第二章 玖星アカリの闘争

第八話 祝福された島国 ~防衛戦線異状なし~

 流星学園城下都市――眞火炉まほろ


 その街は中央に流星学院を抱き、地球連合の庇護下ではなく、D.E.M.直下の企業が多く集まり、無数の関連事業により、例外的に発展している。

 地下、地上ともにレールラインが張り巡らされ、短時間での移動が可能である。

 有事の際には防護壁が至る所に乱立し、人々をまもる。


 そんな城塞都市の隅っこに、小さなオペラハウスが存在する。

 現在の演目はアイーダ。

 第一幕第一場、エジプトへと迫るエチオピア軍が歌われる。

 その演目を頬杖をついて眺める俺の横で、空色のドレスを着こんだ彼女は、ゆっくりとした口調で告げる。


「玖星君、急報です」

「……いま、いいところなんだけど、雨宮リリス理事長代理」

「活性化したアグレッサー邀撃ようげきのため、日本近海に展開中だったアメリカの第八艦隊が消滅しました」

「…………」


 舞台の上では神託を受けた神官が、若きラダメスをそそのかし、戦いの司令官へとまつりあげようとする。

 彼は奴隷の少女に恋をしており、ならば勝利を彼女に捧げようと誓う。


「そして数分前、地球連合軍、日本国防衛戦線の――第28機械化師団が襲撃を受けたという一報が入りました。28機械化師団は最前線へ派遣されていた部隊。敵は未知。通常型アグレッサーは確認されていますが、或いは――」


 国王、新民、すべてがラダメスに言う。

 勝利者として凱旋せよ。

 すべての対敵を打ちのめせ。

 邪悪のすべてを根絶しろと。


「……なあ、リリス。明日は俺、ステラと出掛ける予定なんだ。ほら、精神休養の、特別外出許可ってやつ?」

「もちろん、許可します」

「…………」


「――皆が今夜を、生き延びられるのなら」


「――――」


 俺は無言で立ち上がる。

 リリスが仮面を、そして外套を取り出し、俺へと差し出す。

 受け取りながら、最後に眺めた舞台では、ラダメスの愛する女性が――奴隷であり、実はエジプトの女王である彼女が、自らの父親と愛するラダメスが争うことを、ただ嘆き、死を願っていた。


「そんな未来だけは――俺は認めない」


 俺は、闘うために仮面をかぶる。

 戦えなくなった玖星アカリは、その責任のすべてを――生徒会長へと投げ出した。





「I AM PROVIDENCE――」




 漆黒が、夜の静寂を引き裂いて、駆けた。





 ……その夜の戦闘は延べ6時間に及び、リベリオンが打ち倒し、混沌の根源へと送還した邪神の数は、2万を超えた。


 ――侵蝕率497%


 俺の肉体の半分は、いまや混沌に蝕まれようとしていた――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る