とりあえず電機屋でカメラ買ってきた!!
俺がユーチューバーになることを決意してから仕事を辞めるまで時間はかからなかった。
そう! 善は急げである!!
正直言うと、この時の俺は適当に動画を撮ってアップロードしてしまえば、そこから簡単にセレブの仲間入りをすることができると信じ切っていた。だから会社をスパッ、っと辞める事が出来た。いや、辞める事が出来てしまったというべきか……
仕事を辞め、収入の無くなった俺であったが不安はない。なぜなら、TYUTAYAでユーチューバー入門なる本を購入していたからだ。あれだけの再生回数を稼ぐ大物ユーチューバーが執筆したものだ。間違っても間違いないだろう。
試しに軽く読んでみた俺だったが、これはまだ俺には早いらしい。読んでも何を言ってるのかほとんどわからねえ。
ともあれ、先に俺はなけなしの金で必要なものを集めることにする。
まずはユーチューバーの必需品「カメラ」だ!
*
街の電機屋にさっそくカメラを買いに行った俺だったが、いいビデオカメラと悪いビデオカメラの違いなどわかるわけがない。俺はすぐに店員さんを口寄せすることにした。
「はいはい何をお探しですか?」
と、店員さんが軽いフットワークでやってきた。
むむ、これは期待できる。
「えっと、ビデオカメラがほしいんですけど……」
「あぁーっと。お客様、どうゆう目的で使用されます?」
目的など決まっている。
当然、俺は店員さんに素直に答えることにする。
「YouTube用の動画を撮るために欲しいんですけど……」
店員さんが一瞬笑いをこらえたように見えたがきっと気のせいだろう。
早速俺は、おすすめされるがままに一つのビデオカメラを手に取った。
「こちらSONYの新型で4Kビデオが撮れますが」
4Kというのは俺でも聞いたことがある。高学歴・高収入・高身長、あと一つは思い出せない。もしかしたら間違っているだけかもしれないが。ともあれ、このビデオカメラは選ばれたイケメンセレブにこそふさわしいということだろう。これからYouTubeでビッグになる俺には相応しいではないか。
ふむ、気に入った。
だが、お値段は10万を超えるスペシャルプライスだった。俺が本気を出したら10か月は食える金額だ。近くにあった安いカメラを指さし俺は店員さんに質問する。
「店員さん。そこのやつじゃだめなの?」
*
結局安いカメラを買って、俺の住むアパート『福島ハイツ』へと帰った。
聞いたところ値段による一番の違いは映像のきれいさらしい。もちろん高いほうが欲しかったが、俺の財布にそんな大金は入ってなかったのでしょうがないだろう。
でもまあ、これでも撮れない事はないと言うことなので問題ない。それに安いとは言いつつも、ロクな貯金も収入も無い俺からしてみたらこれでも十分に痛い出費だ。
だが許そう、すぐにもとをとってやる。
俺はカンカンと階段を上がり、ワンルームの自宅に入ると早速カメラを開封した。
ユーチューバーならこの買い物すら商品レビューにした方がいいと考えたが、どれだけ考えても中に入ってるカメラで、今日買ってきたカメラの箱を開ける動画を撮る方法が思いつかなかったので、俺は断念した。
「ふむ、実に良い……」
箱から取り出し手に取った新品のビデオカメラは、俺の気持ちを一気にユーチューバーへと昇華させた。
早速電源を入れようと思ったが、バッテリーがカラだったのでコンセントに繋ぎしばらく待つこととする。
充電が溜まるまで俺は、カメラの前で踊ったり、腕たてしたり、カメラに向かってお茶を出して歓迎したり、まあなんてゆうか有頂天だった。
「そろそろいいだろう」
俺はカメラにバッテリーを挿入し電源を入れた。さすがに俺にでもそれくらいの事はできる。舐めるな。軽快な始動音とともに画面に表示される『SONY』のブランドマーク。すでにこの時点で俺のテンションはMAXハイテンションだったが、次の瞬間、モニターに映し出された俺の部屋を見た時、俺は射精するんじゃないかと思うほど全身にえもいえぬ高揚感を感じていた。
しばらくモニターを見ながら自分の部屋の中を映し出し、ひとしきり満足したところで、ついに俺は……モニターに手をかけた……。
するとモニターは180度回転し、そこを覗き込むと、なんと俺が映っていたのである。俺はガッツポーズをし、防水機能のついていないビデオカメラをベロンベロン舐めまわした。鉄の味がした。
よし、早速撮ろうか。
そう考えた俺だったが何を撮ればいいのかわからない。ひとまずカメラは机に置き、参考にとスマホでユーチューバーの動画を見出した。気付くと俺は夢中になり1時間くらい動画を漁っていた。
ハッ、と我に返る。いかんいかん、確かに今の俺には時間は湯水の様に有り余ってはいるが、財布の方はそうはいかん。さっさと俺を食わしてくれる動画を生み出さなくては……。
カメラを机に置き、自分の方に向けて録画ボタンを押す。
俺は一体何を撮ったらいいのだ。まるで分らない。先程の一時間はなんだったのか。頭を悩ませているとカメラの充電が切れた。まったく仕方のない奴だ、今から撮ろうと思っていたのに。俺は再びバッテリーをコンセントに繋ぎ、そのうちに再び何を撮ろうか考えることにした。
撮ればなんでもいいというわけではない。面白くなければ再生数は伸びないだろう。俺にでもそれくらいわかる。舐めるな。俺はこれから新米ユーチューバーとして門出を歩む。
しばらく考えた俺はひらめいた。
そうだ、記念すべき一発目はほとばしる熱いパトスを込めた自己紹介としよう。
やがて充電がたまり、俺はさっそく自分の自己紹介動画を撮り始めた。
カメラのモニターに自分を映し出し、録画ボタンを押す。
「ブンブン、ハローユーチューブ。どうも……」
あ、そうか。
そこで俺は気付いた。自分の本名を出すわけにはいかない。さすがに特定されて近所迷惑になるだろう。俺にでもそれくらいわかる。舐めるな。
早速自分の源氏名を考えることにした。最終候補のよしおしゃちょーとYOSHIKINの二択で俺は悩んでいた。でもまあ女にもてるんだったらよしおしゃちょーだなと俺は決めた。
(ほんとうにすいません)とどこからか聞こえた気がした。
まあいい、これから俺はよしおしゃちょーだ! となればもちろん自己紹介も変わってくる。
「おまえら! ……よしおしゃちょーだ!!」
俺は右手をシャッキーンと伸ばしカメラに向かって挨拶した。
「俺はこれからYouTubeで稼ぐことに決めた! これからよろしくな! じゃあな!!」
そう言って俺は録画を停止した。
初めてにしては良く出来た方だと思った。想定通りちょろい仕事だとも思った。これから始まる俺の輝かしいユーチューバー生活はバラ色に違いないとも思った。
早速ビデオの再生ボタンを押し、録画されたばかりの自己紹介を見返す。
「おまえら! ……よしお……ちょーだ」
「俺はこ……を決め……じゃあな」
ええええええええええ!!!!!
何これ? 声気持ち悪っ!!
てゆーかぼそぼそと何話してるのか聴き取れねーよ!!
もしかしたらカメラが壊れてるんじゃないかと思い、俺は試しに垂れ流していたテレビアニメを撮影したが、『デュラエミョ~ン、タケちゃんがいじめるよぉ~』と、残念ながらそれは普通に再生できた。
まさか俺ってこんな声なの……?
27年生きてきて自分の声を聴いたのは初めてだった。誰でも経験するであろうショックを受けつつ、まぁ生まれつきだからしょうがないよねっ、と自分を慰めて再度大声で撮りなおした。
再生すると今度はちゃんと聞き取れる。
ま、まあこれでいいだろう。今日の所は勘弁しておいてやる。とりあえず1本目の動画は完成だ。
正直仕事をやめてから一抹の不安を抱えていたが、何とか俺はやれそうである。頑張れそうである。
俺、この動画で稼いだら高い店で思いっきり食うんだ。
そうフラグを立てて、さっそく俺は動画をYouTubeに投稿しようとした。
カメラを見渡してそれらしいボタンを探すが見当たらない。
ええいしょうがない! 説明書だ!!
俺はその後、説明書を7回程読み返し、このカメラには撮った動画をYouTubeにアップロードする機能などついていない。という事実を知り、光の速さでフラグを回収することになるのである。
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