第二十章 建内宿禰
泉進と剣志郎は、本多晴子が元に戻ったのを見てホッとした。
「何とか手遅れにならずにすんだか」
泉進はゆっくりと晴子を地面に寝かせた。
「えーい!」
彼は早九字を切りながら気合いを入れ、晴子の身体の穢れを祓い始めた。
「本多……」
剣志郎は晴子の身体に自分のスーツを脱いでかけた。
(こんな若い子を自分の手駒のように使って……)
剣志郎は建内宿禰に激しい憤りを感じていた。彼の中の竜の気が大きくうねり始める。
「ぬ?」
自分の中の妖気を追い出すために九字を切っていた土御門晴信は剣志郎の変化に気づいて彼を見た。
(これは……)
晴信は九字を切るのをやめ、
「急急如律令!」
と剣志郎を気で攻撃した。
「うわ!」
剣志郎はそれを全くの無防備で食らってしまい、地面に叩きつけられた。その途端、竜の気がその敵意を晴信に向け、剣志郎から離れた。
「何事だ?」
泉進、仁斎が晴信を見る。
「何するの!?」
藍はよろめきながら叫んだ。雅は晴信の突然の行動を妙に思い、
(どういうつもりだ?)
と晴信を見た。その間にも、竜の気は膨らみ、晴信を威嚇し始めた。
『気づきおったか、晴信よ』
晴信の頭の中に建内宿禰の声が木霊する。
『やはり貴様の仕業か、物の怪め。我が子孫を
晴信も心の声で建内宿禰に返す。藍達に聞かれたくないためだ。
『お前は始めから、我が子孫を依り代とし、現世に甦るつもりであったのだな? そしてあの小野源斎は只の捨て石』
晴信は今にも襲いかからんばかりの竜の気を見上げながら建内宿禰に言った。
『如何にも。源斎程度では我の力は納まり切らぬ。あの娘はお前と我の力を合わせ持つ。よって、我の依り代に相応しい』
晴信は建内宿禰の企みに震えた。恐れからではない。怒りでだ。
『そして、小野の者共が闇の力を封じようとして来るのもわかった上で、我らに妖気を纏わせた。そして、仕上げはあの竜の気か?』
晴信は、その陰謀の根幹を知り、今度は戦慄で震えた。
『さて、うぬとの戯れ言は終いだ』
建内宿禰はスーッと晴信から離れるように気配を消した。
(何をするつもりか?)
晴信は目の前に迫る竜の気を見上げ、歯軋りする。
(この気と争えば、その
「何を企んでおるのだ、あいつは?」
仁斎は眉をひそめた。
(あの男を殺すつもりであれば、さっき殺せたはず。それをしなかったのは、何か理由があるのか?)
仁斎は泉進を見た。泉進は剣志郎を助け起こしながら、
(どういうつもりだ? あの娘に向かおうとした竜の気を自分に向かわせたように思えるのだが)
と思っていた。彼にも晴信の考えがわからないのだ。
(もしや……)
雅は、晴信に建内宿禰が近づいたのがわかった。
(晴信は、あの娘を守ったのか。竜の気があの子を攻撃すれば、それは……)
雅は仁斎を見て、
「竜の気を鎮めてくれ。あまり暴れられるとまずい事になる」
「何?」
仁斎は理由を尋ねようとし、ハッとなった。
「そういう事か?」
「そういう事だ」
仁斎と雅の謎の会話を聞いていた藍は、
「どういう事なのよ!?」
と怒鳴ったせいで、フラッとした。
「大丈夫か、藍?」
その藍を剣志郎が支えてくれた。
「あ、ありがとう」
藍は雅が仁斎と話しているのを確認しながら、剣志郎を見た。
「あいつ、死ぬ気かも知れない」
剣志郎はそう言って晴信を見た。
「どういう事?」
藍は剣志郎の腕を振り払いながら尋ねた。すると剣志郎は苦笑いをして、
「いや、何となくそう思えただけ。さっき、あいつにはね飛ばされた時、そんな感じがしたんだ」
「ふーん」
藍は頷きながら、晴信を見た。
「これ、巻いとけよ」
剣志郎は藍に皺くちゃなハンカチを差し出した。
「あ、ありがとう」
藍は苦笑いしながらそれを受け取り、傷ついた右手に巻いた。
「泉進、手を貸せ。竜の気は奴の呼び水だ。抑えないと、彼奴が出て来てしまう」
「わかった」
二人の老人はそれぞれの術を駆使し、竜の気を抑えにかかった。
「黄泉戸大神!」
「臨兵闘者皆陣列在前!」
二人の術が、竜の気を押さえ込もうとする。竜の気はそれに反発し、動きを活発化させた。
「はあ!」
「ふおお!」
仁斎と泉進は更に力を込め、術を強化した。すると晴信が、
「余計な事をするな! それは私の獲物だ」
と怒鳴る。
「何を言っておるか! 今はそのような事を言い争っている場合ではない!」
泉進が怒鳴り返した。
「そうだ。何を考えておるのだ、お前は!?」
仁斎も同調し、晴信を睨んだ。
「今更何を言っているんだ、あいつは?」
雅は晴信の言葉を不審に思った。
(何かあるのか?)
彼は辺りを探った。
(確かに先程まで建内宿禰は晴信に憑いていた。しかし、今はその気配がない。どういう事だ?)
「愚か者め、この
晴信が更に大声で言い返した。
「何だと?」
仁斎と泉進は顔を見合わせた。その時だった。
「黄泉路古神道奥義、黄泉比良坂越え」
いつの間にか立ち上がった晴子が、黄泉路古神道の奥義を唱えていた。
「しまった!」
雅はようやく建内宿禰の企みの全容に気づいた。
(それか……。その手があったか……)
晴子は妖気を全く纏っていなかった。まさにそれこそが建内宿禰の罠だったのだ。
(一旦妖気が消えてしまえば、俺達はそこから目を離す。それが狙いだったのか。そして、あの舞バアさんと小山隆慶が使った奥義……)
雅は歯軋りした。
(知っていながら、そこに気づけなかったとは……)
藍は晴子の異変に目を見張り、
「本多さん!」
と地面に突き立てた剣を引き抜き、晴子に近づく。
「何、これ?」
晴子の周りの空間が歪み、どす黒い妖気が渦巻き始めた。
『藍よ、剣で斬りなさい』
倭の女王の一人、卑弥呼が言った。
「はい!」
藍は剣を正眼に構え、気を高める。
「ふおお!」
黄泉比良坂越えの生み出す疑似黄泉の国の中で、晴子が雄叫びをあげる。
『ようやく戻れる』
建内宿禰の身の毛もよだつ声が聞こえた。
「くそ!」
雅は何もできない自分に腹を立てた。
「そういう事か」
仁斎と泉進も術を解き、藍の応援に回ろうと走り出す。同時に竜の気も、強大な闇の気の出現に気づき、晴子へと動き出した。
(このままでは、我が子孫が危うい)
晴信は押さえ込んでいた妖気を解放した。一気に膨れ上がった妖気は、晴信の容貌すら一変させた。もはや晴信は人ではなく、黄泉の魔物のようになってしまった。
「はあ!」
晴信は妖気を使い、散った式神を再生させた。そして、
「黄泉醜女!」
と黄泉路古神道の奥義を使い、黄泉の魔物を出し、式神と融合させる。
「物の怪め、お前の思い通りにはさせぬぞ!」
晴信の怒りが広がる。彼は式神を黒い剣に変化させて持った。
「あれは?」
晴子を救い出そうと黄泉比良坂越えが作り出した異空間を剣で斬っていた藍は、晴信の変貌に気づき、ギョッとした。
「とうとう行ってしまったか?」
仁斎は晴信の姿を見て呟いた。
「もし晴信蘇りし時、人であれば救い、物の怪であれば滅せよ」
先祖の小野楓と共に晴信を封じた土御門家最後の当主である晴栄が遺した言葉である。
「滅さねばならなくなったか」
仁斎は悲しそうに晴信を見た。
(晴信は、楓様に思慕の情があったという。母を知らぬ晴信にとって、楓様は一体どんな存在に見えたのであろう?)
『ほう。晴信よ、覚悟ができたか。ならばこちらに来い』
建内宿禰の声が囁く。晴信はバッと飛翔すると、竜の気を剣で弾き飛ばし、晴子のそばに舞い降りた。
「く……」
晴信が加わったせいで、異空間の守りが強くなり、藍は剣を弾かれた。
(どういうつもりなの、土御門晴信?)
藍は晴信を睨み据えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます