50 第六部 待ちわびた再会
帝国歴1500年 1月。
適当な水場を使って聖域へ訪れたレミィは、クレファンに会いこれまでにあった事の報告をしていた。
「ナトラさんを助けるために。皆さん頑張ってる最中です。ラッシュさんも、リズリィさんもたまにネクトの方にやってきて、お話とか色々聞かせてくださるんです。美味しいお菓子の差し入れも買ってきてくれます。おいしかったなぁ」
そばに浮き輪を付けたネコを浮かばせながら喋るレミィは、笑顔を浮かべながらも話を続け、かけられた暗示の影響をといてクルオがようやく今までの巻き戻りの記憶を思い出した事や、フィーアが踊れるだけだった踊り子から、歌って踊れる踊り子になった事を相手へ伝えていく。
「楽しそうですね、レミィ」
「はいっ、楽しいです。でも……そこにアスウェルさんがいてくれたらもっと楽しかったんですけど」
過ごす日々の中に、自分を助けてくれた大切な存在がいない事に、レミィは肩を落とさざるを得ない。
何気ない日常の中に、一番そこにいて欲しい人がいないという事実はレミィの心にぽっかりと大きな穴を開けてしまっているのだ
そんなレミィを励ます様に、クレファンは声をかける。
「アスウェルは貴方がそう言う顔をしているのは望んではいませんよ、きっと」
「そうですよね。はい」
「召喚術と魔石の研究は進んでいますか?」
「はいっ、ばっちりです。まだ完全には思い出せてませんけど、まさか元の世界の黒歴史が役に立つなんて思いませんでしたっ」
「黒歴史がどんな歴史かは分かりませんが、良く進んでいるようですね」
最近研究しているその二つの事がらは、主にネクトの活動を支援する目的でし始めたものだ。
レミィの、何もない所から長槍を出す魔法や、魔石……願い石から魔法を使う方法が広まれば、きっと大きな戦力となるだろう。
魔法などが存在しなかった世界で、何故かあったそれらの知識。
おそらくアニメや漫画から得た知識なのだろうが、まさか本物の異世界で役に立つとは昔の自分は夢にも思わなかっただろう。
そんな事を考えた後に、レミィはふと思った事を尋ねる。
「クレファンさんは前の創造主さんから、お声がかかって今の神様みたいな人になったんですよね」
「その通りですよ」
「ずっと、アスウェルさんの事を見て守って来たんじゃないですか? だって、ここにたどり着くまでの巻き戻りで、アスウェルさん屋敷に何日もいたのに、その後も普通に生活してたみたいですし」
レミィが屋敷の毒に影響されなかったのは、
レミィの言葉を受けたクレファンは、少しだけ躊躇う素振りを見せた後、口を開いた。
「……、聖域の主となった時にアスウェルの妹であるクレファンが亡くなったのは事実です。ですが、今の存在となる事を引き換えに、彼女から頼み事を聞いていたので」
「約束ですか。アスウェルの妹さんの」
「ええ、そのようなものでしょうね。兄の事をできる限りでいいから守って欲しいと、そして最後に言葉を伝えてほしいと」
「妹さんの伝言……」
そんなものがあったのならば、どうしてアスウェルが無事な時に伝えなかったのだろう。
そうレミィが問えば、復讐に憑りつかれて生きている状態のアスウェルに行っても、信じなかっただろうとクレファンは言う。
確かに出会ったばかりの頃のアスウェルは、冷たい印象を人に与えてばかりの人間で、妹に似ているとはいえ別人である女性の言葉に耳を傾けたとは思えない。
「ですから伝えるのは、彼がちゃんと復讐から解き放たれた時にしようと思ったのです」
「そうだったんですか。でも、それならきっと大丈夫ですよ」
レミィはそこら辺を滞空していたムラネコを捕まえて、腕の中に収める。
「アスウェルさんは、もう一人じゃありませんから」
それは傍にいたレミィが一番よく分かってる事だった。
「だから、今度は伝えてあげてくださいね」
聖域から戻ったレミィは、クルオやフィーアに挨拶してから、その場所へと向かった。
ネクトの拠点となっている建物の中、その一室へと。
部屋に置いてるベッドの上には、癖のある茶髪のもうじき二十の歳になるだろう男性が、横たえられて眠っていた。
「アスウェルさん、今日こそ起きてくれると思ったのに、全然起きてくれないです。お寝坊さんですよ」
呼びかけるが、当然反応はない。
「私大きくなったんですからね。背だって伸びましたし、フィーアさんの言葉を借りれば女性らしくなったらしいですっ」
もうじき17歳になるレミィは、起きたアスウェルから見たらどんなふうに見えるのか。気になる所である。
あの時、ライトに勝った後、死にそうになったアスウェルは装置の影響を受ける前に、床が壊れて下の水場へと落下していた。
そこで、聖域へと連れていかれたアスウェル。異形化する事態は防ぐ事はできたのだが、体に相当なダメージを負ったらしく今まで目が覚めないでいるのだ。
「だから、アスウェルさん……。早く、起きてください……」
起きて、素直じゃない言葉を聞かせてほしいし、時々やってくれていたみたいに頭をなでてほしい。
声が聞きたいし、動いている所にギュッと抱き着いてみたい。
けれど、レミィの願いは届くことなく、いつものように無言の時だけが過ぎるのだ。
「私、いつまでも待ってますから」
そういって、最後に笑顔を見せてレミィはその場を後にしようとする。
「……っ」
しかし、その立ち去ろうとした背後で。
声が一瞬聞こえた気がして、レミィは立ち止まった。
「アスウェルさん……?」
振り返るのが怖くて、気のせいだったらショックだろうなと、そんな事をいつまでも考えていると、かすかに布がこすれるような音がした。
「……アスウェルさんっ」
振り向く。
泣くな。
なんて無理だ。
起きたら笑顔を見せようなんて思ってたのに、そんな事はぜんぜんできなくてレミィは、やっぱり泣いてしまった。
でも良いのだ。
だって、それはうれし涙なのだから。
一年の月日を夢の中で過ごした青年は、その日確かに目覚めた。
「おはようございますっ」
儚き明日の幸福を求めてただもがき続ける、そんな永劫の日々を乗り越えて。
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