アシュレイと暗黒の騎士
斉藤なっぱ
カートン村の勇者
「ふわー・・・」
冒険が終わり、アシュレイはカートン村に帰っていた。衝撃的なアデッソ王の結末を、勝利に沸いた仲間たちと、共に目撃し、衝撃を受けた。
リトルコールティンとは、あれっきり出会えていなかった。
「守られなくても強いじゃないか」
そのうえ出番のなかったアシュレイはがっかりして、帰ってからはやる気なく家でごろごろしていた。
ふと下の階から怒声がした。
「アシュレイ!いつまで寝ているの!」
「やべえ母さんだ!」
アシュレイの母親はカートン村の教師だ。
「日曜日だったのか、ちくしょう」
「何が畜生よ、これからどうするつもりなの!学校もやめて、仕事もやめて!」
窓を開けて、アシュレイは深呼吸をした。勝利した傭兵にはすこしばかりかねがある。屋根の上に乗っかって、また勝利の言葉を叫ぶのであった。
「西の国の悪い王は、俺たちの悪い魔術師についに倒されたのだ!」
「アシュレイ!」
ついに怒り狂った母親が2階へヒステリックに怒鳴りながら部屋に入ってくると、
もうそこには誰もいなくなっていた。がらんとした少年の部屋からは、昔ニナーフォレストからもらった剣がひとつなくなっている。外からふいに風が吹いて、アシュレイの机のうえの白紙を吹き飛ばした。
母親はにこりともせずやれやれと溜息をついた。
屋根をつたって降りようとするアシュレイに爺さんが声をかけた。
「おい、アシュレイ!どこへ行くんだ」
「それは俺にもわからないな」
「外は危険だよ、いくらお前さんが村一番の剣士でも」
「世界一になってやるんだ」
手をじっと見て、アシュレイは改めて自分の指を確認した。じっと観察すると、しばらく経ってへへっと笑って頭をかくのであった。そうして、少年が村を出て走り去ったあと、小柄な修道女が、腰をおとして、じいさんの曲がった腰ほどに目線を合わせて、語りかけた。
「ここに凄く腕の立つ男の子がいると聞いて」
修道女は自分のことのように熱弁を振るった。
「あいつは世界一の剣士になるって言って村を飛びだしたんだよ」
残念そうにじいさんが遠くを眺めてそうして目を伏せた。
「なんですって、そのような!」
溜息交じりに、そう云って修道女は、じいさんの目の先を追って、そこをめがけて走り出した。
彼女の名をファティナと言った。ハイランドからやってきたシスターである。
彼女はハイランドとエルキナを結ぶ教会の巡礼の途中であった。シスターはすっかりその音色にほれ込んでしまい、アシュレイのあとを追うのである。
「私、神に誓ってあなたと出会います」
シスターはそっと十字を切った。
アシュレイがやってきたのは、騒がしい港町だった。
海とドロが混じったにおいが鼻につく。アシュレイは思わず大きなくしゃみをした。
港町の繁華街にたくさん張られたポスターを眺めながらぽつぽつ歩いていると、
一箇所に、男たちが群がっているのが見えた。アシュレイはそういった扇動的なものはあまり好きではない。知らん振りして通り過ぎようとすると、突然その群集の酔っ払いに絡まれた。
「よーよー兄ちゃん、あんた見ていかないっていうのかい」
「見たらどうだっていうんだ、どうせ新しい賞金首の似顔絵でも描いてあるんだろ」
「オレもさっきまでそう思ってたところだ、ところがどっこい」
興味をもってしまって、アシュレイは仕方なくそのチラシを見ることにした。
ヴィンランドスレイ杯 優勝の暁にはこの国の姫であるエリメルにプロポーズする権利を与えられる。
武器、魔法、なんでも持ち込み可。ただし真剣試合のため、命を保障するものはなし
「これが本当なら、俺たちは貴族になれる!?」
勇ましい海の男たちの話題はそれでもちきりであった、相手は何より国の誉れ高いエリメルだ。アシュレイはそれを聞いて震え上がった。
「オレがヒーローになれるチャンスだ!」
アシュレイはここぞとばかりに喜び勇んで飛び上がった。その場にいた全員を振り返せる声量があり、一瞬空気が止まった。それから雑踏がまた耳につくようになると、誰かがアシュレイに話しかけた。
「こんなチビ、勝てるわけがねえ」
「なんだと!上等だ!」
誰かが仲裁に入り、二人の拳は下に下ろされた。派手なけんかが始まると期待して大勢の例の闘技場とは関係ない人々が回りを囲んでいた。
その騒ぎを見て、一人の亜麻色の髪の少女がその様子を観察しに、近寄っていて、
アシュレイと口論になった男の顔をこっそり見ていた。
「てめえ名前をなのれよ!」
蹂躙された男の一人が叫ぶと、アシュレイは堂々と名乗った。
「オレはカートン村の勇者 アシュレイ・カルティエだ!いずれ世界に名だたる英雄になってやる!」
「・・・・・」
アシュレイの通る声が、人ごみを掻き分けてきた少女の耳に響いてくる。
瓜顔の大きなつり目、清潔な短髪、どこまでも真っ黒い石炭のような瞳。
はっきりとした口調で、少年はまくしたてた。
やがて夕方になる、それらの出来事に飽きた人々が散り散りになると
口論をした相手には仕事があったのか、覚えてろよと一言残して去っていった。
残されたアシュレイは、殴られたときに口を切っていて、血が口の周りに滲んでいた。人だかりがなくなったあと、亜麻色の髪の少女が一人ぽつんと残り、
アシュレイと二人だけになっていた。
「なんだよ、喧嘩はもう終わったよ」
「あんた、無茶するのね」
そういってかがんでハンカチを渡した。
アシュレイは受け取って軽く口を拭いて、少女にハンカチを投げつけた。
すっかり日が暮れる。氷の国エルキナでは夜が近づくとすっかり肌寒い。
すこし震えてアシュレイが両腕を組むと、寒いねと言って少女はハンカチを拾った。
アシュレイは、少女の胸に光るエレメンツ勲章にようやく気がついた。
「エレメンツ?」
「そう、なりたてだけど」
ふふふと笑って、少女は夕方の町に消えていった。
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