第12話 理由

「ふぃぃぃ、ガチ腹いっぱい!もう食えん!なっ!アンジュ!なーはっはっはっは!」

「あぁーいぃ♪」

「はははっ!」


 アンジュを肩車しながら、ソラが豪快に笑う。つられて、横に並んで歩いているゼクスも笑う。その少し後ろに、シルファとエレナが歩いている。一行は、『赤虎亭』で、たらふく腹を満たし、宿屋『変わり者』への帰途についていた。


「よし!歌おう、ゼクス!」

「へっ?あっはい」

「あーい♪」

「アンジュ~アンジュ~♪アンジュとゼクスは~、魔族~♪でも、ただの魔族じゃない~♪魔眼があるんだよ~マッガン!!!行け行け~!マガンガーゼックス!!!」

「ゼ、ゼックス!!!」

「あぁーいぃ♪」


 赤い赤いレンガの街に、ソラのでたらめな歌が響き渡る。戸惑いながらもゼクスもノリノリ。アンジュも終始上機嫌だ。


「はぁーーーーー・・・・・」


 エンジン全開のソラを見て、頭を抱えるシルファ。エレナがクスクスと笑う。


「いいじゃない❤元気な証拠よ❤歌のうまさは、さておきね❤」

「自分の置かれている状況が分かっているのでしょうか・・・」

「全く分かっていないでしょうね❤」

「はぁーーーーー・・・・・」


 シルファは、先ほどと同じ、いや、より深い溜息をつく。前の方から「じゃあ、2番!」とソラの声が聞こえてくる。


「元気出して!シルファちゃん❤なんとかなるわよ❤」

「はぁ・・・エレナさんは、セリス様の『ご事情』について、ご存じですよね?」

「もちろん、知ってるわよ❤」

「では、このまま、少年と赤ん坊を『アスール』へ連れていき、セリス様に会わせれば、どうなるかも想像がつきますよね?」

「もちろん❤」

「では、なぜそんなに楽観視できるのですか?私には分かりかねます」

「うーん、乙女の勘かしら❤きゃは❤」

「はぁーーーーー・・・・・」


 シルファの顔が、だんだん老け込んでいくようだ。そんなシルファの肩を、エレナが優しく抱く。


「大丈夫よ!ソラ君なら、きっとセリスちゃんを説得するわ❤」

「なぜ分かるのですか?」

「ソラ君から感じる『ディラン』の面影かしら」

「天空王様の・・・?」

「『ディラン』の性格も、めちゃくちゃだったわ、本当に。みんなで、いっそ、『ディラン』を檻にでも閉じ込めておこうと思ったこともあったわ、もちらん、『テレサ』も同意見でね❤」

「王妃様も?!」

「それくらいのトラブルメーカーだったの❤旅の時、平穏だったことは、ただの一つもなかったわ!平和の街が、『ディラン』が訪れると、一時間もしないうちに、混乱(カオス)になったわ❤」

「はぁ・・・血は争えないというわけですか・・・」

「そうね❤でも、本当に楽しかった❤みんな、『ディラン』が大好きだった❤もちろん、私は性的な意味でもだけど❤ふふふ」

「・・・」

「やーねぇ❤冗談じゃなくて、ホントだけど❤」

「ホントなんですか?!」

「シルファちゃん、口調がソラ君に似てきたわね❤」

「・・・」

「やーねぇ❤冗談よ」

「はぁ・・・」

「でも・・・」

「?」

「『ディラン』は、いざっていう時の決断だけは、間違えなかった。これは、本当よ。そして、ソラ君からもその可能性を感じる」

「・・・そうでしょうか・・・」

「ええ❤自分の王子様よ❤シルファちゃん、あなたが信じてあげなきゃ❤」

「はい、分かってます・・・はぁ」

「よしよし❤あっ、あんまり動くと危ないわよ、ソラ君❤」


 シルファの頭を『良い子良い子』した後に、エレナもソラ達に混ざる。ソラ、ゼクス、アンジュ、エレナを見ながら、シルファは思う。


―――分かっている。自分がソラ様を一番信じてあげなければならないことは、一番味方でいてあげなければならないことは。しかし、セリス様も、分かってくださるだろうか。だって、セリス様のご両親は・・・


 シルファが回想に入ろうとしたところで、宿屋『変わり者』へ到着する。


「おーし!とうちゃーく!」

「はい、お疲れ様~❤じゃあ、みんなで露天風呂に入りましょう❤」

「えっ?!みんなで?!」

「あらっ、ソラ君、今、混浴、想像した~?❤」

「いやいやいやいや!!!断じて、そのようなことは!!!」

「残念❤混浴ではありませ~ん❤」

「えぇーーー・・・」


 心底残念がるソラに、みんな笑った。あまりのくだらなさに、シルファも笑ってしまった。


「あははっ❤もうソラ君もエッチねぇ❤」

「いやいやいや、男子なら普通だし!!!」

「もう❤じゃあ、これ、みんなの分の浴衣ね❤」


 色彩豊かな浴衣が、みんなに配られる。


「綺麗・・・」

「ほんまやなぁ!ていうか、俺とゼクスは、男湯じゃん。あと、アンジュは?」

「アンジュは、まだ一人ではお風呂に入れないので・・・」

「あーい♪」

「だよな!じゃあ、アンジュも男湯だろ?シルファは女湯・・・んで・・・エレナさんは・・・」

「あら❤男湯の方が良いかしら?あたしは、全然かまわないわよ❤」

「いやいやいや!!!じゃ、ゼクス、アンジュ行くぞ!」

「えっ?!は、はい!」

「あーい♪」


 そそくさと、男湯へダッシュするソラ達。それをクスクス笑いながら、エレナがシルファに話しかける。


「じゃあ、あたし達も行こうかしら❤」

「・・・はい」


 シルファは、『自分の数倍の女の色気を放ち続ける』エレナの言葉に逆らう気にはなれなかった。


 月明かりが照らす露天風呂。月光によって、キラキラと水面が輝いている。いつまでも流れる清涼な水音は、永遠を感じさせる。


「うわっふぉい!!!こりゃすげーぞ!!!ゼクス、早く来いよ!あっ、滝あるぜ、滝!」

「はい!ほらっ、アンジュ、凄いよぉ!」

「あーいぃ♪」


 ソラ達が大はしゃぎする『男湯』の隣合わせにある『女湯』から、シルファのため息が聞こえる。


「全くソラ様は・・・」

「いいじゃない、楽しそうで❤」


 『女湯』は、女二人(?)で、しっとりと、極上の露天風呂を味わう。ただ、シルファは、先程からドキドキしっぱなしなのである。エレナの『大事なところ』が、いったいどうなっているのか、気になって仕方ないのだ。しかし、白く湧き上がる湯けむりで、うまく見えない。

『まるで魔法のように』


「はぁん❤やっぱり、ここの温泉は、いつでも最高だわ❤」

「はい。本当に、心身ともに生き返ります」

「このお風呂には、お金をかけたのよぁ❤いろんな男に貢がせてね❤」

「は、はぁ・・・(汗)」


 エレナさんの謎の部分が増えていくなぁと思っていると、男湯の会話が耳に入ってきた。


「おい、ゼクス、背中流してくれよ!」

「せ、背中ですか?」

「おうよ!俺の元居た国ではよ、男同士で、風呂に入ったら、兄貴分の背中を流すのが、弟分の務めだったんだよ!」

「そ、そうなんですね。分かりました!アンジュ、ここに居てよ」

「あーい♪」


 アンジュの身体を洗い終えたゼクスが、大きな桶をお風呂代わりにし、アンジュを湯に浸ける。ちゃぷちゃぷと楽しそうだ。ゼクスは、ソラの背中に回り、タオルで、ソラの背中を恐る恐る洗い出した。


「おうおう!良い感じだ!もっと強くていいぜ!」

「こ、こんな感じですか?」

「おう!そのくらいな!」

「・・・」


 ゼクスは、一生懸命、ソラの背中を流しながら、どうしても気になることをソラに聞くことにした。


「ソラさん」

「ん?」

「どうしても聞きたいことがあるのですが・・・」

「あれだろ?俺が、ゼクスとアンジュを助ける理由だろ?」

「なんで分かるんですか?!」

「そりゃ、おめーの顔見てたら、分かるよ」

「そ、そんな顔してましたか?!」

「おう、こんなん!」


 ソラが、梅干しを食べて、酸っぱさに耐えるような表情をする。思わずゼクスが吹き出した。


「ぷっははははは!なんですか、その顔!そんな顔してませんよ!」

「ははは!いーや、してたね!」

「あぁーいぃ♪」

「よしよし♪アンジュもそう思うよなぁ?」

「あーいぃ♪」

「え~・・・」

「へへっ、まっ!俺もゼクスとアンジュと同じでよ、助けてくれた人がいたんだよ」


 ゼクスは黙って、ソラの言葉に耳を傾けていた。たぶん、何も質問しなくても、この人は、自分の問いに対する答えを話してくれる予感がした。


「俺もさ、実は、この世界、フォーレリアに戻ってきたのは、今日が久しぶりらしいんだよ。13年ぶりだって。子供の頃の事なんか、全く覚えてねー。シルファの魔法で、ようやく城が襲われた時のことを思い出したぐらい」

「本でしか読んだことがありませんが、現『魔国軍ニウェウスの王』である『白き王』が、突然、このフォーレリアに現れて、数百の『鉄の兵団』を率いて、魔族が支配する国の一部を侵略、天空の王国シルフォニアへ侵攻し、そのまま支配下においたとか」

「あぁ、俺もそのくらいしか知らねー。俺が思い出したのは、その『白き王』ってクソ野郎と、お前の言う『鉄の兵団』に、城の一つの部屋に、母親と俺が追いつめられて、母親の『時空転移魔法』ってやつで、俺が暮らしていた国、惑星『地球』の日本って国に飛ばされたってことだ。フォーレリアとは、全く別の世界にな」

「ワクセイ、チキュウのニホンですか?」

「まぁ、細かいこと話しても仕方ねーけど、魔法みたいな不思議な力は、あんまないんだけど、魔法みたいな『科学』っていう文明が発達した世界だ。機械や自動で走る車とか、ここの世界の人達から見れば、逆に不思議かもな」

「へ、へぇ」

「まぁ、それはいいよ。んで、その時、母親の魔法で落ちてきた場所が、寺だったんだよ。寺院だ、分かるか?」

「宗教の拠点となる場所でしょうか?僧などが修行したりする」

「そうそう!こっちにも、あるんだな!んで、そこの寺の住職っていうか、僧のリーダーみたいな人が俺を拾って、育ってくれたんだよ。何も言わず、何も聞かずによ」

「・・・」


 ゼクスは、ただ、聞いていた。固まったように、ソラを見つめながら。


「いきなり違う世界に飛ばされて、言葉は、どういう理屈か分からないけど、理解出来たんだけど、何も分からなかった。自分が、誰で、どこから来たのか。記憶が曖昧だったんだ。今、思い返してみると、『時空転移魔法』ってスゲー魔法らしいから、その影響かもな。とにかく不安だらけだったけど、その人が、豪快な笑顔でこう言ったんだ。『腹減ったろ?とりあえずメシ食おうぜ!』ってな。んで、メシ食ったら、バタンキューで寝ちまった」

「・・・その後は・・・」

「朝起きても、何も思い出せなかった。したら、僧のリーダーの人が、『分からない事に悩んでも仕方ねー!とりあえず分かるまで、ここで暮らしちまえ!』って言ってくれてよ、寺のみんなに俺を紹介してくれたんだ。みんな、最初は戸惑ってた。だって、俺は、髪は金髪だし、目は青いしさ。ていうか、長話になっちまった。冷えるから、風呂に入ろうぜ」

「あっはい」


 ソラとゼクスが、露天風呂へ移動する。アンジュの入っている桶も移動する。


「んで、続きな。寺のみんなに、俺を紹介した時の話。みんな戸惑ってたけど、『親父』、あっ、僧のリーダーの人な」

「あっ、呼びやすい方で良いので」

「あぁ、だな。本名、円城寺日再、俺の育ての親、俺は『親父』って呼んでたんだけど、『親父』がみんなに言ったんだ。『おいおい、みんな、なにビビッてんだよ!野菜だって、緑のも、赤いのも、黄色いのもあるだろ?それと同じだよ!こいつもみんなと同じだ!』ってさ」

「野菜ですか?!」

「なっ?ひでーけど、面白いだろ?でも、その言葉で、みんな、俺を受け入れてくれたんだ」

「凄い人ですね」

「あぁ、それに学校にも通わせてくれて、いろんな場所に連れていってくれた。何も聞かずにな」


 ゼクスは口を挟まなかった。でも、ソラの瞳に、光るものが見えた。汗やお湯ではないように感じた。


「んで、ある時、俺が『親父』に言ったんだ。お礼がしたいって。したら、『親父』が『んなもん、いらねーよ、ドアホ!どうしてもお礼がしたいって言うんなら、おめーが今度は、困っている人や悲しんでいる人を助けてやれや!』ってさ」

「・・・似ています、ソラさんに」

「ていうか、俺がやってることは、全部『親父』の受け売りなんだよな!この人みたいになりたいって」

「本当の『親子』みたいですね、羨ましいです」

「あんがと!それで、ある時、親父に呼ばれて、『テレビ』っていう、違う場所でやっていることを映すことができる機械を観てたことがあってさ。その時、二人の男が、マイクっていう音を大きくする機械の棒の前に立って、しゃべりまくるんだよ!それが、一人が、面白いこと、普通とは違うことを言って、もう一人が、その面白いこと、『ボケ』に対して、違うだろ?っていう否定や訂正の言葉、『ツッコミ』を入れるんだよ!その掛け合いのテンポの良さ!俺は、腹を抱えて、涙が出るくらい笑ったよ!その『漫才』に!」

「『漫才』・・・」

「さっき、俺が、ゼクスの顔の真似して、変な顔したろ?それに、ゼクスが、『なんですか、その顔』って、ツッコんだろ?あんな感じだよ!」

「あぁ、なるほど!」

「あの掛け合いを、何度も繰り返して、人を笑わせるんだ!大勢の人達を!俺は、正直『漫才師』の人達が凄いと思った!心から憧れたよ!」

「それが、ソラさんが、人を笑わせることにこだわる理由ですか?」

「あぁ、俺は、人を笑わせたい!面白いことをやって、人を笑顔にしたいんだ!逆に、人が悲しんでいるところとか、苦しんでいるところを見るのが、嫌いなんだ!だから!」


 ソラがニヤリ顔で、ゼクスに向き合う。


「お前も、心の底から笑わしてやるから覚悟しとけ!こちょこちょこちょ♪」

「うわっ、やめて、あはははは」

「だから『なんで助けてくれたんですか?』なんて、くだらねー質問、もうすんじゃねーぞ!このこの!助けたいから助けるんだよ!悪いか?!このこの」

「あはは!やめて、あー苦しい!あはははは!悪くないです!ソラさんは悪くないですから!」

「よし、今日はこれくらいで勘弁してやる!」

「はぁー、もうなにするんですか・・・」

「へへっ!」


 そう言って笑い合うソラとゼクス、そして、アンジュ。それを隣の女湯で聞いていたシルファとエレナ。


「良い人に育てられたみたいねぇ、ソラ君❤」

「はい。私も一度しかお会いしておりませんが、今のソラ様に似て、豪快で、気持ちが良く、真っ直ぐな方でした」


 シルファが日再を思い出して語る。


「私、馬鹿でした」

「何よ、いきなり」

「私は、この3年間、ソラ様を探す旅をしてきました。いえ、ソラ様がいなくなった、あの日からソラ様の事を、片時も忘れたことはありません。でも、勝手にソラ様を『守ってあげなければならない存在』へと、定義していたのかもしれません」

「・・・」


 エレナはシルファの話を、微笑を浮かべながら、静かに聞いていた。


「ソラ様は、行ったこともない違う世界で、逞しく生きてきたのです!そのソラ様を、私が信じてあげなければ!私、ソラ様の騎士として、ソラ様の信じる道を一緒に歩きます!」

「このおませさん❤」

「きゃあ!どこ触ってるんですか、エレナさん?!いやぁぁぁ、そこはらめ~~~~~?!?!?!」


 満点の星空に、シルファの悲鳴(?)がこだまする。隣の男湯から、笑い声が上がった。

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