第3話 天空の王子
円城寺の一室。カコンと、ししおどしの音だけが、寺に響く。ソラとシルファと日再で、木製のテーブルを囲む。胸をスッとさせる畳のにおいがする。
シルファは、羽織っていた白いローブを脱いでいた。ゲームなどに出てきそうな軽装の女性騎士のような恰好だ。青を基調とした服装に、胸のあたりに銀のプレートを着けている。
「・・・っ!誰かなんかじゃべれや!なんやねん、この沈黙!この三人で座禅でもするんかい!」
「ったく、もう少し落ち着け」
「いやいやいや、この状況で落ち着けるやつがいたら、会ってみたいわ!暗殺者でも無理やわ!ちょっとシルファさん、なに笑ろてんねん!」
「っふふ、ごめんなさい。ソラ様が元気なのが嬉しいだけです」
「っ?!なっ、なんやねん、それ・・・」
真っ赤になって、顔を背けるソラ。プッと噴き出す日再。
「あーもう!早く状況を説明して!」
「はっはっは、分かった分かった。シルファさん、お願いします」
「はい。ソラ様、あなたは、この世界の人間ではありません」
「はっ?」
「この世界とは別の世界、私が住んでいる世界『フォーレリア』の住人なのです」
「もう一度言うわ。はっ?」
「加えて、『フォーレリア』における天空の王国『シルフォニア』の第一王子なのです」
「なんやねん!その壮大な設定?!異世界?王子?俺が?!」
「はい」
「いくらなんでもそれはないわー。俺の部屋で、相方がポテチ食った後、部屋の畳で手拭いてた時くらいないわー」
「?」
「ソラ、そのボケは分かりにくい」
「ちっ!俺的には、かなり『ない』ネタなんだが」
「最後まで聞け!シルファさんが言うには、お前は異世界『フォーレリア』の天空の王国『シルフォニア』の王子らしい。そして、このシルファさんは、お前専属の付き人らしい」
「付き人って?!・・・それは、VIPやな。お笑い芸人にもマネージャーいるし」
「わたしは、ソラ様が生まれた時からお側におります。ソラ様の母上である王妃様から直々に頼まれたのです。『ソラをお願い』と!」
「待て待て!いきなり飛躍しずぎやん!確かに、俺は、髪の色は金色で、目も蒼くて、容姿はシルファさんに似てるかもしれんけど、それは外人でもあるやん!親父、俺は『この寺に預けられてた』んじゃないのかよ?!」
「メンゴ!それ、ウソ!ていうか、信じる方がアホやろ」
「なんやと?!」
「お前はな、ソラ。ある日、この寺の庭に、空が降ってきたんだよ」
「へ?なにそれ」
「いや、マジだから。13年前、このくらい時期かな。夜なのに、妙に外が明るいと思って、庭に出てみたら、黄金の玉がゆっくり空から落ちてきたんだよ。それで、近づいてみたら、黄金の玉から小さい少年が出てきたから、慌てて、抱きとめてな。それがお前だったんや」
「金の玉から生まれた『金玉野郎』ってか、俺は」
「いや、空から降ってきたから、そのまま空(そら)って名づけてみた。したら、本名も『ソラ』って!傑作やね、お前!」
「なんやねん、それ?!だいたい、シルファさんが異世界から来たって証拠は?俺が王子だって証拠は?」
ソラに振られる形で、日再がシルファを見る。
「それではお見せします。ソラ様がこの世界に来られる前の記憶を」
シルファはそう言うと、右手を掲げた。
「この者の心の奥にある風景を顕現させよ。『
まばゆい光が部屋を包み込む。
あまりの眩しさにソラは目を瞑ってしまう。目を開けると、ある光景が広がっていた。声も聞こえてくる。まるで夢を見ている感覚。
「あぁ、どうすれば・・・」
黄金色の髪を振り乱しながら、美しい女性が幼い少年を抱いて、お城のような部屋で震えている。ソラは一目で分かった。幼い少年は『自分』だと。不思議と、疑う気持ちにはなれなかった。あれは自分だと、直感が告げていた。
「お母さん・・・怖いよ・・・」
「大丈夫よ、お父さんが守ってくれるから!」
―――あれが俺の母親?
そんなことを思っていると、バァンと勢いよく部屋の扉が開けられた。入ってきたのは、機械の兵士とでも言おうか。要するに、人型のロボットだ。数十体の白を基調としたロボット兵士達にソラ達は囲まれ、窓際まで追いつめられる。その中から一人の少年が出てくる。
白髪の美少年。微笑を浮かべた表情は明らかにロボットではない。人間だ。しかし、なぜだろう。ソラはその美しい顔に薄気味悪さを感じた。人間らしさが感じられない。
「王妃様、初めまして。僕は『白き王』と申します。あなたの最愛の方は、先ほど天に召されました。これからシルフォニア王国は、この『白き王』が支配しますので、お見知りおきを」
慇懃無礼にも程がある挨拶に、ソラと母親は、一瞬、茫然としてしまう。だが、すぐに怒りの表情とともに我に戻る。
「そんなわけないわ!あの人が負けるはずがない!」
「負けたのです。なんなら、首でもご覧にいれましょうか?」
あまりの言葉に絶句する母親。追い打ちをかけるように言葉を続ける『白き王』。
「あなたには、私の妾の一人になってもらいますよ。よくある話でしょ?侵略された国の王女様は、奴隷になるってね。捕えろ。ガキは殺せ。目障りだ」
先ほどの微笑とは打って変わって、空気さえも凍らせるような声で残酷に告げて、その場を去ってゆく『白き王』。ロボット兵士達が迫ってくる。
震えていた母親だったが、『子供を殺せ』の一言で、決意の表情へと変わる。なんとか腰にしがみつくソラの肩を掴んだ。
「ソラ、どこへ行っても、お母さんはいつも一緒よ!だから、強く生きて!」
「お、お母さん?」
母親は、涙が流れる目を閉じて、『魔法』の詠唱を始める。莫大な魔力が部屋を光で包み込む。
「天空の一族が告げる、我が愛する者を遠くの地へ、我らの敵がいない場所へ、奏でよ、天空の調べ!『
その瞬間、幼いソラを金色の光が包み込み、金色の玉になっていた。「お母さーん」と叫んでも、聞こえない。その光の玉は、太陽のように輝き、凄まじい爆発音を立てて、消えた。
『時空転移魔法』
ソラの母親が唱えた魔法は、魔法の中でも最高位に属する次元魔法である。膨大な魔力を必要とするため、世界でも使える者は、数人しかいない。
「はっ?!ここは?」
カコンとししおどしの音が鳴り響く。
「戻ってきたのか・・・」
先ほどまで居た円城寺の一室に戻ってきていた。滝のように汗をかいている。
「嫌な記憶を思い出させてしまい、申し訳ありません、ソラ様。しかし、これで分かっていただけましたか?」
「いや、思い出したっていうか・・・あの光景は二人にも見えてたん?」
「あぁ、俺にも見えてたわ。マジかよ、ソラ」
「・・・」
言葉にならない。あの光景が作りものの可能性もある。でも、ソラには分かっていた。あれは、真実だと。あの時に味わった恐怖、悲しみ、それと母親の温かさ、それは紛れもなくソラが体験した出来事だと。
「どういうことか、説明してくれ!訳が分からん!」
「ここからはいくら説明しても意味がありません。ご自分で体感しなければ」
「はっ?どういうこと?」
「行きましょう、『フォーレリア』へ!」
「えっ?!いきなり無理やて!」
「いや、もう行くしかないわ、ソラ!それに・・・」
日再がソラの肩をぐいと掴み、顔を寄せる。
「お前、これめっちゃオモロイやん?」
「はっ?親父、何言って・・・」
「だって、こんな経験、他に誰ができんねん?」
「・・・」
「お前、これ、異世界行って、もし戻ってこれたら、めっちゃ面白い話になるやん?誰も経験したことないんやで?」
―――この親父は、なにを言うてんの?あれを見る限り、異世界には、俺にとっての『敵』だらけ。しかも、本当の親父は殺されてて、母親は捕まってて・・・。でも、もし、この運命を乗り越えることが出来たなら?
「・・・どんだけオモロイねん・・・」
「んっ?聞こえへんけど」
「もし、全部救うこと出来たら、どんだけオモロイねん!」
「そうやろ?!それでこそ、俺の息子や!異世界行って、いろいろ救ってこいや!ていうか、笑いの天下も取ってこいや!」
「おう、魔王も笑わしたるわ!」
大盛り上がりする二人に、困惑するシルファ。
「えっと、とにかく一緒に行っていただけるということでよろしいのでしょうか?」
「おぁ、行くわ!細かいことはあとで聞く!」
「本当にいいのでしょうか?」
不安そうに日再を見るシルファ。
「おう、大丈夫や!うちのモットーは、『それが面白いかどうか』なんや!こいつの夢は、笑いで天下を取ること!こんな千載一遇のチャンス逃すわけない!シルファちゃん、行っちゃって!」
「分かりました。では、これを」
シルファは腰のポケットから木箱を取り出して、開けた。まばゆい光を放つ透明な宝石のようなものが付いた指輪が入っていた。
「これは?」
「天空の王国シルファニアにあります『光のクリスタル』のかけらです。天空の王国の正統なる後継者が身に付けると、大いなる力を与えられると伝えられています。お付けいたします」
シルファは指輪をソラの右手の薬指にはめる。不思議とサイズが合っている。
「おっ、おぉぉぉぉ!」
「なんや?なにか力が湧いてきたんか?!」
「いや、特に」
「お約束、決めるなや!」
「ふふっ、なんか私まで気が抜けちゃいました」
「シルファさん、適当に気を抜いていこーや!何でも楽しんだもん勝ちや!」
「お前、それ、俺に受け売りやろ?」
「知らん」
「ふふっ。さぁ、それでは、異世界フォーレリアに参りましょう、ソラ様」
「えっ?もう?」
「はい。あちらでソラ様の帰還を心からお待ちしておられる方がおりますので」
「分かった。じゃあ、親父、ちょっと行ってくるで!」
「あぁ、風邪ひくなよ」
「おう!」
「それではいきます」
シルファは立ち上がり、腰のポケットから、一つの金色の玉を取り出した。
「あれ、それって、金た・・・」
「ボケ!もうえーわ!」
日再がおもいっきりソラの頭をはたく。クスッと笑い、シルファはその『金の玉』を目の前に見せる。
「これには、王妃様、ソラ様の母上様の魔法、時空転移魔法が封じ込められております。これが最後の一つです」
「えっ?じゃあ、あっちの世界行ったら、こっちに帰ってこれなくない?」
「えっと、その・・・はい」
「えっーーー?!それじゃ、意味ないやん!」
「アホ!お前のかあちゃん救って、もう一度使ってもらったら、ええやん!」
「あっそうか、俺のかあちゃんは、時空魔法、使えるのか!」
「時空転移魔法です、ソラ様。いえ、もう一度王妃様に使用していただいたとしても、絶対にこの世界へ帰ってこれるわけではありません。使用者が知らない世界へ行くことは非常に難しいのです」
「いやいや、それアカンやろ・・・」
ソラのテンションが一気に下がるなか、日再がふーむと顎に手をやると、おもむろに『金の玉(時空転移魔法入り)』に手を伸ばしてきた。
「シルファちゃん、ちょっとそれ見せて」
「あっはい」
「ちなみに、これ、どう使うの?」
「その玉を割ると、時空転移魔法が発動されます。時間と場所は、フォーレリアの現在に設定されております」
「ふーん、そうなんだ」
ソラは、日再が『金の玉(時空転移魔法入り)』をいろいろな角度から見ているの姿を、ただ茫然と見ていた。
―――やっぱテンションに任すのはよくないよな。明後日ライブやし。あれ、親父、なんか半笑いやな、何がおもろいんや?
「ソラ」
「ん?」
日再がニヤリと悪い笑みを浮かべる。ソラがヤバいと思った時には、日再は、玉を持った手を振りかぶっていた。
「ソラーーー!行ってこいやーーーー!!!」
おもいっきり玉を畳へ叩きつける。玉が砕け散る。
金色の光で部屋が包まれる。
ぐにゃっと世界が歪む。
何かに吸い込まれる感覚に襲われながら、ソラは大声で叫んだ。
「クソオヤジがぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」
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