理央君とお昼休みにお話し
次の日。
今日から本格的に授業が始まる。つまり、五時間目六時間目があるということだ。頑張って午前中の授業を乗り切る。夏休み開けてすぐだから、めちゃくちゃきつい。心なしか先生も少しダルそうにしてるような気がする。
午前中の授業が終わってお昼休みになった。お昼ご飯の時間だ。
お昼ご飯はいつもお弁当だった。お母さんの手作り弁当だ。私、簡単な料理しかできないし。もちろん今日もお弁当……と言いたいところなんだけど、今日はお弁当を持ってなかった。っていうのも、いつもはお母さんが作ってくれてるんだけど、今日はうっかり寝坊してしまって作れなかったらしい。これでお昼ご飯買ってどうにかしてね、と千円渡されたのだ。
「私購買でパン買ってくるね」
「行ってらー。机くっつけとくね」
「ありがとー。すぐ戻ってくるね!」
爽子にそう告げて、財布を持って教室を出る。
購買は一階の昇降口の近くにある。二年生の教室は二階だから、少しだけ遠い。
速足で購買まで向かう。早めに行かないと商品が売り切れてしまう。特にこれが欲しいっていうものはないけど、なんとなく余り物を買うのはやだなーという気持ちがあったり。それに、特にこれが欲しい! ってものは無くても、好みの商品はあったりするのだ。
「あー……」
早めに到着!
……なんて思っていた私は甘かったらしい。普段購買を使わないからこの時間の混雑具合を正確に把握できていなかった。
私が購買にたどり着いた頃には、もうたくさんの生徒がいて次々にパンやお弁当が売れていっているところだった。
取りあえず並ばなければ買えない。私は長蛇の列、というほどではないけどそれなりに並んでいる列の最後尾に並んだ。
パッと買ってサッと戻る予定だったんだけどなぁ。これは時間がかかりそうだ。
爽子に『時間がかかりそう』とメッセージを送る。すぐに『じゃあ先に食べてるね』と返ってくる。
それに返信してから、前を向いた。回転は思ったより早いみたいだけど、その分商品もどんどんはけていく。
あ……メロンパン無くなった。生クリームが入ってて好きなんだけどなぁ。カレーパンも無くなっちゃったし。あー! 焼きそばパンも! 私が食べたいの全部無くなった!
「どれにする?」
私の番に回ってきた時には、ジャムとかおかずとか何も入ってないパンとか、菓子パン系ばっかりが残っていた。あんまり惹かれないなぁ……。
くるみパンとシュガースティックみたいな細長いパンを買って列から外れる。ついでに自販機でミルクティーも買う。
「あれ、楓?」
自販機から紅茶のペットボトルを取り出すと、後ろから声をかけられた。なんか最近後ろから声をかけられるの多いような気がする。
でも、後ろを振り向きたくない。すごく聞き覚えのある声だ。っていうか、理央君の声だ。
そりゃ一緒の学校にいるんだから会うときは会うんだろうけどさ、なにも二日連続で会わなくったって……。
楓にはバンドに誘って、それで気まずい雰囲気も解消しちゃえ、なんて言われたけどさ。やるにしても心の準備ってものが必要でね? 昨日の今日で心の準備なんてできてないわけで……。
「うー……理央君?」
いつまでも振り向かないわけにもいかないから、覚悟を決めて振り向く。といっても、体はのろのろと動いていたけど。
「楓いつも弁当だったと思うけど、今日はパンなんだね。珍しい」
「うん、ちょっとね。理央君もパン?」
「俺はいっつもパン。そのためにバイトしてるようなもんだしね」
理央くんと話しながら移動し始める。距離は人一人分くらい空けたまま。前は、もう少し近かった。
「楓何のパン買ったの?」
「くるみパンとシュガースティック? みたいなやつ。遅かったみたいで欲しいのが買えなかった」
「結構競争激しいんだよね購買って。チャイム鳴ってからすぐに行かないとだいたい欲しいもの買われちゃうんだよね」
「理央君は何買ったの?」
「俺? 俺はカレーパンと焼きそばパンとコロッケパン。あと、コーヒーかな」
そう言って私に近づいて袋の中を見せてくれる理央君。一瞬引きそうになるけど、それはさすがにどうなんだと思って踏みとどまった。
私のその微妙な挙動に気付いた理央君が足を止めた。真剣な表情で私の顔を見つめてくる。
「楓さ、この間からなんか変だよ?」
「そ、そんなことないよ?」
「そんなことあるって。どうしたの? もしかして俺のせい?」
「それは……」
確かに理央君のせいではあるんだけど。……いや、この考えを改めなきゃいけないのかも。理央君のせい理央君のせいって言って、しっかり受け止めてこなかったのは私だ。
私はしっかりと理央君の顔を見つめ返した。
「理央君がこの間バイトであんなこと言うから、どうしていいかわかんなかっただけだよ」
「え……?」
体をきちんと理央君の方に向ける。周りは昼休みの喧騒に包まれていて、私と理央君の会話を聞いてる人はいない。よく理央君と一緒にいる遠藤君って人も、女の子たちも、今は近くにいなかった。
「バイトのあの日、理央君が変なこと言うから、ちょっと距離をつかみかねてたの。あと、夏祭りの時逃げ出しちゃったのも。……あの時はごめんね」
「いや、それは全然気にしてないからいいけど。……そっかそっか」
理央君は一人で頷いている。なんだかうれしそうな顔してるし、なんなの?
せっかく私が勇気を出して気まずい理由を告白したっていうのに。……なんか納得いかないというか。気まずいのは私だけだったっていうのはわかってるんだけどさ。
「んー……楓がそんな気まずく思うとか思ってなくて……ごめん」
理央君はそう言って頭を下げた。
「や、あの、理央君が悪いわけじゃないから謝らなくていいっていうか、私が勝手に気まずく思ってただけで……」
「それでも、だよ。俺の言葉が気まずくさせてたのは事実なわけだし。なんごめん」
「いや、こっちこそ!」
そう言って頭を下げる。なんだか、廊下で二人して謝りあう形になってしまった。どうするのこれ……。
「……ぷっ! あはははは!」
「……あはは!」
頭を下げ合って数秒。理央君が突然笑いだした。そのおかしそうに笑う姿を見て、私もつられて笑ってしまう。
他の人もたくさんいる学校の廊下で、私が悪い、いや俺が悪いだなんて言って二人して頭を下げ合うなんて、おかしなこともあるものだ。
その状況がおかしくてひとしきり笑った後は、いつもの私たちに戻っていた。私が気まずく思う前の私たちに。
気まずさを解消するのって、こんなに簡単だったんだ。爽子の言った通り、話さないから気まずいだけだったのかな。ちゃんと理央君と話してみたらすぐに気まずさがなくなっちゃったし。
「ねえ理央君。私とパン交換しない?」
「えー? せっかくダッシュで並んで買ったのに?」
「いーじゃん! 哀れなわたくしめにお恵みを!」
「どうしよっかなー」
そんな会話をしながら、私たちは廊下を教室に向かって歩いて行ったのだった。
ちなみに、巧みな交渉の末くるみパンと焼きそばパンの交換に成功しました。やったね!
「理央君と仲直りした」
「へーよかったじゃん」
「なんか反応薄くない?」
「だって私にとってたいした問題じゃなかったし」
「そりゃそうかもしれないけどさ。親友の問題が解決したんだよ?」
「おめでとー」
そう言って拍手をしてくる爽子。明らかにやる気が見られなくて全然祝ってないっていうのがわかるけど、これ以上この話題を続けるのもあれだったので流しておいた。
理央君と交換したパンを持って教室に戻った私は、いつもより短い時間でお昼ご飯を食べ終えた後、こうしてさっきの出来事を爽子に報告したのだ。
「なーんかねー。話し始めたらあっさりだったっていうか。なんで今まで気まずく思ってたんだろーっていうかさー」
「まあそんなもんでしょ。もともと仲良かったんだし。喧嘩してたわけじゃないんだから」
「そうだねー」
といっても、解決していない問題が一つだけある。
理央君には謝られたけど、あのバイトの日に言われた言葉。結局どういう意味で言ったのかわからなかった。
けれども、もういいのだ。もう気にしないことにした。だってあれから理央君から何も言ってこないし。理央君いつも通りなんだもん。私だけ気にして悩んでって、バカみたいじゃん。
「じゃあこれからいつでも理央君のことバンドに誘えるじゃん」
「え……その話本気だったの?」
てっきり私をからかうための方便かと思ってたのに。文化祭で有志バンドやるって、本気だったんだ。
「本気に決まってんじゃん。来年になったら受験だし、やるなら今年しかないんだよ? 私だって文化祭で思い出残したい!」
「文化祭で思い出残したいって気持ちはわかるけどさぁ」
「ていうかなんで楓が渋るの? 楓ギターもできるし歌もすっごい上手いじゃん。むしろ渋るのは私の方でしょーに」
「自分から提案したの棚に上げてそういうこと言わないでくださーい」
まあ確かに、ギターはある程度弾けるし、ボーカルもやってたから歌えないこともない。上手いかどうかは置いといて。
でもなぁ……歌うのを止めてしまった私が、今更バンドで人前で歌うなんて、気が引けるというか。こればっかりは爽子に相談したところで理解してくれるかどうかはわからないし。
文化祭で思い出が欲しいって気持ちはわかるんだけどね。
「いいじゃんいいじゃん。それに藤原さんのところに行くっていう名目もできるんだしさ」
「いや、だから文化祭のために『Bedeutung』の皆さんに迷惑かけるのはダメって言ってるじゃん」
「迷惑かどうかはわかんないじゃん。案外オーケーしてくれるかもしれないし。ダメもとで聞いてみたら?」
爽子がそう言い募ってくる。
私だって大洋さんと会えるようになるのは大歓迎なのだ。ただその理由が私的な理由すぎるってのが引っ掛かってるだけで。
んー……でも聞いてみるだけならいいかなぁ。なんか爽子に言われてるとだんだんそんな気持ちになってくる。
確かに聞いてみたらオーケーしてくれるかもしれないし。完全に私のわがままになっちゃうんだけど、どうなんだろうか。正確には私だけのわがままじゃないんだけど、そのあたりは関係ない。
「……じゃあ聞いてみるだけ聞いてみるね。それでダメだったら諦めてよ?」
「もちろん!」
「あ、あと聞くのは三人目決まってからね。もしオーケーもらえたとして、三人目が決まりませんでしたーなんてことになったら申し訳が立たないし」
「りょーかいです! ってことで、さっそく三人目さがそ!」
「はいはい。でも、昼休みもう終わるし放課後になってからね」
もう予鈴がなる時間だったから、そう言って会話を終わらして机を元に戻す。パンのゴミなんかも全部捨てて次の時間割を確認する。
「次なんだっけー?」
「数Ⅱ」
「うわ、めんどー」
なんて会話をして、午後の時間を過ごしたのだった。
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