おまえら! チャンネル登録よろしくな!!

 記念すべき2本目の動画を投稿した俺だったが、再生数はまったく変わらなかった。

 それも無理もない。自分で見ても何が面白いかわからない。あの動画を楽しめるのは世界中で俺だけだろう。

 飯を食うために、次こそは万人受けする動画を撮らなくては!!


 前回ど定番ネタに挑戦したわけだが、今回は誰もやっていないような動画を作ろうと俺は考えていた。

 タイトルを珍しがってホイホイ釣られた人をガッチリファンにしようと考えたのだ。だが、俺の考えたネタはどれもこれも、検索するとたくさん出てきた。先輩ユーチューバー達に先を越され、ありとあらゆるネタはすでにやり尽くされていたのである。

 これはまたしても手詰まりだ。ならば偶然に頼るしかない。外を適当にうろついて面白そうなネタを探してみるか。

 前回の失敗から学び、俺は例の電機屋でカメラ用三脚を購入していた。勿論安い方である。カメラと三脚をもっていざ外に出発だ。





 ひとしきり街中を歩き回った俺であったが、ネタにできそうなことはそうそう起きるはずもなく、俺は諦めて市民体育館前の荒川公園に来ていた。荒川の土手沿いにあるこの公園で、カメラと三脚をセットした俺はブランコを漕ぎながら考えた。何か面白いと思えることはないか考えた。俺は初めて他のユーチューバー達の動画を作る苦悩を知ったのである。毎日毎日、よくぞあれだけネタを思いつくものだ。

 俺はボーっとカメラとにらめっこした。当然ながら勝敗はつかない。


「おじさん、なにしてるのー?」


 おじさんとは俺の事か。27という年齢の男は自分がおっさんであるとギリギリ認めたくないものである。左から呼びかけられてそちらを見るといつの間にか、隣のブランコには可愛らしい女子小学生がちょこんと座っていた。

 世のロリコンには願ってもないイベントだろうが、残念ながら俺は紳士である。物事を冷静に判断することができる。無実の男が痴漢だと訴えられ、裁判をした結果有罪になるという映画があった。平日の昼間っから女子児童と話す27歳無職。出方を間違えば即ブタ箱にほうりこまれ、社会的に抹殺されるであろう状況を、俺は細心の注意をはらい切り抜けなくてはいけない。第一声は大事だ。


「お嬢ちゃんかわいいねえ! おこずかいほしい?」


 やはり女性は褒めることから始まる。

 人から容姿を褒められて嫌悪感を表す女性はこの世にはいないだろう。

 そして身銭を切ることで俺が大人であることと、まっとうな社会人としての経済的余裕をみせつけ、決して不審者ではないことをアピールしようとした。しかしそんな気遣いは無用であった。


「おじさんあのカメラで何撮ってるの?」


 童女は俺の5mほど前にセッティングされたカメラを指さした。

 おっと、忘れていたぜ。あのカメラがなぜあそこに存在しているか。もし仮に、お嬢ちゃんみたいな子を撮るためだよはぁはぁ。そんなことを言ったらBAD END確定だ。何百円入れようともコンティニュー不可能だ。うまく切り返す方法はないか、そう考えたがこの場合素直に答えたほうがいいだろう。


「おにいさん、あれ仕事で使ってるんだよ。今撮るものを探してるのさ」


 よし、これがベストアンサーだろう。仕事という単語を入れたことで怪しさはなくなり、撮るものを探しているということで仕事中であるとアピールできる。さあ、どこかへ行っちゃってくれ。


「おじさんって、ユーチューバーなの?」


 おっとそうきたか。なら話は早い。素直にそうだと打ち明けてしまおう。

 ならば27歳のおっさんが平日の昼間から公園に一人でカメラと三脚をセッティングしてブランコで揺られて隣にいる女子小学生と話していたとしても、仮にこの子の母親がこの場に現れ、「あなた! うちの子になにをしてたの!? 何なのそのカメラ!?」と尋ねられようもんなら「仕事中にこの子が話しかけてきたんですよー」そう即答できる。その一言で解決する。何の問題もない。


「そうだよ。おにいさんユーチューバーでね。今、ネタを探しているのさ」


 俺がそう答えると女の子はポケットからスマホを取り出した。最近の子供は進んでいて、パソコンを当然のように手足のように取り扱い、1人1台スマホをカバンに携帯しているという都市伝説を聞いたことがあるが、まさか本当に目撃することになるとは……

 俺が子供のころにポケットに入っていたものと言えば、セミの抜け殻や、給食のストロー、景気のいいところで小分けにされたおせんべいぐらいだったというのに。


「おじさんのチャンネル、何て名前なの?」


 女の子は慣れた手つきでアプリを開く。俺もよく使うそのアプリはYouTubeだ。


「えっと、よしお……じゃなくて幸、幸チャンネル……」


 女の子はひらがなでさちと検索したが出てこない。外国の知らない音楽が出てくるだけである。当然だ。俺は漢字で登録してるのだから。

 俺は女の子にチャンネルの漢字を教えてやった。するとあっさりと俺の投稿した2本の動画がスマホに映し出された。


「へ~。チャンネル登録0じゃん。てゆーか動画2本しか出してないし」


 あれ? なんかさっきとキャラが変わってない?

 詳しくない人の為に説明するとチャンネル登録とは、気に入ったユーチューバーを、見ている側がお気に入り登録する機能である。そうすることによって、登録した人が動画を新しく投稿すればすぐに分かり、作っている側からすれば自分の動画をどれだけの人が見ているのか分かるのである。簡単に言えばなろうのブックマーク機能と似たようなものだ。


「あーあ。有名かと思って話しかけたのに時間無駄にした。じゃあね底辺ユーチューバー」


 女の子はそう言って去っていった。まったくなんだというのだ。いきなり話しかけてきて落胆されても困る。次話しかけるときは、俺がユーチューバーとして大成してからにしていただきたい。

 俺は結局気が抜けて、何の収穫もないまま家に帰ったのである。





 晩飯を食い、動画を撮ろうとしたがネタがない。といっても他にすることはない。

 俺はネタ探しの為スマホを取り出し様々なユーチューバーを探ることにした。今まで見なかったおっさんユーチューバーや女性ユーチューバーの動画を見る。誰しも、俺とは違い機械に強かったり、大食いをしたりと一芸、つまり個性を持っていた。言うまでもなく俺には取柄などないが、果たして幸チャンネルに個性など生まれるのだろうか……

 動画を漁るうちに俺は偶然発見することとなる。


「どうも~。まらちゃんねるのまらちゃんですぅ~!! 今日はおいしいお菓子を……」


 俺のスマホに映し出された子。

 あの時はこんな笑顔は見なかったが、それは間違いなく公園で出会ったあの少女だったのである。





 次の日、俺は再び荒川公園に来ていた。

 決してやましいことなどないが、小学生の下校時間に公園で一人の女子児童を待ち伏せするという文面からは不純な印象しか感じとれないだろう。

 しばらくするとあっさり目的の子は見つかった。俺はその子めがけて大声で叫ぶ。


「おーい! まーらちゃーーーーーん!!」


 俺の声に気付いたまらちゃんは全力で走ってきて、そのままさっそく俺に会心の一撃をくらわした。

 まらちゃんの右手に作られた拳が顔面を貫き俺は悶絶してその場に倒れこんだが、まらちゃんの目には映ってないらしい。構わず俺に怒声を浴びせてきた。


「大声で呼ぶなバカ!! 恥ずかしい!」


「まらちゃん! いやまら先生!! 俺に動画作りを教えてください!!」


 昨日見つけた『まらちゃんねる』

 チャンネル登録者数は30000人を超える、俺から見たらとんでもない人気チャンネルだった。投稿されてる動画も多く多彩だ。この世の中にどれだけのユーチューバーがいるかは知らないが、こんな身近に先輩がいたのである。技を盗まない手はないだろう。


「なにいってんのよおじさん! あんたに教える事なん……」


「チャンネル登録しましたぁ! 動画も全部見ましたぁ! 俺もまら師匠みたいに人に見てもらいたいんですぅ!!」


 断られそうな雰囲気を感じ、俺は人目も気にせず土下座した。そしてすがる思いで頼み込んだ。右も左もわからないこの世界である。このチャンスを逃したらもう次はないかもしれない。そう思った俺はなりふり構っていられなかった。


「全部見たぁ? 一日で見れるわけないでしょ? 何本動画出してると思ってんのよ!」


「見ましたぁ! 勉強になると思って全部見ましたぁ! 今日もさっきまで見てましたぁ!」


 ふーん、とまらちゃんはにやついて俺を見下ろした。


「私が去年のバレンタインデーで作ったのは?」


「ガトーショコラァ!!」


「クリスマスでサンタさんから貰ったのは?」


「3DSのオシャレ魔女ォ!!」


「昨日の動画で食べたお菓子は?」


「ファミマのパンナコッタァ!!」


 俺は全部見たんだぜ、そんなもん余裕で答えられる!

 時間の有り余っている俺はまらちゃんねるからありったけ勉強させてもらってた。俺の熱意が伝わったのか、まらちゃんは観念したのか大きくため息をついた。


「はぁー。教えるのは基本だけだよ?」


 嬉しかった。


 今までの人生でも、ここまで人に真剣に頼みごとをしたことはなかったかもしれない。いや、真剣になったことはなかったと言い換えたほうがいいか。土下座していた俺は、しぶしぶ了承してくれたまらちゃんの声に安堵し、嬉し涙を我慢して顔を上げた。目に入ったのは顔を赤らめたまらちゃんと、スカートから覗く子供パンツだった。


「今日の……、私のパンツは?」


「ピンクゥ!!」


 まらちゃんはまるで、サッカーボールが友達の主人公みたいに俺の顔面を見事に蹴り飛ばした。

 これは俺が悪い。

 それくらいわかる。舐めるな。

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