第77話 前へと
「へぇ……そんなことがあったんだ」
ファミレスのテーブル席。そこでメロンソーダをちゅーっと吸いながら青川はそう言った。
「あぁ。こうやって、ことがうまく運んだのも青川、お前のアドバイスがあったからだと思う」
「そんなことはないよ。というか、私もこうして恩恵に授かれたんだから、結果オーライだよね」
俺の向かい。正面の椅子に座る彼女は隣に座る男、倉敷勇人の肩に笑顔で寄りかかった。
「いや、オレも、消えてしまってたなんて実感はないんすけど……とにかく、助けてくれてありがとうございます」
「別にお前を助けたわけじゃないから」
「それでも、感謝してます。こうして生徒会長の横に居られるのは、馨さんのおかげですから」
そのチャラ男で、生徒会長の彼氏というリア充で、この前まで存在自体が消えていた彼。
隣の青川と体を寄せ合う姿はとても幸せそうだ。
「……かおるん。本当にありがとう」
呟くように言った青川の言葉に、俺は冗談めかして返す。こんな時にしんみりしたって、何の得にもならない。
「何言ってんだ。お前の呪いを解いてしまったのはおまけみたいなもんだよ。というか、青川の呪いだけかけっぱなしにしてもらっておけばよかったな」
「え、なに? その下手なジョーク。……ごめん、笑うところが見つからなかったよ」
「お前を気遣ったの! しんみりしちゃわないようにしようとしたんだよ!」
こめかみを押さえて謝る青川。そんな彼女に俺はいつものようにツッコミを入れる。
「嘘だよ、嘘。……ちゃんと分かってるから。かおるんが自分より人のことを大事にしちゃうおバカさんだなんてこと」
「何言ってるんだか」
「ほんと、何言ってるんだろうね?」
そうやって二人で笑い合う。
なんだかそれだけのことなのにとても懐かしく感じてしまった。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「すまない、身支度に思いの外時間がかかってな」
そう言って登場したのは私服姿の小春と凛だ。
「おはよ。凛には珍しくおしゃれだな」
「珍しくとはなんだ、珍しくとは! ……わ、私だって、その……着飾るぐらい、する」
しまった、殴られる! と、思ったのは束の間。彼女は身を捩らせて自分の服装を恥じらいながら隠した。
なんだろう。おしゃれという俺の言葉を褒め言葉ととってくれたのだろうか。
「えっと、みんな揃ってるね。じゃあ、早速行こうか」
「ちょっと待ったぁ!」
皆に呼びかける小春。しかしそれに一人の声が割り込んだ。
「私を置いていかないでくださいよ〜! ひどいじゃないですか、仲間はずれなんて」
そうして頰を膨らませる金髪の少女。
彼女は俺の方を向いて微笑んだ。
「ね、そう思うでしょ? お兄ちゃん」
「ティア……?」
そう、そこにいたのは間違いなくティアだった。いつもの給仕服はまとっていないものの、彼女はティアだと俺は直感した。
「えぇ。馨さんの妹、ティアですよ?」
「……そうか。帰って、きたのか」
「はい! また、よろしくお願いします♪」
その彼女に俺は頷く。
彼女の隣に立っていた小春は、愛おしげにティアの頭を撫で、「おかえり、ティア」と囁いた。
「さて、じゃあ行こうか。遊園地へ!」
「うん、行こう、かおるん」
「行くっすよ!」
「行くとするか」
「行きましょう、お兄ちゃん」
そうして、俺たちはファミレスを飛び出した。思わずにやけてしまいそうな高揚感を胸に、みんなで歩き出した。
……遊園地までは少し距離がある。
だけども、このみんなとならその距離も大変ではないのだろう。
好感度も、興味度も、数値でわかったりしない今だけど、だからこそわかるものがあると俺は思う。
手探りで、もがきながら、関係をつないでいって、少しずつその人のことを知っていく。
なんでもない、その人と人との親交が、どれだけ尊いものなのか。俺は……俺たちはきっと知っている。
手を伸ばして、必死に伸ばして、それでも届かなくて、知りたくて、わからなくて、辛くて、たまに心から笑えたりして。
そんな、人との繋がりを俺は持っている。
あの誓いを立てたことでできた繋がり。
あの呪いを消したことでできた繋がり。
様々な繋がりがさらに繋がって、俺を作っているんだろうと思う。
「馨くん。置いていかれちゃうよ?」
一人立ち止まった俺に気づき、小春がこちらに駆け寄ってきた。
「あぁ。大丈夫だ。さぁ、いこう」
「うん。……行こう。一緒に。ずっと、一緒に」
「あぁ。ずっと、一緒に」
そして、俺たちは歩き始めた。
小さな歩幅で、少しずつだけど、しっかりと前へ。前へと。
彼女の好感度が上がってないのは明らかにおかしい 陽本 奏多 @kanata2767
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