第4話 天変地異より珍しい事態
俺のナビゲーター、ティアは非常に役に立つ。
誰がどれくらい俺に対する好感度、興味度を持っているかを教えてくれるし、暇なときは話し相手になってくれる。
たまにうざいときもあるが、基本的にはかなりいい奴だ。
ほら、今だって俺が不安や、期待など、様々な思いを巡らせているのをニヤニヤと嗤っている。
前言撤回どこがいい奴だよ。
キッ、と俺が睨むと、おどけながらティアは笑った。
「馨さん、落ち着いてくださいよ。小春さん、あなたに対する興味度20%ですよ? 好感度なんて上がりませんって」
興味度が高いほど、好感度は変動しやすい。つまり、逆に興味度が低いほど好感度は変動しにくいのだ。恐らくティアはそれを言いたいのだろう。
俺が無言を返すとティアは続けた。
「いや、まず馨さん。あなたと小春さんの間にリセットされる様な関係もありませんよね?」
「わざわざ言われなくてもそんなことわかってるっての」
なんでこの子は俺のHPこんなに削るんだろう……。もう火事場の馬鹿力発動しちゃうぞ。
「ごめんね、待たせちゃった」
静かな吐息と共に聞こえたその声の主は考えるまでもなく彼女だった。
六実小春。
その少し赤くなった頬と上がった息からは俺のために急いで来てくれたことが伺える。
体が上下するたびに揺れるサイドテールがかわいらしく、思わずぼーっと見とれてしまう。
「あの、さ……」
彼女はゆっくりと俺の机の前へ寄ってくると、手探りをする様に話し始めた。
「馨くん、って彼女……とか居たりするの?」
六実が上目遣いで誘惑するように俺に尋ねる。一瞬ドキッとしたが、すぐ俺はすぐに冷静になった。
あぁ、またこのパターンか。
俺はもう学習したんだ。期待すれば絶望する。ほら、今朝の帽子の件だってそうだ。
俺はお前なんかには興味ないよ、感を出しながら答えた。
「べちゅにっ、いないけど?」
うん。噛んだ。まじ噛んだ。本当死にてぇ……
「やっぱりそうだよねー……」
えぇ? そうだよね? 酷い。俺の乙女心が致命的なダメージを受けた。
当の六実は顎に手を当てて何やら考え事をしている。
「ならっ!」
彼女の顔が急に目の前まで迫る。何か天変地異でも起こったかと思ったが、彼女が俺の目の前まで顔を移動させたらしい。
いや天変地異より珍しい事態じゃね?
「ならさ……」
俺の目の前で彼女がもじもじとし始める。斜め下に視線を逃す彼女が本当にかわいい。
惚れそうになるからやめてくんねぇかな? あ!やっぱ止めないで!この幸せをフォーエバー。
俺がそんなくだらないことを考えていると、彼女は静かに言い放った。
「私と付き合わない?」
「……は?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。付き合うとはあれですよね。男女交際とかそういうことですよね?
ほら、あの「買い物に付き合って!」的な意味じゃないですよね?
「へ、返事はいつでもいいから!じゃあねっ!」
彼女はそう言うと教室から走り去っていった。
残された教室の中、ティアがニヤニヤと笑っていた。
* * *
帰り道。
俺はいつものようにティアと雑談しながらペダルをこいでいた。
「いやぁ、意外でしたねー。まさかあの子が馨さんのことが好きだったなんて」
「んなわけないだろ。好きだから告白するっては限らん」
俺がそう言ってやるとティアはふふん、と笑って返してきた。
「さすが馨さん、ご明察です。確かに小春さんはあなたのことを好きじゃない。好感度は20パーセント以下ですし」
「具体的な数字言わなくていいだろ」
俺のフルーチェメンタルを傷つけないでくれ。
「じゃあ、なぜ馨さんにあんなことを言ったんだと思います?」
「知るか。俺が断ってそれで終了だ」
俺がそう言うとティアは露骨に不快そうな顔をしてディスプレイから消えた。
だってそうだろ。他人と自分、どちらかが傷つかなければいかないとしたら誰だって他人に傷ついてもらう。
自分より他人が大事なんて言う偽善者は本当の意味で傷ついたことがないんだよ。
夕焼けが沈む夕方。俺は太陽と逆方向に自転車を走らせていた。
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