デルフィニウム

第1話 エピローグ

 正しくいるために嘘をつく。

 隣にいるために距離をおく。

 優しくなんてできません。

 嫌いになんてなれません。

 ただ、あなたの決めた枠の中をはみ出さぬように。悟られぬように。

 精一杯もがくだけ。



 双子の姉妹。取り返しがつかなくなるまで気づけなかったのは、きっとこの関係にそんな名前があったから。ただの友達でも姉妹でもない。おんなじ顔で、産まれた時から隣にいる一番の理解者。いわば半身。まったくあいつの好きそうな言葉だ。


 ロマンチストでミーハーなカッコつけ。そんな姉がこの『特別』に惹かれないはずがなかった。他の兄弟よりずっとずっと甘やかされてた自覚もある。勿論、私も姉を特別だと思った。小学校にあがって、狭い世界が広がりだしても、それはほとんど変わらなかった。


 中学生になって、姉はいわゆる中二病になった。なんていうか、世の中はすべてロマンチックに、私を中心に回ってるんだ🎵みたいな。確かにうっとおしかったけれど、素ではただただ優しく明るい姉のままだったので、特に気にならなかった。むしろ、本当は優しくて、穏やかな姉の姿を同級生たちは知らないのだ。と思うと、姉と私はやっぱり特別なんだと嬉しくすらなった。その時点でだいぶ手遅れであったのだと今なら思う。


 その日、いや、ぼかしても意味ないか。中学2年生になった春。夕飯も終わって、弟たちと、リビングでだらだらと過ごしていた。すると急に姉が立ち上がり、パーカーを引っ掛けて玄関に向かう。こんな時間にどこにいくのかと問えば、ノートがきれていたのを忘れていたから、とコンビニに行くらしい。双子の神秘というかなんというか、姉の言葉に同じくノートがきれてるのをおもいだし、私も一緒に行くことにした。


 無事、ノートを数冊づつ買って帰ろうとしたとき。


 「ちょっと寄り道しない?」


 姉の一言に、特に反対する理由もなく、後ろについていく。

 しばらく歩いて、近所の公園に着いた。散り始めた桜がオレンジのライトに照らされて綺麗だった。

 最初に姉がブランコに向かって走りだした。負けじとあとに続いてく。散々遊具で遊んで、最後にジャングルジムの頂上に姉が腰かけた。そばに行こうと登り始めると、上から澄んだ声が降ってくる。


 「綺麗でしょ?桜。」


 その声に答えようと、首をあげて、でもなんの声も出てこなかった。桜を背負って微笑む姉はけれど、こちらを向いてはいなくて。その目は儚い花びらに向けられていた。きゅっと胸が苦しくなった。


 その横顔をじっと見てしまったのも、落ち着かない胸の鼓動も、今ならまだ、気のせいですませられるはずだった。桜が見せたただの幻で済むはずだった。


 けれど、吹いた春風に、ふわりと姉の前髪が揺れて、舞踊る花びらと甘い香りが、くるくると髪に絡み付いたとき、姉の目が私に向いた瞬間。

 視界の中に桜なんて映っていなかった。



 (ああ、だめ、だ。)



 私は恋に落ちた。

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