お母さんと私
日曜日の夏祭りは、この街で唯一花火が打ちあがる祭りだ。だからそれなりに人が来る。ていうかめっちゃくる。
花火は五千発で、そこまで大きい花火大会ではないけど、地元の人とかちょっと離れたところに住んでる人とかが大挙して押し寄せてくるのだ。
何の予定も入らなかったらまた爽子とかを誘って行こうかなーなんて考えていたけど、そこにまさかのお誘い。
二つ返事で了承して、私は藤原さんと一緒に夏祭りに行くことになった。
なんでメッセージじゃなくて電話で連絡してきたのかというと、メッセージでやり取りしていると、この間みたいにまた他のメンバーの人に見つかってしまうかもしれないから、というのが理由らしい。
つまりどういうことかと言うと……なんと、藤原さんと二人だけで夏祭りに行くことになったのだ! わーぱちぱち! ……なんか馬鹿っぽい。
ていうか、これっていわゆるデートってやつなのでは? 大丈夫かな、私。心臓もつかな? 途中でドキドキしすぎて心臓爆発したりしないよね? 大丈夫だよね?
あ、服装ってどうしたらいいんだろ!? 今までは普通に私服で行ってたけど、今年は藤原さんとで、デート……だから、やっぱり浴衣とか着ていった方がいいのかな? それとも普通に私服とかの方がいい? 浴衣とか気合入りすぎって思われたりする? どうなんだろう。わかんない。
っていうか、浴衣なんて持ってない! もし浴衣着るとしたら、どうしたらいいんだろう。最近は結構安く浴衣売ってるっていうし、買えばいいのかな? でも着付けなんてわかんないし。浴衣って着付けっていうの? ああ、もう! 考えがまとまらない!
と、とりあえず浴衣の件はお母さんに後で聞いてみよう。何かわかるかもしれないし。それ以外のことは……どうだろう。何か準備することってあるのかな? 夏祭り行くのに準備。今までそんなこと考えたことなかったけど。
花火ゆっくり見るためにレジャーシートとか? いるかな。それとも立って見るのかな? いやそもそも花火見るのかな? 出店回りとかはどうなるんだろう。
心配なこととか不安なことがたくさん頭をよぎる。連絡をもらった瞬間からすっごい楽しみなはずなのに、それと同じくらい怖いと思う気持ちもある。
ちゃんと来てくれるかな? ダメな子って思われたりしないかな? 私に何かトラブルがあっていけなくなったりとかしないかな? ちゃんとできるかな?
楽しみと不安とがごちゃ混ぜになってぐるぐると胸の内を回り続ける。それにつられるように現実の私の体もソファをゴロゴロ転がる。
あぁー、もう、どうしよう。さっきから全然落ち着かない。はたから見たら絶対変な人扱いだよ、私。今誰もいないけどさ。
手にはスマホを握りしめたままだ。またいつ誰から連絡来るかもわからないし。……なんて言い訳をして、さっき着たばっかりだっていうのにもう藤原さんからの着信を期待している。
やばい、私ちょっと重い女かも……。今までこんな経験なかったからどうしていいかわかんないんだもん。ほんとに、ほんとにどうしよう。
って言っても、今できることなんかないんだけど。一人でゴロゴロしながらうだうだ考えていても何も解決しないというか。解決っていうと何かもんだが起こってるみたいな言い回しだけど、問題は起こっていない。いやある意味私の中で問題は起こってるんだけど、話の流れとしては「夏祭り行こう」「行きます!」の単純な話なのだ。その相手が人気急上昇中のバンド『Bedeutung』の藤原さんで、私の好きな人でなければ。
例えば和樹なんかが相手だったらこんなに思い悩むことなんてなかった。爽子も誘ってまた三人で普通に遊びに行くだけだ。まあ和樹に夏祭り誘われたことなんてないんだけど。
けど、今回の相手は藤原さんだ。名目はこの間の埋め合わせってことなのかもしれない。でも、藤原さんからわざわざ夏祭りに行こうって誘ってくれたのだ。埋め合わせなんて、それこそ適当な喫茶店でだべるとか、私からまたお願いが入るまで放っておいてもよさそうなのに。
だから、この夏祭りは絶対に失敗したくない。少しでも藤原さんに良い印象を持ってもらった状態で終えたい。それで、あわよくば次からは私から誘ってもいいような、そんな雰囲気になりたい。臆病と言うか、ヘタレな私には無理かもしれないけど。
こんなこと考えていてもらちが明かない。と、とりあえず爽子に連絡入れとこう。今年は一緒に夏祭り行けなくなりましたって。どうせ理由も聞かれるだろうし、藤原さんと夏休みに行くって最初に正直に言おう。
私はスマホを操作して、爽子に連絡を入れるのだった。
爽子の反応はおおむね「楓! がんばれ!」っていう感じだった。でも何を頑張ればいいのかは教えてくれなかった。爽子も彼氏いるなんて話は聞いたことないし、仕方ないのかもしれない。二人とも恋愛初心者だ。
そして、私は買い物から帰ってきたお母さんにさっそく浴衣のことを聞いてみた。
「お母さん、夏祭りに着て行く用の浴衣ってどうしたらいいと思う?」
そんな私の問いかけに、お母さんは少しだけびっくりしているみたいだった。まあ私はこれまで浴衣なんて自分から着ようと思ったことないから、当然の反応なのかもしれない。
「あんた、今年の夏祭り浴衣着て行くの?」
「うん。着てみたいなーって思って」
着てみたいなーというか、着て見せたいというか。まあ浴衣が着たいことに変わりはない。
「あんたが自分からそんなこと言うなんて珍しい。今まで着ても見せる相手がいないとか言って着ようとしなかったのに。もしかして見せる相手でもできた?」
なんて笑いながら聞いてくる。
う、するどい……伊達に私の母親を生まれた時からやっていないということか。
でも、見せる相手ができたなんて素直にお母さんに言うのは気恥ずかしい。ていうか見せる相手ができたって言い回しはまるで相手の人と付き合ってるみたいだ。私と藤原さんは付き合っていない。だから正確には見せたい相手、だ。
「もー、なんでもいいでしょ! それで、どうすればいいと思う!?」
恥ずかしくなって少し強めの口調で言い返してしまう。顔も少しだけ熱くなっている気がする。改めて藤原さんに見てもらいたいなーという思いで浴衣が着たいのだというのが再認識されてしまう。
お母さんはそんな私の様子ににやにやとからかうような笑みを浮かべる。そ、その顔は実の娘に向けていい顔ではないのでは……?
「私が昔着ていたのならあるけど、どうする? 着る? それとも新しいの買う?」
お母さんが昔着てたのかぁ。まあ、浴衣に今も昔もそんなにないだろうし、別にいっかなぁ。でも、あんまりにも私の好みと違うやつとかだったら伊阿彌だし、とりあえず見るだけ見てみようか。
「見てから決める。っていうか、その浴衣この家にあるの? おばあちゃんちとかじゃないよね?」
「寝室の箪笥にしまってあるわよ。持ってくるから待ってなさい」
そう言ってお母さんは浴衣を取りに寝室に行ってしまった。
お母さんも浴衣着てたんだな。というか、今より昔の方が浴衣着てる人多いだろうし当然かな?
私も爽子も着たことないけど……いや爽子は昔着てたことあったな、そういえば。子ども用のかわいらしいやつ。写真で見ただけだけど。小学生の頃くらいかな? まだまだ背も低くて愛らしかった頃の爽子だ。
少ししてお母さんが手に一着の浴衣を持って帰ってきた。
「これよ、これ。お母さんが若いころに着てたやつ」
そう言って広げたのは、白い生地にいろいろな大きさの青色の水玉模様が花火みたいに広がっていくような模様の浴衣だった。
「へー、お母さんこういうの着てたんだ」
「そうよー。おばあちゃんの手作りなんだから」
「え、これおばあちゃんが作ったの?」
浴衣とか、帯とか。
すごく綺麗にできててお店で買って来たって言われても納得できるような作りだった。
「昔は結構浴衣とかを作ってもらう子も多かったんじゃないかしら? 浴衣とか、巾着とか。いろいろ作ってもらったわ」
「そうなの?」
私はお母さんに作ってもらったことないけど。
「お母さんは作らないの?」
「私は裁縫苦手だもの。それに今の子は友達どうしで買いに行ったりっていうのが楽しかったりするんじゃないの?」
まあ、それは確かに。
お母さんは広げていた浴衣をたたむとテーブルの上に置く。
「で、どうなの? この浴衣」
そう聞いてきた。
見た目も綺麗だし、色合いも涼しげだし、何よりおばあちゃんの手作りらしいし。
私としては断る理由がなかった。
「それ着てく」
そう言うとお母さんは嬉しそうに顔をほころばせた。
「そう。よかったわ、気に入ってくれて」
その表情になんだか私は照れ臭くなってしまって、浴衣を受け取るとさっさと自分の部屋に戻ってしまった。
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