第20話 颯風

 青い空に大きな雲が流れている。

 ハーディは持参した花束を墓石に添えると大空を仰いだ。

 風が吹き、どこからか夏の匂いがする。

 大きくそれを吸い込んでから、ハーディは目を落とした。

 墓石に刻まれた名前は恩師、エルビス・ブルース。

 その隣には、エルビスの唯一無二の親友であったセルゲイ・オペラが眠っている。

 世界の平和を望み、自らの人生を懸け、歴史に名を刻んだ二人。

 二人は大きく世界を変えた。


 あのセルゲイの革命事件から一年が経とうとしている。

 世界はあの事件をセルゲイの錯乱によるものだったと発表した。

 しかしハーディはその真相を、本人の口から聞いておきたかったと、どうしても考えずにはいられない。

 あのセルゲイが、エウロアの語ったように世界を見据えていたとはハーディには信じられなかった。

 未だに信じられないでいた。


 エルビスにしてもそうだった。

 どこまでセルゲイの真意を掴んでいたのか。

 レクイエムを出たあの日から、もしかしたら最初から結末を知っていたのではないか。

 いつも自分を子ども扱いしていたエルビス。

 聞きたい事は今になって山の様に出てくる。

 大役を任された今、自分はどうしたらいいのか。

 どこに進めばいいのか。

 怒りたくても、怒られたくても、しかし今や叶わない。


 二人の墓は議員宿舎の傍にある霊園に施された。

 セルゲイの葬儀はマスコミが大きく報道し、世界を震撼させた。

 表舞台に顔を広めたセルゲイの墓には花が多く添えられていたが、対するエルビスの墓はというと、小さな花が数輪添えてあるだけである。

 ハーディが先程弔ったのを除けば、まるでそこらの花を引き抜き、そのまま置いただけのようにも見える。

 おそらくスラムの人間が、気持ちだけでもと置いていったのだろう。

 ハーディは二人の石碑を眺めながら、二人の偉業を心に刻む。

 セルゲイとエルビスのいないこの世界で、何ができるのか。

 これからなにをすればいいのか、いつになってもわからないままで、前に進めないままだった。




*** *** ***




 墓参りを終えたハーディは、仕事の為、グラミーの議員会館へと足を運んでいた。

 するとその時、路地からボールが飛び出してくる。

 ボールは車道へと転がり、それを追うように、一人の少年も車道に走っていった。

 スラム出身を匂わせるみすぼらしい姿。

 そして車道には猛スピードの車。

 少年が気付いた時にはもう遅かった。

 車は急ブレーキをかけ、そのブレーキ音が鳴りやむころには、少年はハーディの手の内にいた。


「あぶねえぞ。気を付けろ」

「あ、ありがとう!」


 ハーディは少年を降ろしてやる中、その右腕をみる。

 そこにはしっかりと腕途刑がなされていた。

 セルゲイの革命。

 それは世界を変えた。

 今やグラミーでは老人、子供関係なく、全員が腕途刑の装着を義務付けられている。

 加えて兵を配置したグラミーでは、レクイエム同様事件があれば迅速に対処をできるようになった。

 

 新レクイエム法案。

 腕途刑は人権を侵害するとの反対意見が多く寄せられた。

 そんな中、グラミーの新総裁はこれがセルゲイの得てきたレクイエムでの実験結果によるものだと、無理やりに法案を通した。

 この功績は犯罪の激減に繋がる。

 民衆は少しづつだが、腕途刑と、新しい暮らしを受け入れていった。


「ねえ! おじさん。ハーディさんでしょ!? かっこいいなあ。僕も大きくなったら刑察官になるんだ! ねえ、どうしたらなれるの?」


 つい先ほど車に轢かれそうになったばかりだと言うのに、少年の瞳は澄み切っている。

 ハーディはため息をつき、少年の頭にポンと手を置いた。


「その気持ちを大人になるまで持ち続けてたら、きっとなれるさ」


 ハーディの返事を聞くと少年は嬉しそうに路地へと駆けていく。

 その後ろ姿に、ハーディはかつての自分を垣間見た気がした。

 母を亡くし、スラムをさまよい一人で生きていたあの頃の自分。

 あの頃よりも、世界は僅かに明るくなった。

 しかし、大人になった今、あの子の為に一体何ができるのだろう。


 セルゲイは世界を平らに戻そうとした。

 一度、世界をリセットしようとした。

 確かに権力者の一部は力を失ったかもしれない。

 グラミーという国は、以前よりも少し、民衆の気持ちを知ったかもしれない。

 それでも已然格差は続く。

 この世に金がある限り、それを抑えるには限度があるかもしれない。


 なにができるのか。

 なにをするべきなのか。

 誰に決められる事でもない。


 かつてハーディは貧しかった。

 それ故、レクエイムの管理人という手段しか生活を許されなかった。

 ハーディは少年に答えを見た気がした。

 誰もが平等に生きられる世界。

 あの二人が為しえなかった夢。

 青空には自由な雲が流れている。




*** *** ***




「ハーディ様。お戻りで」

「ああ。レイラはどこにいる」

「レイラ様なら今、ご友人と客間におられますが……」


 「わかった」と返事をし、ハーディは客間に足を運ばせる。

 議員会館に戻ってきたハーディは、レイラにこれからの政策を相談しようとした。

 だが、それは今日はできそうにない。

 なぜならば、レイラの友人なんて一人しか思いつかないからだ。

 客間を開けると、やはりハーディの予想通りだった。

 二人に連れられ、ハーディはレクイエムに向かう。

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