夏祭りに向かう途中
翌日。天気は快晴で、天気予報でも一日晴れが続くって言っていた。
夏が緩やかに終わりに近づいていく季節になってきたんだけど、外はまだまだ夏の熱さが続いている。つまるところ、今日も今日とて真夏日になったのだ。めっちゃ暑い。
夏祭りは夕方からで、花火の時間は午後の八時から。ついでに言うと、今はまだお昼時だ。
昨日、あれから家に帰っても理央君の言葉のせいで悶々とさせられた。
今までそんなこと言われたことがなかったし、理央君もそんな態度を見せたことなかった。それこそ爽子の「彼氏できた?」って質問に理央君が上がらなかったくらい、理央君からそんなそぶりを見せられたことがなかった。そぶりを見せられたことがなかったというか、理央君はいっつも女の子に声かけてるから参考にならないというか。いや爽子の質問は適当だからあんまりあてにならないけど。
でも、よりによって昨日あんなことを言われるなんて。どうして私が藤原さんを好きになってからああいう態度をとるのか。ほんとうに、もう。
でも、別に理央君が私のことをどうとかって直接言ってたわけじゃないし、本当にただ夏祭りに誘おうと思ってたってだけで、他意はない可能性だってある。……あるのか?
だって、男子高校生が夏祭りに何とも思ってない女子の同級生を誘う? しかも、あの口ぶりからするに一対一みたいな感じだったよね? こういうことで冗談言わないとも言ってたし。
ていうことは、理央君は私に少なからず何らかの気があるってこと? だよね? 自意識過剰かな。
いや、でも……。うーん……。
なんて自室のベッドでゴロゴロしながら考え込む。全く、なんていう爆弾を残していったのだろうか。今日は藤原さんとの夏祭りなのに。ていうか次会うときにどんな顔して理央君に会えばいいわけ? すっごい顔しそう、私。
あぁー! もやもやするー! 理央君のバカバカバカ! 私が今日のこと楽しみにしてるって見抜いてたじゃん! なのになんであんなこと言うわけ!? ほんと信じらんない!
理央君のせいで今日楽しめなかったらどうしてくれるの!?
「かえでー。お昼ご飯よー」
階下からお母さんが私を呼ぶ声が聞こえる。
「はーい! 今行くー!」
とりあえず理央君のことは頭の隅にしまっておこう。今日そんなことずっと考えてたら藤原さんとの夏祭りが楽しめなくなっちゃう。
せっかくのデートなのだ。向こうはそうは思ってないだろうけど、私にとってはデートなのだ。それを、なんだかよくわからない言葉で混乱したまま過ごすなんてのは以ての外だ。
うん。だから、とりあえず今はお昼ご飯食べて頭を切り替えよう。そうしよう。
ゴロゴロ転がっていたベッドから起きて、私はダイニングへと向かった。
藤原さんと約束した時間は五時半だ。駅前で待ち合わせして、そこから歩いてお祭りの会場まで行く。会場って言っても駅前から川の方にかけて一帯が会場になっているから会場に向かうっていうよりは会場を歩いて花火のところまで行くって感じだ。
そして今の時間は待ち合わせの三十分前。お母さんに浴衣の着付けをしてもらって、財布やらスマホやらを入れた小さなバッグを一つ持って、駅前に向かうだけ! と言う感じだ。
駅前まではお父さんに車で送って行ってもらう。浴衣で自転車なんか乗れないし、歩いていくには若干遠い。行けなくはないけど行きも帰りもある気っていうのは疲れるし。それに履いてるのも靴じゃないから、余計にそうなんだよね。
「お父さん、そろそろお願いしていーい?」
「わかった」
リビングでテレビを見ていたお父さんに頼んで車を出してもらう。お父さんはテレビを消すと、車のカギを持って外に行ってしまった。
「それじゃあ行ってきます」
「気を付けて行ってくるのよ」
お母さんに行ってきますの挨拶をしてから、お父さんを追いかけて外に出る。外に出るとお父さんがもう車のエンジンをかけ終わっていたところだった。
ドアを開いて助手席に乗り込む。家族で出かけるときは助手席はお母さんの位置だけど、今日は私とお父さんだけだから私が助手席だ。二人しかいないのに後ろに乗るっていうのも変だし。
「駅の方に行けばいいんだっけか」
「うん。そこで待ち合わせしてるから」
簡単に目的地を確認したお父さんは、サイドブレーキを下ろすと車を発進させた。
ゆっくりと走って住宅街を出てから、大通りを通って駅の方まで走って行く。今日は夏祭りの日だからいつもよりも交通量が多い。走っている車や集団で移動している自転車、歩いている人など、普段の倍以上の人がいるように思える。
普段だったら車で駅までは十分もかからない。けれども、今日はもうちょっとかかりそうだった。といっても約束の時間に遅れそうなほどではないけど。
なんとなく落ち着かない。
落ち着かないというか、ドキドキしているというか、ふわふわしているというか。何とも言葉にしがたい感覚がして、落ち着かないのだ。
今日これからのことに期待しているっていうのもおおいにあるし、不安がっているっていうのもすくなからずある。自分でも自分の気持ちを持て余していた。
世のお嬢さん方は好きな人と一対一でデートってなった時に、いったいどんな心持でいるのだろうか。平常心? それとも楽しみだーとか? どうしようっていう不安な気持ち?
浴衣だって着てきたし、お化粧だってしている。お母さんに再三確認しておかしくないか確かめて、それで、今向かってる。
大丈夫だよね? 私おかしくないよね?
そんな風にそわそわしていると、信号に引っかかったところでお父さんが口を開いた。
「今日一緒に夏祭り行くって言ってたのは男の人か?」
「そうだけど……言ってなかったっけ?」
「母さんからは聞いてる」
お父さんに言ってなかったっけ。
……なんていうのはわかっていた。なんとなく言いづらいというか。世間だとお父さんっていうのは娘の彼氏とか、好きな人に敏感だとか、そういうのよく聞くし。うちのお父さんはそんなタイプじゃないだろうとは思ってたけど、でも何となく言いづらいって気持ちがあって、直接伝えることができてなかった。
別に悪いことしに行くわけじゃないんだし伝えたって何も問題はないんだけど、人の心っていうのは複雑である。自分で言っててそれはどうなんだって話ではあるが。
「その男の人っていうのは楓の同級生か?」
「ううん。私よりも年上の人」
藤原さんが同級生だったら、どうだったんだろう。なんかろくに接点も持てないまま三年間終わりそうな気がする。いやまあ、あの駅前で会った日も奇跡だったんだけどさ。
「大学生か。それとも社会人か?」
「んー……社会人かな」
少し言いよどんだのは、別にお父さんに言いにくかったからじゃない。メジャーデビューしたバンドマンってお父さんの言う世間一般の社会人に当てはまるのかな? って一瞬悩んだからだ。でもそれ以外に答えようがないから社会人って答えたんだけど。
「そうか……」
お父さんはそこでいったん話を切るように口を閉じた。駅が目の前にあるっていうのがその要因だと思うけど。
ロータリーの端に車を寄せて止まる。周りには私と同じように車で送ってもらった人たちが溢れていた。
私はドアを開けて外に出ようと、ノブに手をかける。と、その時またお父さんから声がかかった。
「よかったら、その人を一回うちに連れてきなさい。お父さんもお母さんも歓迎するから」
「え……」
ふ、藤原さんを家に……? そ、それはハードルが高いというか、別に今付き合ってるわけじゃないし、そもそも来てくれるかどうかなんてわかんないし、誘える勇気が湧くかだって想像できないのに――!
でも、お父さんが藤原さんのことを少しでも知ろうとしてくれてるのがわかる。まだ名前すら伝えてないけど、娘が一緒に夏祭りに行こうとしてる男を理解しようとしてるのが。
「……うん。できたら、そのうち」
だから私はそうやって頷いて、車から出た。
お父さんの表情は見えなかったけど、お父さんは何も言わずに車を出して帰って行った。
お父さん、ありがとね。
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