農協おくりびと (19)たまたま帰省中


 「2年目の修業に入ったところだ。

 坊さんの修業と言えば、1年間と言うのが相場だ。

 だが俺が行っている総本山の長谷寺での修行は、2年がかりになる。

 オヤジが倒れたという連絡をもらって、3日間の休みをもらって帰って来たんだ」


 光悦がちひろの隣に腰をおろす。


 「檀家の葬儀が有ると言うので、オヤジの代わりに打ち合わせのため此処へやって来た。

 で。農協で仕事しているはずのお前が、なんでいまごろこんな辛気臭いところにいるんだ?」


 「倒れたって・・・大丈夫なの、お父さんの病気の具合は」


 「軽い脳梗塞だ。発見が早かったから、それほど大事にならずに済みそうだ。

 オヤジのことは心配しなくてもいい。それより、俺の質問に答えろ。

 なんでお前が、こんなところにいるんだ?。

 お前、農協を首にでもなったのか、それとも上層部の連中に嫌われて、

 こんなところへ飛ばされたのか?」


 「おあいにくさま。首になった訳でも、上から嫌われたわけでもありません。

 自分から望んでやって来たのよ、此処へ。

 今日からは、このさくら会館がわたしの新しい職場です」


 「ふぅ~ん。望んで葬儀場へ転勤してくるとは、いまどき珍しい女だな。

 普通は、辛気臭い職場なんか避けるものだろう。

 望んでやって来たのなら、来るそうそうから、いきなり落ち込む必要もないだろう。

 なんだか相変わらず自己矛盾の多いやつだな、お前って女は」


 「お前、お前って、気安く呼ばないでちょうだいな。

 あんたの女でもないし、気安くお前と呼ばれる理由は、どこにもありません」


 「昔からお前と呼んでいた間柄なのに、いまさら他人行儀なことを言うな。

 高校生の時は可愛い女だと思っていたが、13年も経つと女も腐ってくるようだな。

 で。もう結婚はしたのか、子供は作ったのか?

 まさか、いまでもおひとり様というわけでは、ないだろうな?」

 

 「大きなお世話です!」ちひろが、フンと頬を膨らませる。


 「おっ。逆らう元気が出てきたな。それでこそ、俺の知っているちひろだ。

 それだけ元気が出てくれば、大丈夫だろう。

 いまの質問に答えてくれ。結婚はしたのか、子供は居るのか、

 それともいまだに、おひとり様のままか?」


 「あんたのほうこそどうなのさ。結婚はしたの?。居るの子供は?」


 「安心しろ。どっちも居ない。いまだに独り身のままだ。

 好きな女の子はいるんだが、あいかわらず片思いのままで一向に進展がない。

 お前。少しだけ時間が取れるか?。俺のために」


 「独り身の女だもの。午後5時過ぎの予定は、いつでも真っ白です。

 寂しい女は、長い夜の時間を対戦ゲームで延々と過ごしていくものなのよ」

 

 「そいつは良かった。久しぶりだ。お前に話が有る。

 仕事が終ったら、駅前にある居酒屋「ゆうりん」で行きあおう。

 見た目美人の、若い女将が居る店だ。

 悪いなぁ。俺はもうひとつ、行かなきゃならない打ち合わせが残っているんだ。

 坊主は友引の翌日が、稼ぎ時になる。

 斎場を2ヵ所や3ヵ所、掛け持ちで駆け回るのも珍しくねぇ。

 じゃあな。また逢おうぜ、駅前の居酒屋で」


 「忘れずに、時間までにちゃんと来いよ」青々とした剃髪の弘悦が、

くるりとちひろに背を向ける。



(20)へつづく


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