第13話 自称ナビゲーター ティア
「何しに来た」
俺はこの上なく低い声でそう言った。だが、目の前の少年、小川紗空はおどけて笑った。
「そんな怒らないでくださいよ。自分の彼女とその元カレが一緒にいたらそりゃ気になりますって」
紗空はわざとらしく、「彼女」という部分を強調してそう言った。そんな挑発的な態度に、俺は歯を強く噛みしめた。
「で、俺の元カノの今カレさんが何の用で?」
「別に、用はないですよ。元カノにこっぴどく言われた残念な少年をバカにしてやりたかっただけです」
またもや紗空は俺を嘲るように笑った。
「あと、僕たちの仲を邪魔したりしたら僕怒りますよ? 第一、彼女に捨てられたあなたにはできっこないでしょうですけど」
「ああ。捨てられたさ。だけど元カレが元カノに付き合う相手ぐらい選んだほうがいい、ってぐらいのアドバイスをしても、バチは当たらないと思うが?」
おかしいことを言っている。そんなのは自分でもわかっていた。だけど、このくらいの欺瞞でしか、今のこの気持ちを紛らわせることしかできなかった。
「本当に付き合ってたんですか?」
唐突に放たれたその一言に俺は虚をつかれた。
「小春先輩は本気っぽかったですけど、馨先輩はどこかぎこちなかったですし。もしかして……状況に流されて付き合ってることになっちゃったとかですか?」
意地の悪そうな瞳が、静かに笑っていた。
確かに、状況に流されていたのは事実だ。でも、それでも……
「俺は六実と付き合ってたし、好きだった。いや、あいつにベタ惚れだったと言ってもいい」
なんて恥ずかしいこと言ってんだ。そんな思考がよぎったが、今はとりあえず無視して続けた。
「まだあいつについて俺が知ってることは少ない。だけど、俺は六実の容姿、仕草、性格、全てが好きだ。大好きだ!」
本当に、自分でもいかれていると思った。だが、今はこの胸の中にある衝動を言葉にしたい、しなければいけない。そう感じた。たとえ、いつか消えてしまうとしても、今この瞬間がなくなることはないのだから。
「だから、だから……」
両手を強く握りしめ、下を向いてしばし思案した。
そして、力強く紗空を見据えると、こう言い放った。
「お前から六実を奪い返してやる!!」
その、叫びにも似た声は、昼時の屋上にこだました。
独善的だと言われてもいい。わがままだとも言われて当然だろう。でも、それでも、俺は六実のことを想っている。だから俺は六実を奪い返す。
「ふっ、ははははは!! なっ、何言ってんですかこの人! バカじゃないの!!! もっ、もうお腹痛い……」
そいつは、俺の叫びから一泊置いた後、腹を抱えて笑いだした。
「おまえ……」
俺が今にも顔パンしそうな拳を親鸞並みの精神力で押さえ込んでいると、紗空の周りが急激に変化しだした。
「予兆……?」
そう、それはまさに予兆のようだった。何日か前の老人のように、関係がリセットされる直前には白い靄のようなものがその人の周りに出現するのだ。
彼の周りにはそれと似たようなものが現在出現している。しかし、それはいつもと違い、少し青みを帯びていた。
「おいティア! 紗空の好感度を教えてくれ! 早く!」
俺はスマホを取り出すと、それに向かって思いっきり叫んだ。傍から見ればとても滑稽な光景(洒落じゃないです……って俺はこんな時に何言ってんだ)だろうが、俺はとても必死だった。
「いくら叫んでも出てこないと思いますよ? 馨さん」
その声は聞き飽きた「彼女」の声だった。
目の前で微笑んでいるのは小川紗空のはずだ。だが、俺にはその姿に三頭身の可愛らしいキャラクターが重なって見えてしょうがなかった。
紗空の周りの靄は次第に濃くなっていき、紗空自身の姿はもう見ることができなくなった。そして、その靄、いや、今の状態は青い光か。それはやがて一点に集まると、俺のスマホの中にゆっくりと入っていった。
「どもども、馨さん。まさか私が実体化できるとは思ってなかったでしょう!」
光がスマホの中に入っていった直後、ディスプレイが自然に点き、三頭身の可愛らしいキャラクターが出てきた。
「……ふざけんなよ」
「はい?」
「いやいや、なんでかわいらしく首傾げちゃってんのさ。 何? 俺から彼女取ったのって嫌がらせ!?」
ティアは「はて? なんのことやら?」みたいな表情で俺を見つめてきた。
「いやだなぁ、馨さん。私は馨さんを良い未来へ導くナビゲーターなんですよ? これもいい未来へのフラグ立てです! まぁ、馨さんの反応が面白かったってのもありますけど......」
「おいそこ! 最後の一言余計だろ!」
「いいじゃないですか〜。突如現れた恋のライバル! 的な感じで」
「あぁ。なんかもういいや」
まぁ何はともあれ、実際のところ、六実は俺以外と付き合っていないということだ。とりあえずは一安心だな……って。
「おいティア! 小川紗空が実際には存在しないってこと六実に教えないといけなくないか⁉︎」
「あ、はい。 六実さんには事情を知ってもらった上で協力してもらってますので大丈夫です」
と、ティアはとてつもなくいい笑顔でそう言った。そっか。六実ちゃん知ってたんだ。それなら安心……って……!
「って、ええ⁉︎ 六実知ってた上で協力してたのか⁉︎」
「はい、ついでに言うとさっきの涙も演技ですよ。いやぁ、流石、演技のレッスンを受けてるだけありますよねぇ。馨さんもまんまと騙されてましたし。ぷぷぷ……」
「おい! それマジかよ!」
ティアは、笑いを堪えてます感を出しながら俺を嘲る。
でも、あれが演技だというのならショッピングモールの帰り道、あのときの涙も嘘なのではなかろうか。あ、「泣き顔見られるの恥ずかしい」ってのは、笑いを誤魔化すためのカモフラージュなのでは……
やべぇ。死にたくなってきた。
「馨さん! 早まらないでくださいね? なんならカウンセリングしてあげましょうか?」
「だから心の中読むなって。というかそもそもの原因はおまえだろうが!!」
「え? そうでしたっけ? んー……てへぺろ?」
がちゃり。そんな音がした。
そう思った時にはもう遅く、俺のスマホはコンクリートの地面に打ちつけられ、凄惨なる状態になっていた。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
俺はなんてことをしてしまったんだ……
大事な大事なスマホ様を破壊してしまうなんて……
いくらスマホをめちゃくちゃにしようと、機種変をすれば中のティアは平然とそこにいる。
そんなこと分かりきっていたのに俺はスマホを壊してしまった。
……俺のバカ。
スマホを買いに行かなければいけない憂鬱に肩を落としながら、予鈴のなる中屋上からの階段を下っていった。
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