第三章 玖星アカリの願い

第十九話 生徒会長と玖星アカリ

 夜が明ける寸前、闇はもっとも深みを増す──

 赤い破滅の粒子をばらまきながら、十二対二十四枚の翼が羽ばたく。

 風を切るたびに襤褸ぼろ布のようなマントがはためき、その下に覆い隠された禍々しい鋼を、世界へと刻みつけていく。

 鋼は常に流動し、空間さえ蝕むように獰猛だった。

 3本の角が、頭部を貫通するように展開する無貌の巨人──巨神リベリオス。

 叛逆機のを冠する虚ろなる巨神は、漆黒の髪を振り乱しながら、迫りくる化け物どもを、その鋭い爪にて捉え、引きちぎり、握り潰し、殺戮する。

 追いすがるのは、同じく黒色の触手。

 ただ、巨神のそれを奈落のような闇色とするのならば、触手の色は、他の色彩に値しないがゆえの黒だった。

 触手の源は巨大な目玉であった。

 蛇と昆虫の中間のようなその眼球は、たえず変色し、緑色にも赤色にも見える。

 それが徐々に肥大化しながら、リベリオスを絞め殺さんと蠢いているのだ。

 一本の触手が、遂にリベリオスの脚部を捉えた。


「…………」


 おれは無言で、左手を掲げる。

 おれの左手は闇と同化していた。

 そしてその闇は、操縦席のすべてを充たし、リベリオスと直結している。

 おれの手はリベリオスの手であった。

 ゆえに、おれが左手を開けば、リベリオスもまた開く。

 そのまま、脚部に巻き付いた触手に押し当てる。


神代兵装起動プロウトビット・オーパーツ・レディー──【アッシュールバニパルの焔】──開帳アクティヴ


 触れたものすべてを焼き尽くす火炎が、一瞬にして触手を消し炭に変える。


『GURIIIIIIIIIIIIIIIIII!!』


 憤怒に絶叫する邪悪──シアエガ。

 アグレッサーなどとは危険度の違う、絶対の支配者にして闇黒の邪神。

 いまこの空域──日本上空を侵さんとしているのはそんな化け物だった。

 既に日本上空の4割は、彼奴きゃつによって浸食され、なかば虚夢界ドリームランドと同化してしまっている。

 このままでは近いうちにが限界を迎え、おれにとって好ましくない接触が起こってしまうだろう。

 世界の真理、宇宙の暗黒を、彼らが知るにはまだ早い。

 それを避けるためにも、この邪悪はここで、確実に討ち滅ぼさなければならなかった。

 コンソールで忙しなく刻限を告げるタイマーを見遣れば、残り稼働時間は既に20セコンドを切っている。

 20体のシアエガ──その分御霊わけみたまの同時顕現という埒外に際し、緊急稼働したリベリオスは、すでに現状起動可能な兵装を使い果たそうとしていた。

 迫る触手を腰から抜刀した大剣──コスの印が刻まれたそれで叩き切る。

 だが、その力を使う度、我のなかのおれという存在が磨滅していく。

 ──

 消えているのは、我のほうだ。

 いまは微睡の中にあるディバイオスならば、それを防ぐこともできるだろう。

 だが、リベリオスは違う。

 これは喰らう。

 その本質ゆえに、人間の、命あるすべてを。

 ……もはや長くはないのだろうと、我は気づき、そしておれは目を逸らす。

 制限時間が12セコンドを切った。

 侵蝕率は200に届こうとしていた。


「──状況を、第三誓約に該当と判断。第一級神格に対する混沌庭園の解放を提言──受諾」


 右手を開く。

 リベリオスの炉心──すべての元凶が唸りをあげる。

 右の手の平に発生するのは、極微小の暗黒そのものだった。


「シャルノースよりケムを経て至れ。其が辿り着くは究極の門、その彼方の空虚──無限より出でて、夢幻へと還れ──闇は黄昏に──」


 光は、暁に。


 疑似オブスキュリティ輝く多面体トラペゾヘドロンが展開し、咆哮する。


「邪悪よ、根源へと還れ──【混沌回帰ケイオス・リグレーション】」


 殺到する無数の触手を掻い潜り、おれは、眼球邪神の中核に、右の掌底を叩きこんだ。

 刹那、マイクロブラックホールが開かれ、目前の邪神は断末魔を上げながら封神される。

 残骸が、何処から来たのかわからない機械のかけらが、異物として排出され、散乱し、超重力の余波、潮汐力ちょうせき力波涛はとうによって分解されていく。

 20体すべての邪悪を、我らは封神してみせた。

 その代償は──


◎◎


 リベリオスのコックピットから、生徒会長室に転送された俺は、力を失いその場に崩れ落ちた。

 次元的、空間的に隔離されたこの場所は、〝 彼 せいとかいちょう〟の認可を受けていないものは立ち入ることすらできない。

 俺は黒衣を脱ぎ去り、仮面を投げ捨てて、喘鳴を上げながら床を殴りつける。

 ぼろぼろと両の瞳からは涙がこぼれ、それを止める術がない。

 果てしない過去、俺がはじめておぼえた感情が──凄まじい悲しみと、どうしようもない無力感だけが、俺を苛んでいた。


「俺は……ッ」


 流星学園生徒会長。

 それは、日本を守る最後の希望、世界を守る戦士の象徴だ。

 しかし、その存在は、もはや──


『時間稼ぎは、もう限界ではないか?』


 耳元で、いないはずの仮想人格が──生徒会長が、俺へとそう囁きかけた。

 その声が、あまりに消え入りそうで、儚くて。

 俺はもう一度、床を殴りつける。


 涙は、同じ理由で、違う意味で、流れ続ける……

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