第三十五話 帰り道

「……なに、酔っぱらってるの?」


 そんな彼女の言葉に、泣き出したくなる。

 酩酊しているといえば、確かにそうだろう。

 ごまかしているのだ、蜂蜜酒アルコールで。

 ……ああ、そういえば、彼女もそうだったか。

 十六夜キリヤも、いまの俺と同じように──


「あたし以外のことを考えてる顔だわ。あーやだやだ、こっちは必死でみんなをたたき起こして、あんたを助けに来たってのに」

「……そりゃ、悪いことをしたな」

「そうよ。あんたは本当、悪い男だわ」


 ……それには反論できない。

 なにせ俺は、邪悪なのだから。


「……素直になるのって、怖いものよね」

「は?」

「あんたはほんっとに……察しが悪い男だって言ったのよ! このバーカ!」


 突然罵倒してくるステラ。

 俺は面食らって目を丸くする。


「理由なんて、聞かないわよ。あんたのそのの色の理由とか、なにがあったのかとか」

「…………」

「でもね、なに独りで孤高気取ってんのよ。こんな薄暗い場所に、いつまでいるつもりよ?」

「俺は」

「……この前のお礼、言ってなかったわ」


 なんの話だ?

 そう首をかしげると、彼女は歯がゆそうに唇をかんだ。

 そうして、言う。


「アグレッサーから助けてもらったこと!」

「……ああ」


 それは、当然のことであって。

 俺にとっては、当たり前のことで。


「あんときのことも、あたしは聞かない」

「なんで?」

「…………」


 そこで、彼女は黙った。

 口をつぐんで、暗闇の中、見通せるはずもない闇の中で、俺をまっすぐに見通して。

 その、星のような瞳が、俺を見て。


「悪くなかったわ」

?」


 思わず、間抜けな声が出た。

 意味が分からなかった。本気で分からなかった。


「だから、あんたと一緒ににいるの、悪くなかったのよ!」


 言うなり、彼女は俺のほうへと歩み寄ってくる。

 ずかずかと、無遠慮に近づいてくる。


「待て、止まれステラ!」

「いやよ」

「いまの俺は危険だ、近づくな!」

「襲われちゃうの? まあ、怖い」

「ふざけてる場合じゃない!」


 現状の俺は、玖星アカリとしてのパーソナリティーを保ってはいない。

 混沌浸食係数は既に897%。

 それは、邪神と何ら変わらない数値だ。

 なによりいまの俺は、俺の姿をしているとは限らないわけで──


「あんたはあんたよ。いつだって、どんな時だってね」

「────」


 まるで、こちらの心を読んだように。

 あるわけもないそれを、読み取ったようにして。

 彼女は、そう言った。

 言って、ついに、俺の眼前に立つ。

 差し出される、彼女の右手。

 そして──


「──ほらね? やっぱり、アカリはアカリじゃない」


 俺は彼女の手を執った。

 抗いようのない、衝動に突き動かされて。

 そして、差し込む、ひかり。

 

 彼女の眼には、俺は、俺のまま、写っていたのだろうか?

 本当にそうだろうか?

 ただ、これだけはひとつだけ、確実に言えるのだ。

 彼女は。


「ねぇ、アカリ。これは提案なのだけど」

「…………」

「あんた──あたしの相棒バディにならない? ちょうど探してたのよ、一緒に──世界を救う相手を」

「……俺は生徒会長じゃない」

「知ってて言ってるんだけど?」

「────」


 葉を見せて笑う、ステラ。

 その笑顔は、変わらずに、いつもの彼女のものだった。

 誰よりも不敵で、誰よりも素敵な、彼女の──


「────」


 かくして俺は、日常へと回帰する。

 ひと夏のアバンチュールを終えて。

 また、後方であり、対邪神戦線の最前線──流星学園へと戻る。

 俺が彼女の提案に、どう答えたのか。

 それは、まあ、お察しいただきたいというものだ。


「まったく──おまえには敵わないよ」


 それが俺の。

 玖星アカリの、偽らざる本心だった。


◎◎


 そうして、世界のどこかで、またアラベスク調の、ぬめりとした質感の表紙を持つ本の中に、いくつかの物語が描かれる。


 こたび描き出されたのは、怒りの二文字。


 世界はまた一歩、物語の先へと、歩を進める。

 その先に、絶望が待ち受けていても──







 玖星アカリの願い――終わり

 玖星アカリの現在混沌侵蝕率――328%──XX

 意味消滅まで、あと――

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