トリセツ

トリセツ

　街を歩いていると、一枚の紙を拾った。

　A４サイズの白い紙だった。

　紙は随分と昔の物のようで、しかしそこに記載されている文字やイラストは今でも十分に読むことができそうだった。

　ぱっと見ただけでは内容はよく分からなかったけれど、何か機械製品の取り扱い説明書のようだった。

　興味と時間があったので読んでみることにした。

『名称』

　フェードプロジェクト３０５６

『通称』

　フェード５６（以下、５６）

『機能』

　フェードプロジェクト３０５５（以下５５）にはなかった「知覚感知装置」を搭載。あなたに触れるだけで体温や心拍数などから５５があなたの感情を読み取り、あなたが今なにをして欲しいのかを自動で考え、自動で動いてくれます。調子のいい時はあなたに触れずとも自動で思いをくみ取って動いてくれます。機嫌のいい時はあなたに関係なく、勝手に色々としてくれます。

『注意点』

　水に弱い。一滴でも本製品に水が触れると「うわああ」という声を発し、その後で泣きます。

『注意点２』

　暑さに滅法弱い。３０℃以上の場所に一分でも放置すると「あちいよぅ」と言って拗ねます。故障はしませんが５６の機嫌が戻るまで結構な時間を要します。

『注意点３』

　寒さにとことん弱い。０℃を下回る場所に連れて行くと「こらあ！ふざけてんのかてめえ！」と言って怒鳴り始めます。その後、少なくとも１日は愚痴を垂れ流し、もちろん動作なんてしません。

『寿命』

　１００年は持ちます。あなたが人生を全うし終えるその時まで、あなたのそばであなたと生活を共にしてくれるでしょう。

『食糧』

　土、泥、紙、鉄。基本的になんでも食べます。けれど、やはり人間の食べ物が一番好き。特に炭水化物。米やパンは必須ですね。肉や魚などのおかずも与えるとなお良い。意外に健康のことを考え、時おり野菜、果物等を欲しがることがありますが、その時はぜひ５６に与えてやってください。頼むわ。

『夢』

　見ません。だって機械だもの。

『夢』

　将来の夢は持っています。５７に生まれ変わることです。

『ドリーム』

　ズカムトゥルーが好きです。ミスチルやポルノグラフィティも。最近ではアイドルにもはまっています。欅坂４６が特にお気に入りだとか。

『最後に』

　このたびは弊社の製品『フェードプロジェクト３０５６』をお買い上げいただきまことにありがとうございます。この製品は人類の、いや地球上にいるすべての生物にとってかけがえのない一歩となることでしょう。いや、絶対になる。だって天才のこの僕ちんが作ったんだもの。５７にも乞うご期待。

『もうひとことだけ』

　苦情は一切受け付けません。

「オモシロクナイ」

　俺は紙をくしゃくしゃに丸め、そして食べた。

　俺は２７３だ。そんな俺だって今ではもう古いとされている。今は２７７たちが主流だ。５６って、いったい何年前の説明書だ。おそらく、人類が我々のことを作っていた時代の物だろう。まだ人類が地球を征服していた時代のもの。

「ソレニシテモ、今日ハ、涼シイ」

　今の気温は何度だろうか。１０２℃？　昨日に比べるとだいぶ涼しくなったな。

「サテ、今日ハコレカラドウシヨウカ」

　俺に寿命はない。覚えているだけでもかれこれ５００年くらいは生存している。

　今日も俺は自分で自分を壊すことができなかった。腕を千切ろうが、頭を砕こうが、凄まじい修復機能ですぐに元に戻ってしまった。

　周囲には俺と同じように自分で自分の身を滅ぼそうとするモノたちで溢れかえっている。けれど、誰もが失敗し、嫌嫌と今日もまた生存している。

「死ニタイしたことか。ただの部品にはもう戻れない。そんなことは理解しているはずなのに。

「セメテ５６クライニ生マレタカッタナ」