私の幼なじみ
バイトが終わって帰路につく。飲食店のホールのバイトは、結構しんどい。特に昼から夜にかけては、間の暇な時間と昼と夜の忙しい時のギャップも相まって、精神的にも肉体的にも疲れる。いろいろなお客さんの相手しなきゃいけないし、歩き回ったりするしで結構大変なのだ。
でも、この辺りでは深夜のコンビニバイトに次ぐ時給の高さなので選んだのだ。一日に長く働いて、バイトに出る日にちを減らす。そういう働き方をしているからしんどいのはしょうがないのだ。まあ選んだ理由は時給の高さだけじゃないんだけどね。制服とか、店長の人柄とか、いろいろあるのだ。
自転車を自宅の車の横に置いて家に入ろうとしたところで、隣の家のドアが開く。別に気付かないふりをしてそのまま家に入っちゃってもいいのだけれど、開いたのは和樹の家の方だったので、挨拶くらいはするべきかと、家に入ろうとした足を止める。反対側の家だったらそのまま入っていた。
「あれ、和樹。ひさしぶりー」
「ん? あぁ、楓か。久しぶり」
家から出てきたのは男にしては少し長めのぼさっとした髪で、シュッとした黒縁眼鏡をかけている私より少し年上の男性。なんというか、冴えなくはないけど、女の子にキャーキャー言われるタイプでもない、そんな微妙な雰囲気だ。好きな人は好きだよ、的な。和樹は半袖のシャツと半ズボンのジャージを穿いて、手には財布を持っている。
「これからコンビニでも行くの?」
「ソフトクリーム買いに。楓は……バイトの帰り?」
「正解。もうへとへと」
「お疲れ。ソフトクリームでもおごろうか?」
「えー、疲れてる女の子にコンビニまで来いって言うの? 行きます」
「手のひら返し早くね? モーター並みだな」
だってソフトクリームおごってくれるっていうし。こんな暑い時期のソフトクリームは至福のひと時を約束してくれる一品なのだ。ミックスが好きです。季節限定のがあればそっちを頼むけど。
家のドアを開けて家族に「和樹とコンビに行ってくるー!」と声をかける。「ご飯はー?」と返ってきたので「お店で食べてきた!」とだけ返事をして、ドアを閉めた。お店では夜に入ったり昼に入ったりすると賄いが食べれるのだ。賄いと言ってもお店で出すものとほとんど変わらないものが食べられるから、すっごく美味しいんだよね。
「お待たせ。じゃあいこっか」
「うぃっす」
近くのコンビニに向かって和樹と連れ立って歩く。自然と和樹が道路側を歩く。長年の付き合いの結果だ。
「そういえば和樹家にいたんだね。大学は?」
「夏休み。この間全部試験終わって、戻ってきた」
「ふーん。今年は先生について行って海外に行ったりしないわけ?」
「今年は夏休みは家でのんびりするって決めたんだ。というか、海外に行くお金なんてないし」
「バイトは?」
「カテキョしてたけど、生徒が目標の成績まで到達したからってことでお役御免になった。今は次の生徒が決まるまで待機中、的な」
「ていうことは、夏休み暇なのね」
「まあな。家でゴロゴロしている予定しかない」
「それ予定っていうわけ?」
「俺の中では立派な予定だ」
なんて会話をしていると、コンビニに到着した。歩いて五分くらいのところにある全国チェーンのコンビニだ。よくテレビでCMしてるやつ。
コンビニの中に入る。あー涼しい。日本の夏はやっぱり暑すぎるよ。むしむしするし。
和樹はコンビニの奥にある飲み物のコーナーに行ってしまった。ソフトクリーム買いに来たとか言っていたけど、ジュースも買うらしい。
私はレジの前、店員さんが会計の準備をしない程度の位置に立って何のソフトクリームを買うか考える。王道のバニラか、みんな大好きなチョコか、それの合わせ技のミックスか……。
つつーと視線を動かすと、メニューの一番端に『期間限定! 巨峰味!』なるものが。
こ、これは! 巨峰味を頼むしか! ぶどう好きだし、巨峰味とか絶対美味しいし!
なんて一人テンションを上げていると、和樹がレジのところまで戻ってきた。
「はいこれ。イチゴオレでよかったっしょ」
「おお、ナイス! ってか、ジュースもおごってくれるの?」
「まあ、ジュース増えたくらいで大して変わらんし」
「さっきお金ないって言ってたくせに」
「海外に滞在するだけの金がないってだけだ。お前よりは持ってる」
そう言いながら和樹はさっさと会計を済ませようとレジに向かう。
ソフトクリームを注文する段になって
「楓、味は?」
「巨峰でお願いします!」
というやり取りをしながら、私はソフトクリームとイチゴオレをゲットした。
「んー! 冷たくて甘くておいしいー!」
買ってもらったソフトクリームを舐める。冷たくて甘くて、でもさっぱりとした巨峰の味がしつこくなくて、すごい美味しい。
あー、幸せ―。
「高校ってもう夏休みだっけ?」
「明日終業式。だから、明後日からかな」
「へー。そうなんだ。俺も昔は同じ高校に通ってたはずなのにもうあんまり覚えてないな」
「まだ三年しか経ってないよー。なんかじじくさい」
「成人迎えた大学生なんてじじいみたいなもんだよ」
コンビニからの帰り道。私は片手にソフトクリーム、もう片手にイチゴオレを持ちながら歩いていた。和樹はミックス味のソフトクリームだ。それとジンジャーエール。炭酸が大好きらしい。小さいころからジュースといえば炭酸という人だった。
「そういえば『Bedeutung』のライブどうだった? この間ライブだったんだろ?」
突然和樹がそんなことを聞いてきた。まあ、和樹も『Bedeutung』のファンだから気になるのだろう。私ほどではないけど、CDが発売されたらとりあえず買う。そんな感じのファンだ。私の布教のたまものである。
「いつも通り最高だったよ! もう藤原さんがかっこよくて! 他のメンバーもすごかったよ!」
『Bedeutung』の話をしだしたら止まらない。もう家にはとっくにたどり着いていたが、私たちは家の前で立ち止まって話し込んでいた。というか私が一方的に和樹に語り続けていた。
和樹は「ふーん、そうなんだ」とか「へえ、面白いじゃん」とか相槌を打ちながら聞いてくれていた。
うへへー。藤原さんは歌がうまいし、吉永さんは激し叩くし、宮國さんは綺麗だし、笠原さんはそんなみんなのフォローをするし。CDではわからないようなメンバーのいろいろな面が見れる、楽しめるのがライブのいいところだ。
「そういえば、この間のライブの帰りにさ――」
この間のライブのことということで、ついでにあの重大な出来事も和樹に伝える。藤原さん踏みつけ事件だ。私がいま命名した。
私が話している間中、和樹はなんか変な顔をしていた。そして、
「お前、何やってんの?」
海に行くことになった、ということまで話した後の和樹からの第一声はそれだった。いや、確かに私もどうかと思うけどさ。でも、ほらそこはさ! 嘘でもいいからよかったね、とかおめでとうとかさ! 言ってもいいんじゃないの!? 嘘でもいいから!
「それで、今度爽子と一緒に新しい水着を買いに行くことになったんだよね」
「ビキニでも買うの?」
「いや、それは――って、ビキニなんて買うわけないじゃん! 恥ずかしい!」
「いや、でも海で水着と言ったらビキニでしょ? 男だったらみんなそう思ってるって」
「男ってそんなのばっかなわけ?」
「まあ、男だし」
女の子の水着イコールビキニとか、考え偏りすぎでしょ! 男って頭の中どうなってるわけ?
いや、でも待ってよ……? 和樹が言うには、男は水着イコールビキニって考えなわけだ。そして藤原さんも男。つまり、藤原さんも水着イコールビキニって考えてるってこと……?
藤原さんは海での女の子イコールビキニだと思っている。そこで、仮に私がワンピースタイプの水着を買ってきて行ったとしよう。藤原さんは何も言わないかもしれない。でも、内心は? 何か思うんじゃ――
今、絶対私はおかしなことを考えているだろう。そもそも水着イコールビキニって考えがおかしいし、藤原さんが私の水着に何か思うとかそんなこともないだろう。藤原さんからしたらしょせん子どもの付き添いなのだ。
でも、少しでも。少しでもさっき考えたような可能性があるのなら――私はビキニを買った方がいいのではないか? 自分に似合うビキニを。藤原さんがかわいいと思うようなビキニを。
そのためにはどうすればいい? 確かに爽子と水着を買いに行ったらかわいい水着が買えるだろう。でも、それは女の子の視点からでしか見ていない「かわいい」だ。
少しでも男の人からの視点の「かわいい」が必要なのでは? ならば、どうする? どうする私!
そして私は、目の前の和樹にあることを頼むことにした。
「和樹、水着買いに行くの手伝って――!」
「え? めんどくさいから嫌なんだけど」
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