ご視聴ありがとうございました。よろしければチャンネル登録をおねがいします。
「幸! 今日はこれを着てくれないか!?」
セーラー服で街を徘徊したおぞましい日の翌日、俺はその一声で最悪の朝を迎えた。
自分で頼んでおいてこう言うのもなんだが、いずくは確実に俺よりやる気があるな。
まるで誰かに自慢のコスプレを着せるのを楽しんでるみたいだぜ!!
寝ぼけ眼で俺はいずくが手にしていたメイド服のコスプレを受け取った。
当然の様にコスプレを持ってきては、底知れぬ恐怖感を抱かせる隣人に色々と言いたい事はあるが、人間知らない方が幸せなこともあるのだ。黙っていよう。
「なあいずく、今日は休まないか? ユーチューバーにだって休みがあっていいだろう?」
「何言ってんだよ幸! 昨日の動画見てないのか!? 登録者が増えてきて今いいところじゃないか!! それに師匠にも毎日投稿するように言われてるんだろ!?」
確かにそのとおりである。
毎日投稿することのメリットは、前に話したので割愛することにする。
俺は充電しきったスマホを手に取り、昨日の動画を再生した。
編集も、投稿もいずくがやってくれる事になったので、早くも俺のノートパソコンの存在意義が薄れかかっている。毎月高い通信料を払っているというのに! あのペテン師が!!
「まじかよ! いずく!! お前何もんだ!?」
俺は昨日の動画を見て驚愕した。
ドッキリ以上に再生数が跳ね上がっている!
さらにはなんと、動画にBGMが付いているではないか!!
いや、BGMだけではない。まるでテレビの番組のように、チャンネルアイコンと字幕まで付いている!
「いやあ、やり始めたら止まらなくて……」
なんて言う事でしょう。
いずくは企画と撮影だけでなく、編集も完ぺきにこなして見せたのだ。
さらには小説家を目指しているだけあってタイトルの付け方も秀逸である。
それらがこの再生数に繋がったんだろうな……
一晩で俺のチャンネル登録者は500人を突破していた。
「それにしたって、2日続けてコスプレは視聴者も飽きるだろう?」
「いや、幸はまずそのキャラを確立すべきだと思うよ。見てもらってる今やらなかったら、すぐに埋もれて誰も気付かなくなるぞ」
俺がここまで浮上したのは完全に運のおかげだ。
俺でもそれくらいわかる。舐めるな。
師匠にも聞いたが、ユーチューバーにはそれぞれ色がある。
その特徴を今のうちに視聴者に見せつけ、チャンネル登録者をがっちり掴もうといずくは考えたんだろう。
「わかった、わかったよ。んで? 俺は今日なにをするんだ?」
俺はメイド服にそでを通しながらいずくに尋ねた。
恐ろしい事にどうやらサイズはピッタリだ。
いずくはにやつきながら今日の企画について話し出した。
それを聞いて俺は体調が悪くなりそうだった。
まったく、他人事だと思ってよお!!!
*
日が傾き、太陽が沈もうとしている。
駅前で、会社帰りのサラリーマンや学校帰りの学生が、スマホでメイド服を着たおっさんの写真を撮っているのが、手に取るように、いや、手に撮られるようにわかる。
「はいおっけー! 幸、お疲れ!!」
遠くから俺を撮影していたいずくが走ってきた。
その表情から察するに、満足いく絵は撮れたのだろう。
昨日に引き続き今日もこんな羞恥プレイをさせられたわけだが、それが再生数に繋がるならと、俺は割り切れるようになっていた。
少なくとも昨日の動画は好評だったし、今日の動画もいずくがおもしろく仕上げてくれるんだろう。
それにしても俺は一言この男に言いたい事がある!!
「いずくさんよぉ!! 俺別に家からここまでメイド服着てくることなかったよなあ!?」
呆れたようにいずくは答えた。
「またその質問? 幸、少しづつ慣らしていかないと……」
「もう慣らす必要ねーんだよ!! サイレン鳴らすリスク増やしてるだけじゃねーか!!」
「わかった。認めるよ。僕はメイドさんと街中を歩くのが夢でしたー」
やっぱりかこの野郎!!
「だからお前は相手がおっさんでもいいのか!? それでいいのか!?」
「幸、大切なのはイメージさ……」
これ以上こいつの手のひらで踊らされてたまるか。
「これからは、近場のトイレで着替えるからな!!」
「そ、そんな!! まだナースとバニーと婦人警官と、OLとスク水と体操服と裸エプロンが残ってるのにぃぃぃいいいーーー!!!!」
「捕まるに決まってんだろおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
俺はしつこく懇願するいずくを突き放し、次の撮影からは絶対に現地で着替えると心に誓うのであった。
*
自宅のアパートまで着いた俺たちはそれぞれの家の扉に手をかけた。
「それじゃあ幸、明日も同じ時間に起こしに行くからね」
「なあ、朝も言ったけど、毎日やる必要はないんじゃないか? お前だけでも、言ってくれれば好きに休んでいいんだぞ?」
今朝、俺がいずくにそう提案したのは、別に俺がさぼりたかったからじゃない。いずくの身を案じての事だった。
俺は撮影さえ済んでしまえば後は好きに過ごすことが出来るが、いずくはそうはいかない。
今朝見た昨日の動画がさらにそれを物語っている。あれだけ本格的な編集だ。一時間二時間で終わるものでもないだろう。さらには編集が終わっても、いずくは今度は自分のチャンネルの動画を作らなくてはならない。
毎日一本の動画を作ると宣言していたいずくには結構きついはずだ。
「大丈夫だよ。僕が仕事してない事知ってるだろう? 幸」
「はぁ、わかったよ。それじゃあまた明日な」
俺はそう言っていずくと別れた。
*
家に帰り、俺は炊いていた飯をインスタントラーメンをおかずに平らげ、風呂に入った。
湯船につかりながら考えるのは、やはりいずくの事だ。
俺がのんびり風呂に入っている今も、いずくは編集をしてくれているんだろうか……
風呂から上がった俺はスマホで昨日の動画を見た。
今朝見た時より、さらに再生数は伸びている。
他の動画と見比べても明らかにその動画はおもしろい。
編集もユーチューバーの必須スキルなんだなあ、としみじみ思わされる。
スマホでYouTubeを見ていると通知が入る。
師匠の新着動画を知らせる通知だ。
救急車の一件以来、師匠のチャンネル登録者も飛躍的に伸びていた。
師匠の動画を開き、そこで俺は気付いて血の気が引いた。
「やべえ……2日連続で師匠の講義すっぽかしちまった……」
いずくと動画を撮っていて、俺は公園に行くことを忘れていたのである。
明日は公園に行って謝らなきゃなあ……
財布の中身を確認する。札はもうほとんど入っていない。俺は憂鬱になり、ため息をついた。
気分転換にYouTubeをあさりだした俺はふと思い立った。
そういえばいずくの動画ってちゃんと見たことないな……
検索するとすぐにそれは出た。テキストが画面をスクロールし、いずくの書いたであろう小説が流れる。俺はボーっとそれを見て、流れる文字を読んで跳ね起きた。
*
俺は玄関を開け、いずくの部屋へと向かった。
向かったと言っても部屋は隣通しである。俺の部屋から5秒とかからない。
ドンドン!!
「おい! いずく!! 開けろ!! 起きてんだろ!!」
俺はスマホを片手にいずくの部屋の扉を叩いた。
しばらくすると、ガチャリと部屋の扉は開いた。
「なんだよ幸、近所迷惑だろ?」
「なんだじゃねえよ!! これ見たぞ!!」
俺はスマホをいずくに見せつけた。
そこには、今日限りで引退するという文章が、下から上へと流れる動画が映し出されていた。
ため息をつき、いずくは口を開く。
「ああ、それか……もういいんだよ幸」
「なにがいいんだよ!? 俺から誘っといて何だが、俺の動画のせいでお前の動画が作れないんだったら、もう手伝わなくていいんだぞ!?」
いずくは首を横に振った。
「違うんだよ幸……僕はね、大学を出てから3年間仕事をしながら小説を書いてた。本腰を入れようと2年前に仕事を辞めて、それから毎日小説だけを書いてた。その間、僕がどれだけの賞に落選したと思う?」
「でもお前、小説家になるのが夢って……」
「夢だけじゃ食ってけないんだよ。幸、知ってる? YouTubeのテキスト動画って、ほとんど掲示板やニュースサイトからのコピーだって。大抵は金目的の転載なんだよ……僕の動画はそれにすら勝てない。どっちみち、もう潮時だったんだよ……才能なんて、無かったんだよ……」
実は、俺はそれを師匠から聞かされていた。
テキスト動画は伸びている動画でも、文才や、アイデアを必要としない、ただの丸パクリ、アフィカス動画が蔓延しているため、良く思っていない人が多いという事を。
いずくの為に、俺は今までそれを口にしないでいたが、いずく本人はとうに知っていたようだ。
「でも僕は幸運だよ。幸、君に会えた。これからは君を主人公として、僕は小説を書いていこうと、そう決めたんだ」
「……ふざけんなよ! 俺を言い訳に使うなよ!! こんな半端な終わり方していいのかよ!!」
人のせいにして夢を諦めるような発言に俺は無性に腹が立った。
思わず怒鳴ると、普段温厚ないずくも目の色を変えて怒鳴り返してきた。
「いいわけないだろ!! でも僕にはもう無理なんだよ!! 今まで投稿してきてチャンネル登録者だって4人しかいなんだぞ!! 才能は無い! 貯金ももう無い! 仕事も無い! いつまでも夢を追ってられる年じゃないんだよ!!」
そんなの言い訳だ!!
こんな終わり方して、いいはずが無い!!
「貯金が無いのも! 仕事がないのも! 才能が無いのも俺も同じだ!! しかも同い年だろ!! それでも夢は追わなきゃいけないんだよ!! 諦めたら、もう一生叶わなくなっちまうんだよ!!」
「幸は、怖くないの!? これから先、もしかしたら僕みたいに誰にも見向きされなくなるかもしれないのに、不安じゃないの!? 普通に働けば、まだ間に合うかもしれないじゃない!!」
「不安に決まってんだろ!! でもなあ! それくらいで諦める奴なんかに、夢なんか叶えられねえよ!! 人の夢に縋って満足するやつなんかと動画なんて作りたくねえよ!!」
俺たちの怒鳴り声を聞きつけたのか、周りの家の住人が玄関から顔を出してきた。
少し大声が過ぎたようだ。
「幸、近所迷惑だよ。今日はもう帰ってくれ……」
いずくは俺と目を合わさず、静かに玄関を閉めた。
*
翌日、朝早くから相変わらずいずくは俺の部屋を訪れた。
俺はその際、洗濯したメイド服の衣装を返すと同時に、いずくからナース服のコスプレを受け取る。
いずくは徹夜をしたのか、目の下にくまができて真っ黒だった。
スマホを手にとる。
昨日の動画の出来に、いずくの頑張りが伝わってくるようだ。
どうやらいずくのくまは、それだけが原因なわけではない事に俺は満足した。
画面下から上に流れてくる文字は、寝ぼけ眼にはぼやけて映った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます