第9話 閑寂の郷村、カンツォーネ

「いたぞこっちだ!!」

「逃がすな!! 囲め!!」

「ちくしょう! ぜってえ許さねえ!!」


 美しき自然溢れる森の中に、似つかわしくないけたたましい無数の銃声を響きわたらせながら、武器を手にした男達が一人の男を追っていた。

 逃げる男は二丁の拳銃を構えた元刑殺官、ハーディ・ロックである。

 ハーディは木の陰に隠れ、愛銃のマガジンを替え、デイトナとハロルドに弾丸を装填した。完了すると走り去り、追跡する男どもにその弾丸を放ちながら一人、また一人と確実に殺していった。


「てめえ! よくも!」


 追いかける男が銃を向けるが、それよりも早くハロルドから放たれた弾丸は男の眉間を打ち抜く。すでに周囲にはハーディが殺したおびただしい数の遺体が横たわっていた。まるで、ここで大規模な戦争でも起きたかのようだった。

 ハーディはマーリーを後にし、カンツォーネに向かって歩いていた。途中、山賊に襲われるのは想定していたが、ビズキットの手下どもがうろついていたのは予定外の出来事だった。

 林道を歩いていたら急に襲われ、返り討ちにしたと思ったらさらに敵は増え続ける。次々と現れる敵を、ハーディは殺し続けた。余計なことは考えなくていい、ただ目の前の敵を殺せ。頭の中にはそれしか無かった。森の中では、四方から敵に襲われ続ける。気が遠くなるほど殺し続けた。いかに無駄を減らし、効率的に殺すかに集中していた。


   〇


 自分を殺そうとしていた男たちが、気付くと誰もいなくなっていた。生き残る事、敵を殺すことに無心になっていたハーディは結局一人残らず始末してしまっていた。

 腕途刑を確認する。表示されていた数字は『672』


「こいつぁ思わぬ収穫だぜ」


 続いてハーディはカバンの中を確認する。オラトリオで大量に仕入れた弾丸はほぼ使い切っていた。それほどに銃を撃ち続け、殺し続けたのだ。

 ハーディはカンツォーネに向けて再び歩き出した。しばらく森をを進み続け、やがて抜けて林道に出る。カンツォーネを目指す理由、それは一人の人物に会いに行くためだった。その男の名は『カンテラ・グライム』。カンツォーネを管轄する刑殺官である。

 ふと目をやると草の陰からウサギがこちらを見ていた。ハーディはそれをためらいなく撃ち殺すと、カバンからナイフを取り出し、ウサギの皮を剥ぐ。

 枯れ木を集め火を起こし、早速手に入れた肉を焼き始める。周囲に肉の焼ける油の匂いと、皮を焼き食欲をそそる音が広がった。

 いつ戦闘になるかわからないレクイエムでは、なるべく軽装にしていた方がいい。

 見渡してもカラスくらいしかいないオラトリオの周辺より、自然の宝庫であるカンツォーネ周辺は食うには困らない。うさぎも貴重なたんぱく源である。しかもうさぎは臭みが少なく、身がしっかりとして美味い。

 ハーディがウサギを食べ終え、腹を満たしたので再度カンツォーネへと歩き出そうとした時である。

 人の気配を感じた。

 ただものではない。ハーディはそう直感せざるをえなかった。

 今まで殺していた雑魚とはまるで違う。こちらに向け、走っている。ものすごい速度で近づいている。ハーディは振り向き、その追跡者へ銃を構えた。その瞬間――


――ガキィイイン!!


 死角となっていた藪の中から刀がハーディを襲った。

 刀がハーディの体を両断しようとするその刹那、ハーディはハロルドとデイトナ、両銃を使い、刀を受け止めていた。レイラよりも重い切筋、とても片手で受け止められるものでは無かった。


「ひさしぶりだなぁ! ハーディ!!」


 ウサギの匂いを辿って、ここまで着きとめるなり、ニヤリと笑ったその男をハーディはよく知っている。


「てめぇか! キリシマ!!」

「はっはっは! どうやら腕は鈍ってねえみたいだな!」


 キリシマはそう言うとハーディを弾き飛ばし刀を納めた。

 ハーディは銃を向けたまま距離を取るように下がる。


「どうゆうつもりだ。てめぇ、俺とやりあいに来たんじゃねえのか」

「そうしてえのはやまやまだがなあ……、こっちは今そんな状況じゃなくてなぁ……」


 キリシマは親指で林道の先を指さした。

 その先には遅れてきた同行者がキリシマの後を追ってきていた。


「ちょっと。あの、どうしたんですかいきなり? 待ってくださいよ!!」

「今はお嬢ちゃんの護衛中だ。残念ながら依頼中に死ぬわけにはいかないんでな」

「相変わらず勝手な野郎だ。用がないなら行くぜ。お前を殺しても割に合わねえ」


 ハーディはマーリーで伝えた伝言の中身を思い出す。

 キリシマ程の男と戦えばどちらが勝ち、どちらが死ぬかわからない。それほどの相手を倒したとしても、結局一年分しかハーディの刑期は減らないのだ。当然割に合わず、戦うだけで損になる。

 だが、キリシマは嬉々として襲い掛かってくるだろう。好敵手を探すキリシマがハーディに目をつけないわけがない。

 つまり、ハーディは絶対にキリシマに会いたくはなかったのだ。その結果があの伝言であった。

 だが、そのまま伝えるとむしろキリシマは喜んで会いに行くとポール達は知っていた。しかし、その配慮はまったく意味がないものだった。


「おい、待てよハーディ。俺と取引しねえか?」


 立ち去ろうとするハーディにキリシマは声をかけた。


「取引だと? てめぇ、いきなり切りかかっておいて何言ってやがる?」

「ハッハ、まあ聞けハーディ。おまえ受刑者になったんだってなあ。……ここから出たいんだろ?」

「だったらどうした」

「俺の刑期をおまえにやる」


 キリシマの刑期は四百五十年ほど。それにこいつの事だ。適当に人を斬って刑期は有り余っているだろう。ハーディはそう考えたがどうしてもその提案の目的がわからない。


「てめぇが俺に刑期をよこすだと? 話せ。どうゆうことだ?」

「なあに、簡単な事さ。つまりだな――」


 キリシマは自分がキャリーを護衛するようになった経緯を話した。シシーに頼まれた事。キャリーが刑期を受け取らなかった事。そして二人が会えばキリシマの使命は終わる事。

 しかし、その話はハーディの質問にはまったく関係のないように思えた。


「だからてめぇは何が言いてぇんだ!? いい加減にしねえと――」

「おまえ、俺たちについて来い」

「ええええ!?」


 話を傍らで聞いていたキャリーが困惑した叫びをあげる。


「意味が分からねえよ。どうしたらその結果に結びつく?」


 未だに話の筋が見えないハーディは苛立ちながらキリシマに問う。


「俺はお前と戦いたい。だが、キャリーちゃんの依頼中死ぬわけにはいかねえ。となれば簡単だ。キャリーちゃんの依頼が終わるまでお前が俺たちのそばにいろってことだ」


 そこまで言われてハーディは納得する。キリシマが自分と戦いたがってた事を知ってるからだ。


「なるほどな。キャリーをシシーに届けたら、デザートにてめぇと殺し合いか」

「その通り、俺はお前と戦える。お前が勝ったら俺の刑期を全部やる。なんならお前は座ってるだけでいい。刑期満了まで俺が減刑してやる」


 ハーディにとってそれは悪くない条件だった。一人殺すにつき刑期が一年しか減らない自分が、この先レクイエムを出るまでどれだけ時間がかかるだろうか。

 殺すことには問題がない。しかし、受刑者を見つけるのは時間がかかる。ここにきて、運よく獲物が集団で行動していたからいいもの、ハーディはやりすぎたのだ。噂を聞き、これからこのあたりを出歩く受刑者は減るだろう。獲物を探すのに苦労する。

 だが、キリシマは別だ。なぜならハーディとは違い、殺した者の刑期だけちゃんと減刑されるからである。同じ人数だけ殺しても減刑される速度が段違いだ。それを仲介屋で移してしまえばいい。最後にキリシマという強敵がいるが、明らかに一人づつ殺していくより効率がいいし、その分早くレクエムを出ることができる。

 ハーディは短く深く考えた。己の一番深い願望。それは一刻も早くセルゲイを殺す事。そのためにはキリシマの策に乗るのが一番早く、断る理由は無かった。


「キリシマ。まさかてめぇの提案に乗る日がくるとはな」

「ハハ。……ってことは交渉成立か?」


 自分で提案しておきながらあっさり承諾したハーディにキリシマは少し驚いた。

 ハーディの腕途刑に細工がしてある事をしらないキリシマにとって、それは思わぬ誤算であり僥倖であったのだ。


「てめぇの傍らにいるのは気に入らねぇ。だが、俺は早くレクイエムを出たいんでな」

「それなら決まりですね! 一緒に行きましょう。ハーディさん」


 ハーディが仲間に加わることを知りキャリーが手を差し伸べる。

 しかしその手は掴まれることも無く、ハーディは一人で歩き出した。


「思ったよりあっさりだったな。自分で言っておいてなんだが、お前は絶対断ると思ったぜ。まあそん時は、キャリーちゃんをシシーの元に送ってからレクイエム中を探し回るだけだけどな」

「これを見ろ。俺の刑期は誰を殺してもたった一年しか減らないよう細工されてる」


 ハーディは腕途刑をキリシマに見せた。確かに、あれだけの人数を殺したとしたらすでに釈放になってもおかしくはない。だが、表示されている数字はあまりに多すぎた。といっても、三零零年以上減刑されてはいるのだが……

 キリシマは驚くほどあっさりハーディが提案にのった理由を知った。

 一行は三人となり、西の街、カンツォーネを目指す。世界を巻き込む長い旅がこの先に待ち受けているとは、誰しも想像していなかった。森の緑がただ風になびく。


   〇


「そういや、お前なんでカンツォーネに向かってたんだ?」

「てめぇに言う必要はねぇキリシマ。今のうちに言っておくが、カンツォーネに着いたら俺は少し外す」

「私も母を探さなくてはいけません。じゃあカンツォーネに着いたら一時別行動にしましょう!」


 林道を歩く道中。キャリーはそう提案するが、キリシマは心配した。


「構わねえがキャリーちゃん。くれぐれも気を付けろよ?」

「大丈夫ですよ。あの、なんとかなります!」


 用事があると言うハーディはともかく、それはキャリーがキリシマの事を思っての提案だった。

 今までずっと護衛をさせていたらキリシマは休まる時間が無かっただろう。カンツォーネに着いたら少しだけでも一人で羽を伸ばしてもらおう、という護衛される側なりのねぎらいだった。


「じゃあ俺はおねーちゃんと遊んでこようかなー」

「キリシマさん……」

「うそうそ、冗談だよ。と言うかさっきはあんな提案したけど、カンツォーネにシシーがいたらそれでもう終わりなんだよな」

「もしそうなったらどうするつもりだ?」


 ハーディはキリシマを睨み付ける。

 もしもシシーがすぐに見つかり、それと同時にキリシマがいきなり斬りかかってきたらハーディは道化もいいとこだ。わざわざ厄介事の側に付き添っているのだから。


「心配するな。武士に二言はねえ。そしたらキャリーちゃんを先に出所させて、お前との約束はきっちり守るさ」


 キリシマは浮ついていそうで一度言ったことはきっちり守る男だった。

 ハーディも昔からその点だけは信用をおいている。だからもう、それ以上は言及しない。それより先程殺した男達の方が気になる話題だった。


「それより、何でここらにビズキットファミリーがいやがるんだ? あいつら、アラベスクが拠点だろう」

「ララルさんは縄張りを広げるためって言ってましたけど」


 ハーディにとって初めて聞く名前である。だが、キャリーの知り合いだろうと深くは聞かなかった。


「俺らも覚悟はしてたんだがなぁ。お前のおかげで楽に森を抜けられるぜ。ご苦労だったな」


 不覚にもキリシマ達の旅の手助けをしてしまい不機嫌そうなハーディに対し、キリシマは笑顔を見せた。


「キャリーちゃん。そろそろ見えてくるぜ?」


 キリシマはそう言って指をさした。本来こんなに早く到着できる道のりではなかった。なぜ早まったのか。それはもちろんハーディが森の中の山賊どもを全て殺してしまったからである。オラトリオ周辺のビル群もそうだが、敵にさえ遭遇しなければ距離的にたいした道のりでもないのだ。

 森を抜けると辺り一面に畑が広がり、その後ろには城壁が続いていた。キリシマの言っていた通り、カンツォーネの街が目に入ってきたのである。


「すごい! この畑全部受刑者がやってるんですか!?」

「カンツォーネは四大都市で一番平和な町さ、更生者が多いんだよ」


 オラトリオはレクイエム入口に一番近い街である。故に楽観的な者も多く、怠惰な印象を受ける。対してカンツォーネに真面目者が多いのは自然の影響か。

 歩き続けて畑を超え、三人はカンツォーネの東門をくぐる。賑やかで中世的だったオラトリオとは違い、道すらも舗装されていない。だがそれがどこか懐かしく、カンツォーネは田舎の街並みを連想させた。門をくぐった正面には大きな教会がある。

 オラトリオとカンツォーネの違いは街並みだけではなかった。この街には酒を片手に酔っぱらう人の姿が見当たらない。物を運ぶ者、店を営む者、農作物を育てる者。皆真面目に自分の仕事をこなしている。大きな風車が回るのが見える。ゆっくりと時が過ぎていくこの街を象徴しているようだった。

 三人がしばらくカンツォーネをふらつくと一軒の酒場を見つけ、ハーディが口を開いた。


「用事が済んだらここで落ち合うぞ」


 そういうとハーディは返事も聞かずにどこかへ行ってしまった。


「あの、キリシマさんも大丈夫ですよ? 私もちょっと街を探してきて、母を見つけるか、区切りがついたら、ここまで戻ってきます!」

「そっか。さっきも言ったが気を付けろよ、キャリーちゃん」


 キリシマはキャリーの頭をポンポン叩いた。

 シシーは人の気持ちが考えれない奴であったが娘は違う。キリシマはそう感じその思いに応えようとした。自分を気遣ってくれていると気付き、その行為を無為にしたくなかったからだ。


「じゃあしばらく自由に行動させてもらうわ。しばらくしたらここに戻ってくる」

「はい! わかりました! また後で!」


 こうして三人はそれぞれ、バラバラに別れたのである。

 キャリーは早速街を回り、母親を探し始めた。具体的に何をしたのかというと聞き込みである。


「すいません! あの、ちょっといいですか?」


 キャリーは街に住む人間、一人一人に丁寧に聞き込みを続けていったが、これといった情報は得られなかった。


「大丈夫。きっと手がかりはある! 私は、絶対にお母さんを助けるんだ!」


 一行に有力な情報は得られなかったが、それでもめげずにキャリーはしつこく聞き込みを続けた。

 一方ハーディは、旧友との再会を果たしていた。

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