農協おくりびと (14)ゆりかごから、墓場まで
農協は、ゆりかごから墓場まで組合員の面倒を見る。
その中でもっとも収益率の高い事業、共済事業を拡充させるための新戦略を、
つい最近になってから打ち出した。
人と家と車に徹底的に寄り添い、さらに大きな利益を上げていこうという戦略だ。
その先頭に立つ切り込み部隊要員として、専門的な知識を身に着けた、
共済ライフアドバイザーというあたらしい人種を作り出した。
あたらしい人種は、日常的に農家と組合員の中に潜り込み、契約を促進していく。
あらゆる場面で共済を宣伝し、より多くの組合員に共済に入ってもらおうという魂胆だ。
このような形で農協が金集めに奔走し始めたのには、わけが有る。
農家の農協離れが激しくなっているからだ。
農協は、農家と組合員たちからの出資金で成り立っている。
農協離れが加速していけば、当然の結果として資金が減り、農協の経営が行き詰まる。
金融や共済の加入が減速すれば、付随する利益も減っていく。
営農指導や物品販売などの部門は、どの農協でも赤字状態がつづいている。
黒字になっているのはどこの農協でも、金融と共済の2部門だけだ。
こうした背景のもと。農協は共済事業の切り札といわれているライフアドバイザーの
誕生に、きわめておおきな期待をかけている。
だがライフアドバイザーになれと言う突然の提示を受けた、当のちひろは、
「まいったなぁ」と、ただただ面食らったまま、混迷している。
(・・・推進のノルマには、ずいぶん四苦八苦してきたのよ。
自爆しない程度に達成してきたけど、決して楽な道じゃなかったわ。
共済事業の先頭に立つ、ライフアドバイザーになれなんて、とんでもない話です。
目標がいまの10倍から、20倍に引き上げられてしまうもの。
いまの7000万円のノルマから、10億円に引き上げられたらそれだけで死んじゃうわ。
冗談じゃありません・・・
どこかに無いのかしら、うまい逃げ道が?)
叔父や最長老に支えられながらなんとか毎年、ノルマを達成してきた自分が
ここへきて、ついに裏目に出た。
(悪いことは出来ないわね・・・ブラとパンツの2枚重ねが、裏目に出てしまいましたねぇ)
ああ・・・万事休すですと、ちひろが天をあおぎ、思わず両方の目を閉じる。
「どうしたね、君?。黙っているという事は、承諾と受け取ってもかまわんのか。
なにしろ君は、推進ノルマの優等生じゃ。
目立ってこなかったが、13年間も自爆ゼロという実績は、実に素晴らしい。
君のような子こそ、これから多くの人の中に共済を広げていく可能性が有ると、
共済の所長も、ぜひにと首を長くして待っておる。
どうだ。行ってくれるだろうね、期待に応えて気持ちよく」
「いいえ。わたしは行きません。
共済へ行くくらいなら、わたし、今すぐに農協を辞めます!」
「な、なにっ、こ、断るのか。
ライフアドバイザーになるという、美味しい話を断るというのか、君は。
ううん・・・別にワシはかまわんが、となると君の行き先がなくなってしまうのう」
困ったのう、と本部長が天井を仰ぎ見る。
今年の移動はすべて決着した後だ。いまさら何処にも空きが無い。
この子はたぶん断らないだろうと踏んでいた本部長の思惑が、たったいま裏目に出た。
「いままで通り、焼き肉店の接待係でかまいません。わたしなら」
「そうはいかん。
ある理事の口利きで入れた女の子を、君の代わりにすでに焼き肉店へ配属済みじゃ。
農機具販売にも、グリーンセンターにも欠員はおらん。
困ったことになったのう。おい。どこかになにか無いのか、この子の行く先が」
苦渋の本部長が、隣に立っている共済部長の顔を見上げる。
有能な部下がひとり入って来ると期待していた共済部長も、当てが外れて落ち込んでいる。
「おいおい。君が、落ち込んでいる場合ではなかろう
行き先が決まらなければ、この子は職を失って本当に農協を辞める羽目になる。
そんなことになってみろ。大騒動が巻き起こる。
最長老を筆頭に、うるさい有機キュウリ部会の連中が、ワシのところへ大挙してやって来る。
それだけは、絶対に避けねばならん。
困ったのう、どこかにないのか。この子が行ける適当な場所が・・・」
(15)へつづく
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