あなたの歌う意味にして下さい!
Yuki@召喚獣
私は『Bedeutung』のファンである
違うと思った。
私がなりたかったのは、こんな人間じゃないと。
何も伝えられない、伝えることのできない、こんな人間になりたかったわけじゃないって。
伝えられると思った。思っていた。
普通に生きてきた、普通の私。薄っぺらな私。
それでも、こんな私でも、何かを伝えられるようになるんじゃないかって。
練習をして、歌を歌って。
でも、ふと自分を振り返ってみると、全然違ったのだ。
思い描いていた自分と、今の自分が。
だから私は、歌うのを止めた。
伝えることを止めてしまった。
私では、何も伝えられないと思ったから。
そうして伝えることを止めてしまって。
それから、少しだけ時間がたった。
これは、そんな私のお話し――――
雲一つない青空が広がっている。絶好のライブ日和だ。肌を刺すような暑い夏の日差しと、アスファルトから立ち上るむわっとした夏の熱気。それらを吹き飛ばす私の心の中を映し出したような夏の日だった。
自転車と電車を乗り継いで、さらにバスに乗って三時間。私は目的地に到着した。
最近メジャーデビューして人気急上昇中のバンド『Bedeutung』の単独ライブが行われる会場だ。いつかは武道館! ……に行ってほしい気持ちはあるけど、残念だけどまだまだそこまでの人気はない。
私はこのバンドがメジャーデビューする前の、インディーズ時代からのファンだ。
知ったのはたまたまで、偶然駅前でチケットを配ってるのを受け取って、なんとなく暇だし行ってみよーと友達を誘っていったのがきっかけ。その頃はまだまだ人気なんて全然なくて、小さなライブハウスも埋まりきらないくらいだったけど、一生懸命何かを伝えるように歌うその姿に魅了されて、一気にファンになってしまった。
それから、都合が合えば必ずライブに行くようになった。最初の頃は友達も誘っていたけど、いつしか一人でも行くようになって、今では『Bedeutung』のライブといえば一人で行くのが当たり前になっていた。
最初の頃は他の人の有名な曲を演奏していたりしていたけど、ある時オリジナルの曲一曲だけっていうライブをやった。一曲しかやらなかったってことで、そのライブ自体は批判されたりしたんだけど。でも、それ以降から徐々にオリジナルの曲が増えていって、今ではオリジナルの曲しかやらなくなった。
そのオリジナルの曲が受けて、レコード会社の目に留まってメジャーデビューできたわけなんだけど……。
一番最初にやったオリジナルの曲。一回だけしか演奏していないし、曲名もわからない。しかも、雑誌のインタビューとかによるとCDにはしないっていう話だ。
私は、あの曲が好きだった。一回しか聞いたことないけど、とても気に入っていた。
言いたいことはあいまいで、伝わるものも何とも言えない。でも、あの曲にはメンバーの魂が籠っていた。私の勘違いかもしれない。思い違いかもしれない。でも、私は確かにそう感じたのだ。
いつかもう一度あの曲が生で聴きたい。それが最近の私の夢だ。なんか、変な夢かもしれないけど。
薄暗く照明が設定されているライブ会場は人で溢れていた。男性三人女性一人のバンドメンバーの、ほとんどのファンが女性である。まあ、バンドのファンなんてものはほとんどどこでも女性が多かったりするんだろうけど。バンギャなんて言葉まで作られたくらいだし。いや、これは違うか。
私はチケットを握りしめながら一番前の席まで行く。最前列のチケットだ。私の少ないお小遣いとバイト代をはたいて買った。友達との付き合いだったり、化粧品とか美容グッズとか、その他にもいろいろあるけど、女子高生は出費が多いのだ。
会場は開始前だったけど、すでに少し盛り上がっていた。少し盛り上がるって変な言い方かもしれないけど、要するに、うるさくない程度にみんな喋ってたり準備していたりしているってことだ。
私は最初にライブに行った時から今まで、特に特別な準備はしたことない。何かした方がいいかなって他の人を見ながら思った時もあったけど、なんだかこのバンドに対してそんなことをするのは逆に失礼な気がして、結局今まで特別な準備とか、声援とかをかけたことはなかった。
私が一番前の席に陣取って、しばらくして。とうとうライブが始まった。
ギターボーカルで、バンドのリーダーの
光り輝くステージで
スポットライトと声援を浴びながら
『Bedeutung』のメンバーは
汗を飛び散らせながら
また何かを探しているように見えた――――
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