第二章 復讐の始まり

 仁斎は空中に浮かぶ土御門晴信を睨む。

「小野一門を滅するために甦っただと?」

 晴信は仁斎を見据えたままでゆっくりと地面に降り立ち、

「お前達には積年の恨みがある。滅さずにはおかぬ」

と言うと、懐から幾枚もの呪符を取り出した。仁斎はそれに気づき、身構えた。

(何をするつもりだ?)

臨兵闘者皆陣列前行りんぴょうとうしゃかいじんれつぜんぎょう!」

 晴信は九字を切り、呪符を投げた。呪符はまるで生き物のように宙を滑空し、仁斎に向かう。

「まずはお手並みを拝見致そう」

 晴信は余裕の笑みで言う。

「愚弄しおって!」

 仁斎は熱くなりそうなのを押さえながら、

「神剣、十拳の剣!」

と右手に光り輝く剣を出す。

「なるほど。流儀通りだな?」

 晴信が呟いた。仁斎は晴信の何もかも見通したかのような言いように腹が立ったのか、

「姫巫女流は一人や二人の使い手を見たところで、その全てを見た事にはならぬぞ!」

と言い放つ。

「ならば見せてみよ、お前の力を!」

 晴信はそう言って高笑いした。呪符は仁斎の近くまで来ると、彼を取り囲むように周囲を回り始めた。

「ぬ?」

 仁斎は呪符の動きに気を配りながら、晴信からも目を離さない。

(これは囮か?)

 呪符の動きが速くなる。すでにその速さは普通の人間には視認できない。

急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」

 晴信が更に次の呪符を放つ。

(あれが本命か!?)

 仁斎は晴信が手から放った呪符が陰陽師が使役する物の怪「式神」であると判断した。

「はあ!」

 仁斎は気合いを入れ、まず飛び回る呪符を一閃し、消し飛ばした。そして次に迫り来る呪符に向かう。呪符は黒い塊になり、鬼のような姿に変化へんげした。

「やはり!」

 仁斎は剣を下段に持ち、襲いかかって来る式神を斬った。

「ぐおお!」

 一体が斬り裂かれて消滅すると、次が襲いかかる。

「えや!」

 仁斎は二体目を右袈裟斬りにし、続く三体目を逆袈裟斬りで消した。

「もうしまいか?」

 仁斎は剣を正眼に構え、晴信を見た。

「いや」

 晴信はニヤリとした。

「何!?」

 仁斎は完全に虚を突かれた。地中から式神が飛び出して来たのだ。

「おのれ!」

 仁斎は辛うじてその襲撃をかわし、飛び退いた。

「よくぞかわした。それでこそ宗家。そして、あの小娘の末裔」

 晴信は仁斎を嘲笑うかのように上体を反らせる。

「小娘? 楓様の事か?」

 仁斎は眉間に皺を寄せ、怒鳴った。

「その通り。そもそもはあの小娘が始まり。この私の目論見を邪魔しおって!」

 ニヤニヤしていた晴信の顔が、明治初期の小野宗家継承者である楓の名前が出た途端、鬼の形相になった。

「逆恨みだな、土御門晴信。お前の企みが崩れたのは、楓様のせいではない」

 仁斎は反論した。すると晴信は更に怒りを増幅させた。

「黙れ! あの小娘が我が目論見を邪魔したは紛れもなき事だ!」

 仁斎には晴信の怒りの意味がわからない。

(こいつ、小野一門に恨みがあるというよりは、楓様個人に恨みがあるのか?)

「だから、あの女の血を引く者共は全て滅するのだ!」

 晴信は残った式神を退かせ、別の呪符を出した。

「何だ?」

 仁斎はその呪符から出る妖気を感じた。

(これはまさか……)

「これは先程の呪符とは違うぞ。私が新しく編み出した呪符だ。陰陽道の力と黄泉路古神道の力を合わせた」

「何だと?」

 晴信の言葉に、仁斎はギョッとした。

(黄泉路古神道の力を合わせたもの、だと?)

 仁斎の額を汗が伝わった。


 その頃、藍は仁斎達のところに向かって飛翔していた。

(お祖父ちゃん……)

 小野源斎の時も、小山舞の時も、建内宿禰たけしうちのすくねの時も、ここまで焦った事がない。それほど藍は危機感を抱いていた。

「何が起こっているの?」

 藍は速度を増した。


 仁斎はその呪符に底知れない何かを感じた。

(黄泉路古神道の記録の中には、陰陽道の呪符と合わせられたものの事は残っていない。どういうものなのだ?)

 仁斎はジリジリと後退りした。

「怖いか、小野の者よ?」

 晴信はまた得意そうに笑う。

「そうであろうな。この術は、私以外誰も使わぬ。誰も使えぬからな」

 晴信は呪符を放った。呪符は空を切り、仁斎に向かう。

「ぐわあ!」

 呪符は式神に変化する。

「式神?」

 仁斎は眉をひそめた。次に瞬間、式神に黄泉路古神道の術の一つである黄泉醜女よもつしこめが取り憑いた。

「……」

 仁斎は唖然としてしまった。

(こ、これは……)

 一瞬対応が遅れた仁斎を式神の鋭い爪が切る。

「ぐう!」

 仁斎は右肩を切り裂かれ、後ろに飛ばされて倒れた。十拳の剣はその衝撃で遠くへ飛んでしまった。

「うおお!」

 式神は雄叫びを上げた。その姿はおぞましいものだ。鬼のような身体が半分腐れ落ち、妖気を噴き出しているのだ。

「くう……」

 仁斎は式神に切られた肩を押さえ、立ち上がるが、思うように身体が動かない。

「その爪には黄泉の妖気が含まれておる。やがてお前の身体は腐り、死ぬ」

 晴信はそう言って大笑いした。

「……」

 仁斎は肩を見た。切り裂かれた皮膚の下から、どす黒い膿が湧いて来ている。

(やはり、こやつ、昔より強くなっているのか?)

 仁斎は歯軋りした。

「さてと。次の相手が迫っておるようだ。そろそろ死ぬか?」

 晴信は狂気に満ちた目で仁斎を見下ろした。

「く……」

 仁斎はふらつきながらも、投げ出してしまった剣の元に歩く。晴信はそれをニヤリとして見ている。

「そこまで辿り着けるかな?」

 仁斎は途中でよろけて倒れてしまった。もう身体を起こす力も残っていない。

「うう……」

 仁斎は顔だけを晴信に向け、その顔を睨む。

「終いだな、小野の者よ」

 晴信がさげすみの目を向ける。

「やれ」

 晴信の命で、式神が仁斎に突進した。

「ぐおおあ!」

 式神の爪が仁斎に突き刺さるかと思った瞬間、その腕は斬り飛ばされ、宙に舞った。

「面白いものを作ったな」

 漆黒の剣である黄泉剣を構え、仁斎と晴信の間に現れたのは、小野雅だった。

「ぐおお!」

 腕を斬り飛ばされた式神が怒り、雅に突進した。しかし、雅はあっさりと式神を斬り捨て、消滅させた。

「貴様、黄泉路古神道の使い手か?」

 晴信は訝しそうに尋ねた。雅はチラッと仁斎を見てから、

「そうだ。それがどうした?」

と尋ね返す。

「ならば、お前も滅する。黄泉路古神道も消えてなくなるべきものだからな」

 晴信は雅を睨みつけた。

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