めらちゃんにお洋服を作ってあげたよ!!

 あれから俺はコンスタントに動画を撮り続けた。

 評価やコメントこそ付かなかったものの、再生数はちらちら増えている。一番伸びた動画で再生数30回程だ。しょぼいという人がいるかもしれないがこれが現実である。所詮、俺のような無名ユーチューバーが動画を出したところで、見る見ない以前に他の動画に埋もれてしまって動画を出したことに気付かれもしないのだ。検索をかけたところで俺の名前を入れない限りは出てくることはない。人目に着くということが想像よりはるかに難しい世界だった。


 だがここでくじける俺ではない。今日もひたすら駄作を撮ることにする。

 と、スマホに通知が入った。師匠の新着動画が公開された通知だ。俺はその動画を開く。その内容は師匠の愛猫めらちゃんに、師匠が手作りの服を作って着せるというものだった。師匠が心を込めて作ったであろう服が何とも可愛らしい。俺にはめらちゃんが嫌がっているようにも見えるが……

 模倣していいと言われたがこれは俺には真似できないだろう。当然だ、俺は猫なんて飼ってないんだから。たまに台所に出てくるテラフォーマー達は飼っているうちには入らないだろう。いやまてよ、Gの服を作って着せてやればもしかして動画伸びるんじゃないか? だがそんな都合よく、出てほしくない時には出るくせに出ない時は出ないものでやつらは出てきてくれなかったのである。


 俺のその日の動画は料理動画を作ることにした。

 慣れない料理に苦戦しながらもなんとかできた。

 作ったものは味噌汁だ。味はまあ、うまくもなく不味くもなく、リアクションの取れないいつも通りの味であったが、俺はそれを投稿した。投稿してから2時間ほど経ち、動画を見直すと再生数が3になっていた。少しでも見ている人がいるというだけでモチベーションがあがるものだ。せっかくなら高評価やコメントが欲しいところだが。この気持ち、小説を書いてるお前らにもわかるんじゃないか?


 俺はさっき見た師匠の動画も見直す。

 投稿されたばかりだと言うのに早くも再生数は1000を超えている。コメントも多かった。

 さすが俺の師匠だぜ。やるな。

 そう思ったが、その動画は明らかにおかしい伸び方だった。なにがおかしいのか、その答えはこう評価より低評価が多く押されていた点にある。試しにコメントを読む。そこには師匠に対する批判コメントが溢れていた。やれ虐待だの、かわいそうだから早く脱がせろだのと辛辣なコメントが増え続けていたのである。


 間違いない、これは炎上だ。

 もちろん師匠に悪気があったわけではないだろう。師匠の作った服には愛情が込められていると感じ取れる名前の刺繍が施されていた。

 もちろん批判コメントだけではない。かわいい、優しい、私も真似したい。そんな心温まるコメントも多く寄せられたが、残念なことに批判的なコメントの方が圧倒的に多かったのである。





 次の日、俺は公園に行き師匠を待っていた。

 あれ以来、俺は学校のある平日に公園で師匠を待ち伏せ、30分から1時間くらいの講習時間をかけて、ユーチューバー道を学んでいたのだ。今日も例外ではない。

 待っているとランドセルを背負ってテクテクと歩いてくる少女の姿が見えた。間違いない、師匠だ。俺は今までで一番大きい声で叫んだ。


「おーーーーい!! 師匠~~~!!」


 師匠はいつもと変りなく、全力でダッシュした後、


「だからその大声で呼ぶのヤメロ!!」


 そう言って俺をぶん殴った。いつもと変わらない態度に胸が痛くなる。


「師匠、俺昨日の動画見たよ」


 俺のセリフに師匠は一瞬顔が曇ったが、また笑いながら話し出した。


「ああ、あれね、あれが炎上よ。おじさんも気をつけなさい」


「師匠は気にしてないのか? チャンネル登録者も少し減っただろう?」


 師匠はため息をついた。あれだけ叩かれれば、チャンネルを退会する人間もいたのは仕方のない事だ。


「気にしてないわ。叩かれたの初めてじゃないし。再生数が伸びたからまあ結果オーライよ」


 師匠はそういうと授業を始めた。俺には作り笑いにしか見えなかった。

 ユーチューバー歴で言えば俺より先輩かもしれんが、師匠はただの女子小学生である。あれだけ叩かれて傷つかないなんて嘘だ。俺にでもそれくらいわかる。舐めるな。


「ちょっと、おじさんちゃんと聞いてんの?」


「あ、あぁ、聞いてる聞いてる」


 本当は全然聞いてなかった。師匠の言ったセリフは俺の右耳から左耳に一気通貫し、流れてゆく。

 そんな俺の様子をみて気に入らなかったのか、師匠は突然大声で怒鳴った。


「あのねえ、昨日の事なら私本当になにも思ってないから!」


「でも師匠、師匠はめらちゃんの為を思って作ったんだろ? あんな言い方されたら悔しいだろ?」


 そういったとたん俺は師匠に思いっきりビンタされた。今まで師匠に散々暴行を受けてきた俺だったが、これが一番痛かった。俺は言ってはいけない事を言ったのだ。


「悔しいに決まってんでしょ!! バカッ!!」


 目にあふれんばかりの涙をためたまま、師匠は走り去って行ってしまった。

 あの服はそう簡単に作れるものじゃないだろう。作り方を調べ、生地を買い、何度も失敗しながら、それでも師匠は作ったんだろう。結果上手くはいかなかったが、めらちゃんが喜ぶと思って。

 俺は自分の顔に強くビンタを入れ、家に帰宅した。





 家に帰宅し、晩飯を食べているとスマホに通知が入る。

 相変わらず、師匠は笑顔で動画を上げていた。再生すると昨日とは全く関係ない商品レビューではあったが、コメントには猫虐待だとか、服はどうしただとか、ひどいものだとYouTubeやめろなんて書かれていた。

 師匠はそのコメントを見て、きっと泣くだろう。だがこれからも、笑顔で動画を作り続けるだろう。動画を楽しみにしてくれている人の為に。

 俺も今日の動画を撮ることとする。内容はもう決めていた。

 ビデオカメラを用意して自分に向け、録画ボタンを押した。


「幸ちゃんねるのー幸だ!!」


 俺はありったけの笑顔で挨拶した。


「今、小学生ユーチューバーのまらちゃんねるが炎上している! 俺は今日そこに物申す! ちょっと猫が嫌がってるからってしつこく批判してんじゃねーよロリコンどもが!! いいか? 俺の田舎では猫なんて5日に1度は晩飯で食ってたぞ! (嘘だけど)」


 俺は許せなかった。


 ただの女の子に平気であんな書き込みをしやがる連中を許せなかった。絶対に、絶対に許せなかった。許せなかったから、俺はそんな思いをぶちまける動画を作ることにした。


「あんなペチャパイ小学生に欲情してんじゃねえ!! わかったら、もうあんな書き込みすんのはやめろ童貞共!!」


 俺はそう言いきると編集し動画を投稿した。

 怒りのすべてを口にして、俺はすっきりしていた。顔もわからない相手だし、この動画を見るかもわからない。だが、なんともいえぬ達成感に俺は満足した。





 朝起きると、俺は昨日投稿した動画を確認した。

 驚くことに、再生回数は1000近くまで跳ね上がっていた。昨日まで最高30程度だったのに、なんかの間違いだろう? 見ると低評価が500程度押されている。

 コメントを見るとやはり大炎上していた。

 俺の意見を擁護するコメントなんて一つもない。読むとそこには糞みたいな動画ばっか上げんなとか、顔がキモイから動画作るなとか、臭いから死んでくれだとか、画面越しに伝わることのない情報までもが叩かれていた。そこは関係ないだろうとツッコみたくなってくる。


 そして、もう一つ。驚くべき事態が起こった。何故か20人ほど、俺のチャンネルに登録しているのである。今まで頑張ってきた時は無反応だったくせに、こんな動画で登録するのかお前らは……。これには複雑な気持ちだった。

 わかりやすく、今起こったことをありのまま説明すると、半年くらい設定とあらすじを練っていたレクイエムより、なんとなく書き始めたこっちの方がポイントが入っている状況のようなものだ。かわいそうである、レクイエムも読んであげてほしい。

 とまあここまでがステマなわけだが。





 俺はまた夕刻、公園へと足を運んでいた。

 あれからスマホでちょくちょく確認すると、喜ぶべきか、悲しむべきか、俺の動画とコメントは順調に増えている。分かっていると思うが、悲しむべきかと言ったのは相変わらず、批判ばかりだったからだ。

 だが、再生数2500、チャンネル登録者30とまあ、なんていうか、世の中何が起こるかわからんと俺はしみじみと感じた。


 しばらくすると師匠が小学校から公園まで帰ってきて、俺が叫んで殴られたところまでは割愛することとする。文字数が思ったより多くなってしまったからだ。


「師匠、俺昨日の動画すげー伸びたぜ!!」


 俺は笑いながら師匠にスマホを見せた。師匠はそれを見ないで、こう答えた。


「見たよ幸おじさん、完全に炎上系のイメージついちゃったねえ……」


「えっ、今幸おじさんって……」


 師匠は顔を真っ赤にして怒鳴る。


「お、おじさんだけだと、私のおじさんとかぶって分かりにくいのよ! それより私の事ペチャパイとか言うな! 順調に膨らんできてるわ!!」


 師匠は初めて俺の名前を呼んでくれた。

 これ以来、師匠の動画に批判コメントが付けられることは無くなった。無くなったというのは正確ではない。正しくは俺の動画に移住したのだ。この先、俺はどんな動画を作っても叩かれ、批判され、低評価を押され続けるだろう。

 それでも構わない。


「でもありがとね、幸おじさん」


 師匠がぼそりと言ったそのセリフと笑顔が、俺にとって何より嬉しい高評価だったからである。

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