農協おくりびと (13) LA、何それ?
農協職員には、3年ごとに定期の異動がやって来る。
「人事ローテーション」と呼ばれるシステムが、農協内に有るためだ。
同じ場所に同じ人間を長居させると流れが淀み、業務が滞る。
それを防ぐために、定期的に別の場所へ機械的に移動させる。というのがその趣旨だ。
だが、実施方法におおきな問題が有る。
人材を適所に、それぞれ配分していくわけではない。
ただ単に人を動かすだけのことだ。
例えば。スーパーで3年間、レジ打ちを担当していた女の子が、いきなり農機具の販売に回される。
農機具からはみ出た男の子が、まったく未経験の不動産売買の窓口へ回される。
不動産部でアパートを担当していた女子職員が、次の日からグリーンハウスで
肥料や農薬を売っている。
まったく根拠をもたない職員の移動が、こうして3年ごとに繰り返される。
「人事ローテーション」は実は、上部組織の中央会から押し付けられたものだ。
この「人事ローテションは」、百害あって一利も生まない。
金融部門などで長期間「同じ部署」や「同じ業務」、「同じ地域の担当」にいると
不正を生む温床になるので、適宜に移動させるという考え方は有る。
だが熟練したレジ打ちを次の日から、農機具の販売へまわす理由はどこにも無い。
仕事に熟練した職員や、専門業務に精通した職員がつぎつぎに生まれると、中央会が困る。
農協の上部組織。県単位につくられている中央会や全国をまとめている中央会は、
下部の単協の業務を指導することで、多大なマージンを吸い上げていく。
下部の農協を管理し、指導することで存在する意義を持つからだ。
職員が業務に精通し、単位農協が技量を身に着け始めると、指導の必要性が薄くなる。
そうなる前に農協と職員の成長の芽を、事前に摘み取る。
これこそが中央会がすすめている、「人事ローテーション」の本当の狙いだ。
農協で働きはじめて13年目の春。
ちひろに、絶体絶命のピンチが訪れる。
「君をLAに推薦する」という通達が、突然、天から舞い降りてきた。
「LA(エルエー)・・・ロサンゼルスのことですか?。
変ですょねぇ。農協に海外支店があるなんて、聞いたことがありません。
何なのですか、LAって?」
ちひろの反応に、本部長が思わず苦笑をもらす。
「君は13年も農協に居て、LAという言葉も知らんのか。呆れたもんだ。
LAというのは、最近はやりのライフアドバイザーの略だ」
「ライフアドバイザー・・・
ああ・・・それなら聞いたことが有ります。
たしか最近、金融部門につくられた専門職のことですね。
でも一般事務しかできないわたしには、まったく関係のない話です。
もしかして、誰か他のかたと間違えたのではありませんか?」
「間違いではない。君がLAに指名された。
『ひと・いえ・くるま』の総合保障の中で、ひとりひとりの人生設計を、
一生涯にわたりサポートし続ける。それが、ライフアドバイザーの仕事だ。
農協の共済(保険)商品を売るための、専門家になることを意味する。
共済を売るたくさんの専門家を育てようということで、いま最大限の力を入れている。
全国にはすでに、2万人をこえるライフアドバイザーが居る。
君も晴れてその専門職、2万人の仲間入りをするわけだ。
どうだ。光栄だろう、実に有りがたいお達しだと思うが、どうじゃね」
ちひろの13年間にわたる推進ノルマの達成が、ついに裏目に出てしまった瞬間だ。
本部の事務からグリーンセンターの経理に異動したのが9年前。
その3年後に直営の畜産部の経理にまわされたあと、さらに3年後に不動産部の経理にとばされ、
つい最近になり、直営店の焼き肉店に配属されたばかりだ。
そのちひろが、焼き肉店の任期の半ばで本部長から呼び出しを受けた。
役員室へ顔を出した途端・・・
いきなりライフアドバイザーになれというお達しが、天から降って来た。
(14)へつづく
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