだっていい。はやくそれをそこに置いてくれ」

タグの危機迫っている雰囲気に慌てて届けものを扉の手前に置く。


「よし、行こう」

タグがそういった、その時。ギイィッと木が軋む音をさせながら真っ白の扉がゆっくりとこちらに向かって開いた。

中をのぞいてみると、見た目とは正反対。

真っ暗で、漆黒の闇だけが、そこにはあった。

そういえば父さんが世界には人の姿を成さぬ者がいるって言ってたな。

じゃあこの人は闇、なのかなあ。

闇だから光に憧れて白い館に住んでいるのかも。

扉の手前に置いといた届けものを持ち上げると扉の向こうの漆黒の闇に向かってそれを差し出す。

「これ、お届けものです。どうぞ」

そういうも一向に返事は来ず中に足を踏み入れようかと思い足を前に踏み出す。

「ベジ!!」

タグに大声でそう言われ思わず踏みとどまる。


「どうしたの、タグ」

振り返りそうたずねた時、背後に人の気配を感じてそちらを見やればそこには漆黒の闇と同じ色のローブを着た人がいた。

「あ、こんにちは。これ、お届けものです。」

そう言って届けものを差し出す。

気づくとタグが私の隣に来ていてひどく険しい顔をしていた。

接客で一番大切なものは笑顔、なんだけど、タグは魔法学校の生徒でそんなこと何も知らないんだろうし、仕方ない。

もっとも私自身接客なんて生まれてこのかた初めてなんだけど。


漆黒のローブから伸びてきたのは白く細い線の手。しなやかに伸びた指先には長く先のとんがった赤色の爪があって、漆黒の闇の中にその赤はよく映えた。

伸びてきた手は私の持っていた届けものを掴むとまた漆黒の闇の中へと消えていく。

「えっと、お代の方を頂いてもよろしいですか?」

何も喋らないその人にそう問いかけるもやはりなにも返ってはこない。

「失礼ですが、あなたは」

タグがそういったその時、スッとこちらに手が伸びてきて私の手首を掴んだ。そのことに心底驚いているうちに館の中へと引きずり込まれる。

「タ、タグ!」

思わず名前を呼びタグの方へ手を伸ばすとタグは慌てた様子で私の手を掴んだ。

そして⋯⋯。

「「うわああぁぁぁ」」

私とタグは闇の中へと引きずり込まれていった。

私とタグが館の中に入ると誰も触れていないのにバタンと音をたてて扉がしまる。

それによって一層あたりは漆黒の闇に包まれ何も見えなくなってしまった。感じるのは右手首を掴むひんやりと冷たい手と、左の手をギュッと握っている手の温かさだけだ。

やはりここの主は"闇"なのだろうか。だから少しでも光が入るのが嫌で代金を払うのも中で、ってそういう意味なのかもしれない。

不思議と体が浮いているような感覚がする。

と思ったら本当に浮いていた。足が地についていない。

一体どういうことなんだろう⋯⋯。


「うわあっ!?」

「タグ!」

唐突な悲鳴とともに右手に感じていた温もりが消え去る。

そちらに気をとられているうちに突如頭を鈍器で殴られたような痛みが襲ってきて私は次第に意識がまどろんでいくのを感じた⋯⋯。




「んんっ⋯⋯」

目を覚ますと自分は椅子に座っていて辺りは先ほどと打って変わった白い空間が広がっていた。

それにしても昼寝よりもずっと寝覚めが悪い。頭が痛むし、その痛みは今まで感じたことがないような強いものだ。

「タグは⋯⋯」

どこに行ったんだろう。それに、ここの主の人は?一体どこに⋯⋯。

「おはよう。調子はどう?」

そんな声に目線をあげるととても綺麗な女の人がいた。

艶やかな腰丈ほどの黒髪、肌は白く形のいい唇は艶やかな赤色。少しつり上がった瞳は吸い込まれるような漆黒の色をしていて、瞳を縁取るまつげはお人形さんのように長い。

洋服はかなり大胆で露出度が高い。胸元は大きく開いており、下は下着のような形の、これまた露出度の高いものだ。その二つが合わさったようなその服は先ほどまでいた空間と同じ漆黒の色をしている。ぴったりとした服なので体のラインが一目でわかってしまうのだが、この人はとても スタイルがいい。

「あの、あなたがここの主さんですか?」

「ええ、そうよ」

「タグはどこにいます?」

「ああ、お連れの方?お連れの方は途中で少し用を足しに行ったみたいよ」

「用を足すって何をです?」

そうたずねると先ほどまでにこやかだった女の人の眉間が一瞬ピクリとする。

「トイレのことよ」

「ああ、なるほどお」

都会の人ってトイレのことを用を足すっていうんだ。こんなこと聞いて無神経だったな。

「届けもの、ありがとう。これは代金よ」

そういって女の人が私の手の平にお金をおく。

「あ、ありがとうございます!」

そういって初めての配達でもらった代金を握りしめる。

「それじゃあ、タグがトイレ⋯⋯用を足し終わったら行きますね」

「ええ。待ってる間、これでも飲んでいているといいわ。」

そういって女の人がパチンッと指を鳴らすと私の目の前に突如として真っ白なティーカップが現れた。それはフワフワと私の手元へ下降してくる。私は慌ててお金をポケットにしまうとそのティーカップを手に取った。

「あったかい⋯⋯」

「でしょう?特製のものよ。それじゃあ、彼が来たら帰ってね。私は少し用があるから」

そういうと口の端をあげて笑みスタスタと歩いていく女の人。

そんな何気ない動作まで綺麗な人だなあ。

そんなことを思いながらティーカップを口に近づける。

「いいにおい⋯⋯」

これ、シルベコウの香りがする。あの女の人は紅茶にシルベコウを使うんだ。そんな使い方初めて知ったかも。

いや、シルベコウの解熱剤以外の役割って紅茶なのかな。


でも、なんだか他に使い道があったような⋯⋯。

まあいいや。いつものように難しい考え事などすぐにどこかへいって、私はそっとティーカップに口をつけた。

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