四日目
僕は大慌てで家へと逃げ帰りました。それは本当に急なことだったので、そうすると言う選択肢を選ぶことしかできませんでした。自分自身がそうしたいわけでは無いんですが、どうしてか体が勝手に逃走してしまいました。
先ほどのことです。僕がいつも通り神社へと到着すると、目の前には小町音衣がいました。顔もはっきりと確認しました。幼少時と変わらない、穏やかな目をしていました。
彼女がそこにいることなど予想だにしていなかったので、意表を突かれたような驚きを覚えました。
長年の間、僕は彼女ともう一度でいいから話したいと思っていました。しかし、いざ彼女を目の前にしてみるとどうしていいのか分からなくなり、神社の戸締りも忘れその場から逃げ出してしまいました。
昨日の声の正体も彼女だったと考えられるので、これで二度目です。
家に戻ってきた時には手足は激しく震えていました。
僕は数時間ほど部屋に閉じこもり、浴びるようにお酒を飲みました。
彼女に面と向かってあの時のことを謝りたいという気持ちや、彼女は僕なんかに会いたくないのではないかという不安、なぜ彼女がそこにいたのかという疑問に、なぜ逃げ出してしまったのかという後悔など、様々な感情が混在していて、そうしなければ心が持ちそうにありませんでした。
もし、また彼女と出くわしてしまったら、どう接したらいいんだろう? できるだけ気まずくならないような方法を模索しましたが、結局良い考えは浮かびませんでした。
何も解決せず、もやもやしたまま、鍵を閉め損ねた神社へと向かいました。
神社にはもう誰もいませんでした。あれから何時間も経っているのでそれもそうだと思います。
僕は鍵を閉めながら考えました。
もし僕が振り返った時、そこに彼女がいたら。もし帰り道で彼女に遭遇したら。もし家で彼女が僕を待っていたら。
どうしたらいいでしょうか?
そんな時、小振りで冷たい手が僕の瞼を覆いました。その手の繊細さや、きめ細やかさは、鈍感な僕の神経でも読み取ることができました。
そんな魅力的な手は、僕をそっと手繰り寄せた後
「だぁれだ」と耳元で囁きました。
暖かいこの妙な安心感には覚えがあると思い振り返ると、そこには僕の予想通り彼女が立っていました。
闇の間から垣間見える、彼女の弾けるような幼さと解かれたような安堵感が混ざったような表情に、僕は少し見とれてしまいました。
周囲にはその漆黒さを塗り替えるような優しい雰囲気が漂っていました。
しかし、僕はいつの間にか、またもや逃げ出してしまっていました。
せっかく会えたのに。三度やってきたチャンスだったのに。今回は何だか、いけそうな気がしたのに。
僕の意気地なし。
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