五日目――其ノ三

「それはどういうことですか?」

「畑に小さい女の子が来ていただろ。まだ、はっきりしたことは言えないけど、その女の子、亡くなったんだよ。黒焦げになった死体が私たちの畑で発見されたよ。ごみの燃えカスと一緒にね。おそらくそれが、その女の子かもしれないんだ」

 それを聞いて、僕の頭の中で複数の情報が一つの解を導き出しました。

 女の子が、僕が燃やしたごみ山の中で、焼死体として発見されたこと。ごみ山に火をつけようとした時、女の子の靴が近くに並んでいたこと。ごみ山での去り際、女の子の声が聞こえた気がしたこと。

 最後のごみ山の中には、あの女の子が潜んでいて、僕が気づかずに火をつけてしまったばっかりに、女の子は亡くなってしまったのではないでしょうか。

 叔父さんの背後から警察の方が姿を現しました。

「月影凛太朗さんですね。任意で構いませんので、署まで同行お願いできますか?」

 また僕は人を殺してしまったのでしょうか。母親と同様に、今度は見知らぬ子供を殺してしまったのでしょうか。

 母親をうっかり毒殺してしまってからは、できるだけ人を避けてきました。また同じようなことを繰り返してしまうのではないかという不安があったからです。

 今回もそうでした。できるだけ関わりを持たないようにしていました。女の子にもできる限り近づかないように。

 いや、むしろ今回はそのせいで彼女を死に至らしめたのかもしれません。

 去り際に聞こえたあの声は、今思えば少女の苦しむ声だったのかもしれません。

「熱いよ。熱いよ」

 少女の声が聞こえたような気がした時、気にも留めなかった行為こそが愚策だったんだと思います。

 つまり、僕は関わりを持たないようにする行為ですら人に危害を加えられる人間なんでしょう。

 僕にどうしろというのでしょう? 何が正解なんでしょう? 逆に他の人たちはどうやって生きているんでしょう? 何もかもが分からなくなってしまいました。

 神はどこにいるんでしょう? 僕をどうしたいのでしょう? 何を望むのでしょう? 

「凛太朗さん。ご同行を」

 無言で立ち尽くしていた僕の手を、その警察はそっと掴みました。動きこそ優しかったですが、手を握る力加減からは荒々しさが伝わってきます。任意とは名ばかりで、彼は僕を否が応でも連れて行くつもりです。僕は悪人ですからそれも当然でしょう。

 いや、本当にそうでしょうか? そもそも、何をしても悪行になってしまう人間など、普通に考えれば存在するはずがありません。それならば、僕はどうでしょう? 理由は分かりませんが、自分を悪人になるように無意識のうちに論理付けているだけなんではないでしょうか? いや、そうに違いありません。

 全ては考え方、とらえ方しだいです。

 僕は確かに人を殺しましたが、それは悪でしょうか? 

 確かに法律に触れる行為ではありますが、法とは個人を守るために作られたものではありません。あれは国を守るために作られたものです。

 国をうまく成り立たせるために、知らない誰かが勝手な価値観でプロット付けした、国視点での判断基準に過ぎません。それが絶対的なものかと問われれば違います。法での善悪が全てに通ずるわけでは無いのです。

 僕は人を殺しました。これは紛れもない事実です。しかし、悪意はありませんでした。

 それならば、法律上は悪ですが、別の視点から見れば悪ではないとも取れないでしょうか? 僕の行為が悪にならない見方もあるのではないでしょうか?

 そうです、悪ではありません。僕に罪はありません。悪いのはそれを理解してくれない周りです。

「何も悪くない」

そう言って、僕は警察の手を強く振りほどきました。

「凛太朗さん。もっと自覚を持ってください。あなた、疑われてるんですよ」

 警官は僕の手を再び取ろうとしてきました。だから僕は咄嗟に距離を取り、手に持っていた包丁を突きかざしました。

「近寄らないでください」

「凛太朗さん。あなた何しているか分かってます? それはもう立派な犯罪ですよ」

「いいから、出て行けよ。僕は何も悪くない」

そう声を荒らげました。

「仕方ありませんね。あなたを現行犯で逮捕します」

そう言い警察は僕を押さえつけようとします。僕は必死に抵抗します。

 調理途中だった食材に体が触れ、全てひっくり返ります。鍋からは溜めていたお湯がこぼれ、食器類は落下し音を立てて割れました。

「大人しくしなさい」

「離せよ」

 警察官は足をかけてきたので、僕は後方へ仰向けに倒されてしまいました。

 僕は頭を強く打ち、意識が遠のきそうになりました。絶体絶命でした。

 しかし、警官は僕の体の上でぐったりしています。自分の手に目をやると、深い紅の液体がべたべたとまとわりついていました。

 警官を押しのけると、包丁がぐっさりと心臓付近に刺さっています。

 人はとても簡単に死ぬようです。

 僕はその包丁を抜き取りました。

「凛太朗。何やってるんだ。早くそれを置きなさい」

叔父さんは魚のようにぴくぴくと震えています。

「叔父さん。そこ、どいてください」

「何言ってるんだ。早くそれを下ろせ」

「早くしてくださいよ。叔父さん」

「ふ……ふざけるのもいい加減にしなさい」

「僕は何も悪くありません。悪いのは僕を受け入れない世界と人です」

 僕は叔父さんへと近づきます。

「おい……こっちに来るんじゃない。……やめろ」

面白いほどに叔父は震えていました。

「最悪だよ。おまえなんか引き取るんじゃなかった。だから嫌だったんだよ。優しくしとけば、少しくらい見返りがあるかと思えば、いつまで経っても引きこもりやがって。ちょっとは働けよ。この無能が」

 僕はそのまま叔父を刺し殺しました。人を殺すのに三人も四人も一緒です。躊躇いはありませんでした。

 僕を受け入れないものは全て壊さなければなりません。

 これまでは、やり方が間違っていたんです。自分を変えるのではなく、もとより世界の方を変えていればよかったんです。僕の行いを悪行にしてしまう人間が悪いのです。

 僕は家を飛び出して、すれ違う人を片っ端から殺して回りました。日が暮れているというのに、今日はたくさん人が出歩いていました。殺し甲斐があります。

 快感です。快感です。快感です。

 生まれてきて本当に良かったです。こんなにも素晴らしい景色を見ることができたのだから。

 僕は殺人鬼として殺人鬼らしく村を駆け抜け、小さな公園へと差し掛かりました。すると、また人が現れました。僕は勢いそのままにそいつの眼元へと包丁を垂直に突き刺しました。




                   ○

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