PROLOGUE

プロローグ



 チームワークについての不安? 全くと言っていいほどありませんね。

     ロザリー・ド・エムリコート・ド・グリュンネしよう

(第506統合せんとう航空団めい隊長就任時の「ル・モンド」紙のインタビューより)



            *  *  *




 どこまでも続く、海原うなばらを思わせるみどりの森。


 その上空を、およそ生物らしさのない無機質な飛行体がV字の編隊を組んで移動していた。その数、三十から四十といったところ。

 今、その飛行体、ネウロイの群れに四つの小さなえいが南西方向から近づきつつあった。

 ほう力を使し、現代のほうき、ストライカーユニットをまとって天空そら飛翔少女ウイツチたちである。


「うわ〜っ! 小型がたくさん! めんどうくさいなあ!」


 額に手をかざし、目を細めて敵機ネウロイかくにんしたくろかみの少女は、そう皇国から来たくろくにちゆう。見た目はかなりしよみん的だが、これでも名門ぞく黒田こうしやく家の養女である。


「いや、本体は一機だ。残るはえんかく操作の小型飛行じゆうほうだいのようなものだな」


 目を細めて不敵に微笑ほほえんだのは、ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタインたい。プリンツェシンは王女の意。いかにも貴族という高貴な顔立ちの彼女は、整備班員からひめ様としてしたわれ、すうはいされる戦闘隊長だ。


「じゃあ、全部げきついしても一機あつかい? な〜んだ」


 那佳は胸の前にかかえたMG42をにぎり直し、らくたんのため息をつく。


「……てことは、特別手当もなし?」


ちゆう、今までに私は特別手当なんて出したこともないし、これからも出す予定はないわよ』


 耳のインカムから流れる、み切って美しい声。その主は、セダンの基地から指示を出す、名誉隊長のロザリー・ド・エムリコート・ド・グリュンネである。


「言ってみただけですよ、隊長」


 那佳の顔からじやのないみがこぼれる。


「百回ぐらい続けて言ってたら、ちがって一回ぐらい出してくれないかなあ〜って」


「手当よりも、基本給が上がればいいのでは?」


 と、話に入ってきたのは、ベルギカ貴族の血を引くイザベル・デュ・モンソオ・ド・バーガンデール。中性的なふんたたえたイザベルは、ウィッチとして国家の道具にされることをおそれた両親に、男の子として育てられたいっぷう変わった経歴の持ち主で──。


「ここで撃墜されれば、確実に二階級特進。手取りもグンとアップですよ、故黒田少佐?」


 ジョークのセンスも、これまた変わっていた。


「アイザック、そのへんにしておけ。せつしよくするぞ」


 話にくぎしたのは、ロマーニャ貴族のアドリアーナ・ヴィスコンティ大尉。歯にきぬ着せぬ発言と軍紀はんせんされては、戦果を挙げて原隊復帰をり返す問題児なのだが──。


「……いろんな戦線を転々としてきたが、自分が優等生に思えるのはこの部隊が初めてだな」


 アドリアーナがそうつぶやいてしようするほど、ガリアの空を守る第506統合戦闘航空団A部隊は個性派ぞろいだった。

 そして、その個性派ウィッチの全員が貴族の出身。

 そのため、彼女たちはこう呼ばれた。


 ノーブル・ウィッチーズと。


「Bの連中が来る前に片づけるぞ! やつは我らのものじゃ!」


 ハインリーケが高度を上げるように手で那佳に合図をする。


「確かに。あのマスタードたちにがらをさらわれるのはしやくだな」


 似た性格のせいか、いつもは何かとハインリーケとぶつかるアドリアーナがめずらしく同意する。

 二人が口にしたB部隊とは、マスタードで有名なディジョンに基地を持つ506のB部隊。大西洋の向こう、リベリオンからけんされたウィッチたちで構成される別動隊だ。

 本来なら各国を代表するウィッチで構成されるべき統合戦闘航空団。B部隊もハインリーケや黒田たちのA部隊とひとつになるはずだったが、そのメンバーのほとんどが貴族ではなかったため、上層部の一部──はっきり言うと、戦後のガリアにおけるとくえいきよう力をリベリオンにさらわれるのを恐れたブリタニア──に合流をこばまれたのである。そして、上層部の対立は隊員同士にもおよび、貴族のAと非貴族のBは、何かと張り合うことが多かった。


『B部隊が来てもちようはつするようなことはしないで──』


 ロザリーはもう一度呼びかける。

 だが。


「ヴィスコンティ大尉とバーガンデールしようは今の高度を! 黒田中尉はわらわに続け!」


『あの……』


「はいは〜い、りようかい!」


「了解したぞ、大尉」


「こっちも了解」


『こちらはセダン。だれか、私の話を──』


 みんなロザリーの声が聞こえない訳でもないし、意地悪でこたえないのでもない。ハインリーケがぎ早に命令を下すので、そちらに応じるので手いっぱいなのだ。


「黒田中尉はわらわのえん! 奴らの真上に出てきようしゆうする! ヴィスコンティ大尉、バーガンデール少尉は後方に回り込め!」


『あのね、みんな聞いて欲しいんだけど──』


 ロザリーの声はていかんひびきを帯びる。


「あのネウロイたち、もうすぐB部隊の受け持ち空域に入っちゃいますよ。B部隊のみんなに任せちゃえば楽じゃないですか?」


 那佳は十時の方角にネウロイの編隊を見下ろしながら、ハインリーケに質問する。


『……お〜い、やっほ〜』


 ロザリーは半ば捨てばちになって注意を引こうとするが、結果は変わらない。

 一方。


「黒田中尉、つまらぬめぬか! 奴らには手柄はやらぬ! たとえ、欠片かけらほどでもな!」


 ハインリーケから那佳に返ってきたのは、しつせきの言葉だった。


「だって、もう今月はお給料分働きましたよ」


 と、ほおふくらませる那佳。


「よいか、黒田中尉! 我らノーブル・ウィッチーズは給料のために戦っておるのではない! そもそも貴族には古来高貴なる義務が──」


 ハインリーケはさらに小言を続けようとしたが──。


「くどいぞ、ウィトゲンシュタイン大尉」


 アドリアーナが割って入った。


「く、くどい!? このわらわがくどいと?」


 アドリアーナをキッとり返るハインリーケ。


「ああ。オリーブオイルを入れ過ぎたわかどりのカッチャトーレ風よりもくどい」


「お二人さん、接触しちゃいますよ、ネウロイ」


 イザベルがハインリーケとアドリアーナの注意を引いた。確かに、ネウロイは眼前にせまっている。


『……あの〜?』


 インカムから細く流れるロザリーの声。


「隊長、話は帰ってから聞く! よいな!?」


 ようやくハインリーケがロザリーに応えた。──これが応えと呼べるのならの話だが。


『はい』


 遠くはなれた基地では、ロザリーがマイクを握ったままシュンとなっていた。


「戦闘開始!」


 ハインリーケの号令で、ウィッチたちはネウロイにおそいかかった。


「お仕事お仕事〜」


 那佳がトリガーをしぼり、まず銃座を二機落としてハインリーケが接近するための道を作る。

 アドリアーナとイザベルは、左右後方から一機ずつせんめつしてゆく。

 ここまでは、実に順調な展開である。


 だが。

 小型飛行銃座はかぎづめのようなものを出し、近くにいる銃座と次々に重なり始めた。

 やがて、ネウロイはひとつの輪のような形になる。


「展開! 奴からきよを取れ!」


 と、さけんだ次のしゆんかん

 ネウロイは高速回転し、ビームを乱射した。

 ビームは那佳たちだけでなく、下方の森にも降り注ぎ、ほのおを上げる。


「やるな。高速回転でコアの位置が分からない」


 アドリアーナが下がりながらも不敵な笑みをかべた。


「橋が」


 イザベルがせんかいしつつ、眼下を指さす。ビームが谷にかかる石橋をちよくげきし、橋がおもちゃの積み木のようにくずれて川に水柱が上がった。


「このがいって、うちの隊でべんしよう、なんてことはないよね?」


 ビームをかわしながら呟く那佳。


「先月から、民間の被害はしゆつげきした隊員が折半ではらうことが決まりました。ぶんかつばらい不可です」


 と、イザベル。


うそ!」


「黒田中尉! そやつのたちの悪いジョークを真に受けるでないわ!」


 ハインリーケは、援護の那佳をき飛ばすようにしてネウロイの前に出る。そのひように、手のこうが那佳の鼻の頭をヒットした。


「鼻打った! 鼻!」


 那佳は顔の真ん中を押さえてなみだになった。


「大尉、りよう費ください!」


 あまり高いとは言えない鼻を押さえた邦佳は、涙目でハインリーケにうつたえる。


「ええい! 当たり屋か、そなたは!」


 ハインリーケはネウロイの輪の中心におどり込んだ。

 そして、自らの体を回転させながら、本来ならばくげき機のじゆうに使われるMG151/20をこしだめに構えて連射する。


「どこがコアか分からぬなら、すべてち落とす!」


退たい!」


「あわわわわわわっ!」


「うん。いつも通り」


 アドリアーナの声で、急いでネウロイから離れる那佳たち。

 あおい空に、きよだいな光のかんむりえがかれた。



            *  *  *



  扶桑のぞくめいを背負う? って、そんな大げさな話になってるの!?

     黒田那佳ちゆう

(506JFWに合流するため、おうしゆうに向かう船上でのインタビューより)

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