新商品のスイーツをレビューします!

 あれからというもの、俺には炎上系ユーチューバーとしてのイメージが、頑固な汚れの様にしっかりとこびりついてしまった。

 商品レビューだろうが、タバスコ一気だろうが、無理をして最近のニュースを真剣に話してみたりしてみようが、揚げ足をとるようなコメント達に俺は叩かれまくっていた。ボッコボコである。ボッコボコのめっためたである。だがなぜか、再生数も、チャンネル登録者も順調に増え続けたのだ。


 ユーチューバーデビューしてから俺は1か月で20本ほどの動画を世に生み出した。合計再生回数は5千回程度にもなっていた。師匠ほどではないがそこそこの数字だと思う。だがしかし、俺は手放しで喜べる状況ではなかった。日々日々、俺にのしかかる問題。生活費に頭を悩ませていたのである。


 YouTubeの収益は8千円からしか現金化することができない。つまりそこまで再生数を伸ばさなければ、どれだけ動画を出そうが俺の手元には1円も入らないのである。どれくらいの再生数かと言えば、大体10万再生である。まったく足らない。

 だが仮に、今の状態で現金化できたとしても500円程度しか貰うことはできないだろう。さすがの俺でもその金額では一週間食うのが限界だ。なにより、家賃、携帯代、N〇Kの集金、税金、そして契約したインターネットの月額料金を払うには到底足りないのである。あのペテン師め!!


 俺はコンビニで新製品のレビュー用に商品を買うとともに、無料で配られている求人誌を持ち帰った。正社員など始めてしまえば、ただでさえクオリティの低い動画にかけられる時間はさらに減ってしまうだろう。

 だが、このままではまずい。どう考えてもこの世界線の先には破産が待ち構えている。とりあえずバイトだ。バイトをしようと俺は決意した。



 俺は誓った。

 バイトをすると。



 家に持ち帰った新商品をレビューした後、俺は求人誌を読み始めた。

 これでも俺は高校時代から様々なアルバイトをやってきた。だから大抵のアルバイトは経験したつもりである。時間に融通がきいて、そこそこ稼げる仕事はないか。なるべく家から近いほうがいいだろう。言うまでもなく、電車代と時間がもったいないからである。


 そして俺はうってつけの仕事を発見した。募集していたのはコンビニの夜勤スタッフだ。そう、いつも俺が買い物をするコンビニである。ここであれば、新商品が入ればすぐに分かるし、売れ残りの弁当が貰えるかもしれない。さらにいうとバイトにしてはそこそこ時給が高かったのである。俺は早速電話をかけた。すると、あっさりと面接の機会が設けられた。





 俺はなるべくきれいな服を着て面接に向かう。当然の礼儀だ。

 履歴書には7年前、運送会社に入った時に使い、そして使うことなく余っていた証明写真を貼り付けた。言うまでもなく、写真代が馬鹿にならないからである。顔写真は4枚セットで700円もする。一枚200円ほどで取ってくれればどれだけいい事か。

 写っているのは当然ながら7年前の俺なのであるがそんな事は大した問題でもなかろう。本人だと証明できればいいのだ。俺はそれくらい金に困っていた。


 面接するコンビニに入り、俺はレジにいたパートさんに声をかけた。優しそうなおばちゃんでホッとする。俺はそのおばちゃんに事務所まで案内された。そこにはこれまた優しそうなおっさんが座っていた。ここにかけて、と出されたいかにも事務所ですと言わんばかりのボロ椅子に俺は座る。


「あの、求人誌を見て応募してみたんですけど」


「ああ、よしおさんね。私がオーナーの山崎です。とりあえず履歴書見せてもらえますか?」


 俺はポケットから履歴書を取り出し、オーナーへと手渡した。

 なるほど、この人がこの店で一番偉いのか。媚び売るぜぇ? 超売るぜぇ? オーナーは俺が手渡した履歴書に適当に目を通して口を開いた。


「えーと、よしおさん。早速ですけどどうして前職をお辞めになったんですか?」


 さすがにユーチューバーになるためですとは言えない。そんなことを言ったら高確率で不採用が決定してしまうからだ。俺にでもそれくらいわかる。舐めるな。適当な理由をつけることにした。


「はい、ちょっと腰を痛めましてね……」


「えーと、コンビニの業務って品出し、棚卸、ゴミ出しで結構重い物なんか運ぶんですが……」


 やばい、余計な事を言った。なんとかごまかさなくては。


「大丈夫です! 昔から健康には自信がありますから!」


「え、今腰を痛めたって……」


 おっとさらに余計な事を言った。なんとかごまかさなくては。


「仕事辞めて家でずっと寝てたら大分よくなりました。だからもう大丈夫です!」


 とっさに俺はその場でブリッジをして見せた。腰に抱えた爆弾はすでに回復しましたよアピールだ。上下逆さまになったオーナーは言う。


「見事なブリッジですねえ。腰はもう大丈夫そうだ。どうぞ椅子に座ってください」


 オーナーに言われるがままに俺はブリッジをやめて椅子へと戻った。とっさの判断だがなんとかうまくいったようだ。


「よしおさんは夜勤の希望であると。助かりますねえ、こちらとしても夜の人手が足りませんでしたから」


「はい! 夜は任せてください! トラックで夜勤配送もしてましたから!」


 俺は自信満々に答えた。どうやらほぼ俺の採用は決まった。そう思える顔をオーナーは見せていた。


「うちとしては問題ありませんねえ。いつから入れますか?」


 やった! このパターンはもう受かったも同然の流れだ! 俺は心のなかでガッツポーズをした。そうだ、帰ったら報告としてこの面接の話を動画にしよう。後々自分でも見て今日の感動を思い出せるように。


「はい! 今日からでも大丈夫です!」


「すいません、今週はもうシフトが出てますので。来週の頭からお願いしてもよろしいでしょうか?」


 俺はもちろんですと答え、大きくうなずいた。

 いろいろと心配はあったが、これで生活費の問題は無くなったも当然だ。


「あともう一つ、どこの店舗さんでも同じでしょうけど、うちにも一つルールがありましてねえ」


 さっきまで優しかったオーナーの顔がみるみる怖くなっていくのがわかる。そんな大事なルールがあるというのか。俺はごくりとつばを飲んだ。


「店内では撮影は一切禁止。最近話題になりましたからねえ。あと、個人的なSNSも一切禁止です。もうあんな面倒ごとは御免ですからねえ……」


 最近話題になった問題というのは、冷蔵庫に全身すっぽり入って、悪ふざけで写真を投稿したニュースの事だろう。あんな写真をばらまけば客足が遠のいてしまうのも普通に考えればわかる話だ。もちろん俺はそんな事はしない。明らかに迷惑だ。俺にでもそれくらいわかる。舐めるな。わからないのはSNSという単語の方だ。


「あの、SNSとはいったい何でしょう?」


 俺が質問するとオーナーはまた優しそうな顔へと戻っていった。


「その様子なら心配ありませんねえ。トゥイッタアとかフゥェースブゥックのような個人から世界中へと発信されるサービスのことですよ」


 あれ、これもしかしてYouTube入っちゃってない?

 俺はそう思ったが、俺は何も言わない事にした。別に言ったら不採用になるとかそんな事思ったからじゃない。本当だ。YouTubeは動画投稿サイトだ。なんの問題もない。YouTubeは動画投稿サイトだ。なんの問題もない。大事な事なので俺は2回自分に言い聞かせた。


「へ、へぇ~。そんなのがあるんだぁ。世の中って進んでるんだなぁ!」


 俺がそういうとオーナーは立ち上がった。どうやら面接は終わりらしい。


「ではどうぞお気をつけてお帰りください。制服は当日お渡ししますので」


 俺は初出勤の日にちと時間をしっかりと確認し、どうもありがとうございました。と、一礼を忘れずにしたあと、事務所を出ようとした。その時である。


「遅刻遅刻~。あ、オーナーおはようございます。イテッ」


 俺は慌ただしく入ってきた制服の女の子とぶつかった。その子の顔を見た時に血の気が引いた。間違いなく、俺がメントスとコーラを買った時のレジの子だ。


「あ~。ごめんなさーい。大丈夫ですか? 新人さん?」


 心配してくれるその子と俺は目を合わせないようにしてコソコソと事務所を出ようとする。


「また遅刻ですかエリカさん。困りますよ」


 オーナーが女の子に声をかける。一瞬女の子はそちらを見た。今だ!


「ごめんなさーい。すぐ着替えちゃいます。あれ? さっきの人は?」


 俺は一瞬のスキをついて脱出に成功したのである。


 帰り道、俺の心臓はバックバク言っていた。

 もしもユーチューバーだってバレたらせっかく受かったのにやっぱり首になってしまうんだろうか。あの子は俺の顔思い出すんじゃないだろうか。そしたらオーナーはまた鬼のような形相で、俺にお仕置きするんじゃないだろうか。でもあれだけ嫌がるってことは昔あのコンビニで何かあったのかな? 昔何かあった気がしたけど思い出せない。

 俺にはこの日もう一つ思い出せなかった大事な事があった。

 それは師匠との待ち合わせである。俺がそれを思い出したのは次の日の朝である。

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