ドラゴン・イーター・フェイトⅡ

キール・アーカーシャ

第1話

『アヌイ・モシッタ・ヤク=サク=ペ・シネプ・カ・イサム』

   (Anuy mo=sir=ta yaku=sak=pe sinep ka isam)

[人の・小さな・大地・で・役目・持たぬ・物・一つ・も・無い]

 

 アヌイ民族の伝統的な考え方において、

『無用な物は何一つ無い』の意。




『カント・オロ=ワ・ア=ランケ=プ・シネプ・カ・イサム』

      (Kanto or=wa a=ranke=p sinep ka isam)

[天空・の中・から・我々・降ろす・物・一つ・も・無い]

  《天より私達が降ろす物は何一つ無い》


 惑星アーシアのアヌイ語において、

転じて『既に世界は満ち足りている』

の意とされているが・・・・・・。


 第0話 ①


 アルカナの第二世界において、

『白』の意味の名を持つ、その少女は

その古びた機械を手にした。

 雑音とノイズが走る。

 すると、声が聞こえてきた。

『テス、テス(Test,test.)。え?もう入ってる?

なら、このまま始めちまおう。

時間も残り少ないしな』

 その声は男性の声だった。

 そこから出てきた小さな立体投影はアフロみたいな髪をした男性だった。

『さてと、これを聞いている君の世界は、こっちとは少し違うかも知れない。ヴァンパイアも超能力者も竜も居ないかも知れない。だから、一から話す事にしよう。

これは惑星アーシアとその太陽系における物語。

そして・・・・・・

俺らの絆の物語なんだ』



 ・・・・・・・・・・


 スタスタとそのアフロ風の髪の男は雑踏を歩いていた。

 目の前には女子高生が二人、仲良く話ながら歩いて来て、通り過ぎていった。


『どうにも学生を見ると昔を思い出しちまう。

おっと、俺の名はブロー・マグヌス。

しがないフリーターさ。

小さい頃の夢はスゲー超能力者になって、

大活躍する事。

テレビに出たりとかな。

しっかし、天は俺に才能を与えてくれなかったみたいで・・・・・・。

幼なじみ達が超能力者養成学園とかに入っていく一方、

俺は普通の中高に通うしかなかった。

入試は全滅よ。

当然、スポット・ライトは当たらない』


 そして、ブローは《特大タコ焼き屋》の前で足を止めた。

ブロー「おっちゃん、タコ焼き一個」

店主「あいよ」

 こうして、ブローはタコ焼き1パックを受け取り、厳密には特大タコ焼き(自称)であるが、それに楊枝(ようじ)を刺し、歩き食いして行った。


『もっとも、現状に不満はない。

食うもんにも困らねーしな』


ブロー「あつっ」

 と、ブローは口の中のタコ焼きで火傷しかけた。

 流石は特大であり、中はトロトロに熱かった。


『とはいえ、時には思う事もあるのよ。

もう少し輝いてみたいって』


 すると、上空からゴーという小さな轟音が響いてきた。

ブロー「ん?」

 見上げれば、ビル群の先には中型の浮遊船が顔を出していた。


『でも、その願いは・・・・・・、

とんでもない形で叶えられる事に

なっちまった。

これだから人生って奴は』


 その時、「ワーッ!」という声を共に、一人の少年が浮遊船から落っこちてきた。

ブロー「うおッ!」

 とっさの事にブローは後ろに跳びずさり、タコ焼きを地面に落としてしまった。


『それは空から落ちてきた少年との

出会いで始まった-』


 丸いタコ焼きがコロコロと転がる先には、一人の黒髪の少年が倒れかけていた。

少年「あいてて・・・・・・」

 ブローは少年に対して、あんぐりと口を開けるしか無かった。


『俺自身の物語でもあるのさ』


ブロー「お、おい。大丈夫か!?

少年「は・・・・・・腹」

ブロー「腹が痛むのか?!」

少年「腹減った・・・・・・」

ブロー「って、単なる空腹かよ!」

少年「んな事、言われても・・・・・・」

 

 ブローの住む集合住宅にて。

 ここは家賃は安いが、それなりのスペースはある集合住宅だった。階層は十数階であり、水道やエレベーターなどの維持費があまり掛からない限界の階数だった。

 あちらこちらには数十階の高層マンションが見かけられるも、

空きも多く、そうなると入居者一人当たりの維持費も跳ね上がり、大変な事になったりする。

 地震国にあっても技術的には50階を越える建物を作る事も容易になりつつあったが、それでもそういった事が原因で、あまり高層なる建物は多くなかった。それにそれくらいの階数になってしまうと、微振動(胎児に影響があるとされる)を取り除く機器も設置せねばならず、さらに維持費が掛かるので、住宅として50階を越える建物はさらに少なかった。

 ただし、かつての中枢量子コンピュータ、デス・エクス・マキナの暴走による大崩壊の際、多くの建物が共鳴してしまい崩れたが、超高層ビルに関しては共鳴域から外れていた為に崩れずに残り、そして、マヤ国における超高層ビル群における生き残りが、世界を救う中核となった歴史がある。

 故に、様々な階層の建物が存在するのは世界連盟よりも奨励されていた。

 

 さて、ブローの住む集合住宅であるが、非常にボロく、廊下にまでゴキブリが出没していた。

 入居者もブローを含め変わり種ばかりで(ブローは自身を例外としているが)、ただ彼らの共通点としては基本的に所得が多くないという点があげられる。

 真正面には国が運営する集合住宅があり、こちらは本当に貧しい人達や生活保護の人達が優先的に住んでいた。

 なので、ブローの住んでいる集合住宅とは、国の審査には弾かれるレベルの低所得者が住まう場と言えただろう。

 まぁ、最上階あたりには金持ちなのにドケチで、安い家賃を理由に住んでいる者も居た。

 この集合住宅は一般的なマンションやアパートと同じで、犬や猫などのペットを飼う行為は禁止されていたが、四階の汚染地域(ブローはそう呼んでいた)では、実質的に犬・猫が飼われていた。

 さて、この四階の汚染地域、酷い有り様でゴミまみれである。

 各家の玄関の前には段ボールやゴミ袋が散乱しており、廊下には異臭が漂っている。集合住宅の管理人も文句を言うのだが、ここに住んでいる者達は、ヤクザ的な人達と知り合いの人達や半グレという噂もあり、あまり管理人も強く言えないでいた。

 そして、玄関の前の段ボールには犬や猫が置かれているのだ。

 つまり、室内で飼わずに廊下で飼っているのである。

 ただし、飼っているとは認めないのだが。

ならばと、一度、管理人が清掃業者を呼んで廊下の犬・猫を強制的に排除しようとしたのだが、どういうわけか清掃業者は十分と経たずに逃げ出し、さらにその日の夜、一階にある管理人の部屋の窓ガラスが謎の力で一斉に叩き割られた事件があり、以来、管理人は大人しいものだった。


 そんな混沌としたブローの集合住宅だったが、ブローの部屋は良識的だった。

 そして、その部屋のコタツ(冬は過ぎているのに)で、少年はガツガツと食事を平(たい)らげていた。実際には少年はほとんど無音で食べていたが、効果音を付けたくなるくらいの勢いで食べていたのである。

ブロー「ていうか、少年」

少年「ん?」

ブロー「お前さん、本当によく食うなぁ」

少年「まぁね。でも、おいしかったよ、ごちそうさん」

ブロー「そりゃ、おそまつさん。

    で、だ」

 と言い、ブローは少年にヌッと顔を近づけた。

少年「なっ、何だよ、顔近いし」

ブロー「空から落ちてきたあれは、どーいう事だ?

    このブローお兄さんに正直に話してごらん」

 すると、少年は言いづらそうに視線を逸(そ)らした。

少年「ああ、あれ・・・・・・ていうか、お兄さん?」

ブロー「そう、あれ。オジサンと呼んだら怒るからな」

少年「話さなきゃ駄目?」

ブロー「駄目だ」

 これに少年は少し考えこんだ。

 しかし、ブローを見て、何か感じ取ったものがあったのか、諦めて話し出した。

少年「仕方ないなぁ。本当は秘密だけど特別に教えてやるよ。

   内緒だよ」

ブロー「おう」

少年「ヴァンパイアって居るじゃん」

ブロー「ああ、居るな。人類の宿敵な」

少年「奴らと陰ながら戦ってるんだ、俺」

ブロー「って事は!やはり超能力者か、お主!」

 と、ブローは興奮したように言った。

少年「そりゃそうさ。じゃなきゃ、あんなトコから落ちたら死ぬし。てか、俺の名前、フェイトね」


『ここで説明しておこう。

 この惑星アーシアでは吸血鬼(ヴァンパイア)が実在する。

 そして、奴らは夜な夜な人を襲っている。

 もちろん、警察や軍も奴らを倒そうとしている。

 だが、ヴァンパイアの力は強力。

 とても《常人》では対抗できない。

 どれだけ訓練を積もうと・・・・・・。


 なので、ヴァンパイアに対しては専門部隊が送られる。

 そう、超能力者部隊が・・・・・・。

 

 しかし、その対ヴァンパイアの高位-超能力者がこんな子供とは。にわかには信じがたい。身体能力は高いみたいだが。

 見た目だけなら、少し食い意地の張った中高生にしか見えんぞ・・・・・・』


フェイト「そもそもヴァンパイアってさ、結構あちこちに潜んでるんだよね」

ブロー「かもなぁ」

フェイト「それでさ・・・・・・。実はかなりの数のヴァンパイアが発見されているにも関わらず見逃されてるんだよ」

ブロー「バカなッ、有り得ない!」

フェイト「って、ツバ飛ばすなし」

 さらに少年フェイトは話を続けた。

フェイト「それで実の所、多くのヴァンパイアは人を襲わず、静かに暮らしている。だから、ど     んなに怪しくても実際に人を襲わなきゃ、警察や軍も見逃している。これはまぁ、何      とも言えないけど仕方ないかも知れない。でも・・・・・・。

     時に人を襲ったヴァンパイアをあえて放置するケースがある。特に、その被害者が     スラムの貧困層の場合、もしくは、

     難民の場合・・・・・・。

     つまり、マヤ国の政府は下層階級が被害を受けても、

     無視してるのさ。口減らし感覚なんだろうな」

ブロー「・・・・・・だっ、だけどよぅ。それなら聖王様もそれを黙

     認してるって事か?!」

フェイト「・・・・・・聖王アドニス。この国の統治者にして神聖なる王。だけど、彼は軌道エレベーター上に建設されたスフィア・コロニーに在(あ)り、

     その心は宇宙と月に向けられている。

     こんな地上の現世(うつしよ)に興味は無いさ」

ブロー「っていうか、フェイト。お前さんの口ぶり、

     まるで聖王様を」

 その時、玄関のチャイムが鳴った。

フェイト「ん?お客さんじゃね?」

ブロー「お、おう」

 そして、ブローは立ち上がり、玄関に向かった。

ブロー「はいはーい」

 と言って、玄関の扉を開けると、そこには一人の美しい黒髪女性が立っていた。その顔立ちは彫りが深く、物憂げな印象を与えた。そして、彼女は高原に住まいしアルニア人の血を確かに感じさせた。

女性「あの、すみません・・・・・・」

ブロー「あ、あなたは」

フェイト「誰?」

ブロー「お隣(となり)のSona(ソナ)(Սոնա)さんだ」

ソナ「は、はい・・・・・・」

ブロー「それでどうかしましたか?もしかして、うるさかったっすか?」

ソナ「いいえ。実は・・・・・・息子のシャヒムは居らしてないでし

ょうか?」

 彼女の告げた自らの子の名は、明らかにアルニア系では無く、聞く者が聞けば、父親はアルニア系以外の男なのだろうと推測できたが、それに感づいたフェイトはあえて何も言わずに聞いていた。

ブロー「いや、来てないっすけど」

ソナ「そうですか・・・・・・」

ブロー「シャヒム君に何かあったんですか?」

ソナ「それが・・・・・・何処に居るか分からなくなってしまって」

ブロー「え?」

ソナ「今朝、公園に二人で行ったんですけど、少し目を離した隙に居なくなってしまって。必死に探したんですけど」

ブロー「け、警察には!?」

ソナ「それが・・・・・・ロクに取り合って貰(もら)えなくて」

ブロー「ええッ!?」

ソナ「多分・・・・・・私と息子が難民上がりだからだと思います」

ブロー「で、でも、この国の特別居住権は持ってるんですよね?」

ソナ「はい・・・・・・。でも、国籍は有して居ませんから」

ブロー「だ、だからって、そんな差別が」

 怒りでブローは肩を震わせた。

 そんな中、フェイトはクールだった。

フェイト「それより息子さんを探す方が先だと思うけど」

ブロー「フェイト・・・・・・」

ソナ「そ、そうですよね。何処かに遊びに行ってるだけかも知れませんし。もう一度、息子が行きそうな場所を探して見ます」

 そして、ソナは去って行こうとした。

フェイト「あ、ちょっと待って下さい」

ソナ「は、はい・・・・・・」

フェイト「何か息子さんの持ち物とかって有りませんか?」

ソナ「え?ありますけど」

フェイト「実は俺、超能力者なんですよ。もしかしたら、何か分かるかも」

ソナ「ほ、本当ですか!?こ、これ、息子のハンカチです」

 と言って、ソナは一枚のハンカチをフェイトに渡した。

 それをフェイトは鼻先に持っていき、沈黙した。

フェイト「・・・・・・」

ブロー「ど、どうよ?」

 内心、犬みたいだなと思うブローであり、その思念を少し感

じ取ったフェイトであるが、互いに何も言わなかった。

 気を取り直して、ハンカチに残されたオーラを探知するフェ

イトであるが、ついには一定の感覚を得た。

さらに同時に、《Մայրիկ(マイリク)》(Mayrik)という単語が頭に響いた。

 それはアルニア語でMum(マム)(母さん)を意味した。幼い声の割には硬い口調と言えたかも知れない。

フェイト「分かった」

ブロー「ほ、本当か?」

フェイト「ああ。分かったって言っても、大体の方角だけだけど。ともかく、探してくるよ」

ソナ「あ、あの。私も同行しても・・・・・・・」

フェイト「もちろん。じゃあ、急いで探しに行きますか」


 フェイト達三人は郊外まで歩いて来ていた。

フェイト「てか、何でブローまで付いてきてるのさ?」

ブロー「来ちゃ悪いか?」

フェイト「いいとは思うけどさ」

ブロー「何じゃそりゃ」

ソナ「すみません、お手数を掛けてしまって」

ブロー「いえいえ」

 と、何故か付いてきただけのブローが答えるのだった。

 すると、フェイトの足がピトリと止まった。

フェイト「・・・・・・」

ブロー「ん?どうした」

ソナ「?」

フェイト「この先だ。この先の・・・・・・」

ブロー「上流階級の居住区の事か?」

フェイト「ああ」

 その時、一陣の風がそちらから吹いてきて、フェイトの髪をなびかせた。

フェイト「やっぱり、ここから先は一人で行く」

ブロー「へ?」

フェイト「いや、探す時に走ったりしたいしさ。見付けたら、連絡するんで」

ブロー「・・・・・・」

ソナ「はい・・・・・・。

   あの、フェイトさん。息子の写真を持って行って下さい」

フェイト「じゃあ、お預かりします」

 そうして、フェイトはソナと8歳ほどのシャヒムの親子が写(うつ)った写真を手にした。写真の少年シャヒムは笑顔を見せており、ただし、少し南方系の顔立ちであり、母親のソナと似ている親子とは言いがたかった。

 しかし、写真から伝わる感覚では、確かに親子の間には深い愛情の絆が感じられた。とはいえ、同時にチクリと心が痛むような感覚もフェイトは得た。

フェイト「まぁ、見つかったら二人の携帯に連絡しますんで。

     じゃあ」

 そして、フェイトは足早に去って行った。

 本来ならば、もう少し色々と説明すべきだったのだろうが、ここから先に二人を巻きこむわけにはいかなかったし、さらに言えば超能力者とは相手が納得しているのを何となく分かるので、時に説明を少なくしてしまう事もある。


フェイト(しかし、厄介(やっかい)な事になった。まさか、この方角とは。

     これも運命なのか・・・・・・?)

 と、小走りしながらフェイトは思考していた。

 すると、後ろから声が掛けられた。

「おーい!」

フェイト「?」

ブロー「待ってくれ。ゼェゼェ・・・・・・」

 と、息を切らして追いかけてきたブローがそこには居た。

フェイト「ブロー・・・・・・。どうして」

ブロー「俺も協力させて貰(もら)うぜ。こう見えても超能力者の素質はあるからな」

 ゼーゼーと息を切らしながら、ブローは言った。

フェイト「ていうか、息切れしてるし」

ブロー「うっせー。お前が足、速過(はやす)ぎなんだ。

    ていうか、フェイト」

フェイト「何?」

ブロー「お前、何か隠して無いか?」

フェイト「・・・・・・話すと長くなるんだ」

ブロー「なんだよ、教えろよ。俺とお前の仲だろ?」

フェイト「俺とお前って・・・・・・ハァ。

     分かった。簡潔に話すよ。

     俺はある吸血鬼を追ってたんだ」

 そして、フェイトは説明を始めた。

『そいつの名はストラス・ファサ。正体不明の天才芸術家だ。

彼の技は油絵・彫刻(ちょうこく)・篆刻(てんこく)など多岐にわたり、

 その創造性は失われし時代の芸術を偲(しの)ばせる。

 特に、彼の平面(へいめん)彫刻(ちょうこく)は高い評価を得ており、ある巨匠は間近でそれを見た際、《魂を魂を吸い取られたかのようだ》と感じたと言う』


ブロー「へぇ、そんな芸術家が吸血鬼なのか」

フェイト「ああ。奴は何人もの若き芸術家に血を与えた。

     その結果・・・・・・。

     その血は拒絶反応を示し、

     哀れな食人鬼(グール)を生んだ」

 芸術家とは時に堕ちやすい生き物である。

 たとえば、麻薬を使ったり。軽い気持ちで危険ドラッグを使ったり。

 そうする事で、麻薬を使う芸術家は感性を高められると信じているからである。常人や既存の作品と違う事が求められていると固執し、狂った世界に足を踏み入れがちなのである。

 ただ、そういう事をすると、副作用として肝臓・腎臓・すい臓・心臓がやられ、もちろん肌や髪にも悪く、さらには脳が溶けていくような状態を起こし、体も動かなくなっていく。

 麻薬や危険ドラッグなどの摂取により、ドーパミンやエンドルフィンなど大量の脳内快楽物質が生まれ、脳内のその受容体は受け止めきれなくなって破壊される上、脳内快楽物質は神経伝達物質でもあるので、それにより生じた過剰な電気信号によって神経回路やそれの中継箇所のシナプスが焼き切れるような現象を引き起こす。

本能を司る大脳辺縁系(快楽物質を生み出すA10神経系など)の働きが強くなり、逆に理性や知性を司る大脳新皮質(興奮による活動電位を抑える抑制性シナプスやニューロンが多い)の働きが耐えきれなくなり低下する。そして、理性が失われ、本能のままに生き、快楽を求める為に、さらに危険薬物を、より強い麻薬を使い出す。

麻薬物質のカンナビノイド(特に大麻に多く含む)の作用により、大脳皮質の必要な神経回路の配線が削除されていく事が科学的にも詳しく解明・証明されている。

そうして、神経回路生成に異常が起き、脳は著しい損傷を陰(かげ)で受け、仕方なしに脳萎縮を引き起こす。(シンナーなどを吸った者ですら脳萎縮(のういしゅく)を起こす)


 結果、一般人にはとても共感しがたい作品が生まれる上に、体力も減るからロクに作品を生み出せない。

 普通に、良く寝て良く食べて、家に籠もりすぎずに散歩をして、淫らにふけりすぎず、健康的な食事を三食と食べる事が最も感性を高める手段なのだが、どうにもそういった正しいはずの行為を芸術家は忌み嫌うものである。

 ただ、落ち目の芸術家は今のままじゃ駄目だと、色々と間違った方向へ進みがちなものなのだ。本来ならば、現状維持に徹して守りに入るのが最善だとしても、あえて今と違う道を行き、足を踏み外すなど良くある事である。

 それは政治でも言え、現政権が駄目だからと、別の口だけの政権を支持したら、結局、もっと酷い事になるなど良くある事だ。

 話を戻せば、駄目な芸術家が道を踏み外して酷い目にあるのも自業自得であるのだが、大抵の場合、家族や恋人がとばっちりを受けるから困ったものだった。麻薬の常習犯は夜の営みに薬を使わせるので、恋人も麻薬漬けになる可能性も高く、妊娠でもすれば麻薬の催(さい)奇性(きせい)から、生まれてくる赤児は奇形児や体が弱い可能性が高い。一方で、息子や娘が麻薬の所持や使用で逮捕されたら、親としてはたまったものではない。

 逮捕などされたらたまらないのは、芸術家のパトロンも同じである。特に、これから押し出して売り出していこうとする時には・・・・・・。

 危険ドラッグを使う奴は大抵の場合、陰で麻薬もやっているので、そういった人間は脳がとろけているので、付き合わない方が良いだろう。脳が溶けかけて論理的思考に欠き、奇行をしでかす可能性も高い。

 ただ、こうした愚かな麻薬使用より、さらに良くないのが、吸血鬼化を望む事だった。大抵の場合、失敗するし、成功しても体が変化するのに地獄の苦しみが待つのである。

 しかし、それでも不老不死(それも幻想なのだが)を求めるのが人であり、特に永遠の美を求めるのは芸術家なのだ。

 人は安易な道を選ぼうとする。だが、真に良い作品を残したければ、不断の努力を愚直にし、効率よく努力が実を結ぶ方法を考える努力をすべきであり、この二つの努力を車輪の両輪のように回していくしか無いのだが、芸術家とは感性で一過性の成功をしてしまう事もあり、中々、それを理解できない。

 とはいえ、感性のみの芸術家は時代が流れ、流行が変容し、自らの感性が一般の感性と外れてしまうと、途端に転落を始め、どうやって良い作品をつくったらよいかも分からなくなる。

 故に、努力が必要なのだが、それでも彼らは怠惰に努力を忌み嫌うのだ。そして、破れかぶれに麻薬に依存し、体もボロボロとなって、一縷(いちる)の望みを託して吸血鬼の血を受け入れたりするのである。だが、そういった人間は何をしても失敗するように出来ている。


ブロー「あっ、知ってるぞ。吸血鬼になるのにも適合があって、

    駄目だとゾンビみたいになるって」

フェイト「そう。それがグール。俺は奴を止めにアジトに向かった。そして、そこに居た大量のグールを倒した。

     だが、そこには奴自身は居なかった。

     いわゆるもぬけの殻って奴さ」

ブロー「そ、それで」

フェイト「・・・・・・仕方なく俺は家に帰る事にして、途中で浮遊船に乗った。そこで何者かに不意を突かれて、地上へと真(ま)っ逆(さか)さまさ」

 ちなみに、フェイトは語らなかったが、その何者は隠蔽(いんぺい)の結

界を張った為、フェイトが落下した事に気づいた乗客は居なか

った。また、この浮遊船は旧時代のロープ・ウェイのように、

特殊多層カーボン・ナノチューブ製の不可視のワイヤーロープ

で軌道を決められており、浮遊船と呼ぶには微妙な存在だった

が、浮遊機関ELドライブ(推進剤なしで動力を発生させる)

は備わっておるので確かに浮遊機関と言えた。

 もちろん、軌道を制御するには、通常のワイヤーのように鋼

鉄など金属でも可能だったが、それはコストもかかるし浮遊船

の駅と駅の間にワイヤーが弛まないように固定する中継点も必

用になる。

 一方でナノ工学を利用した特殊多層カーボン・ナノチューブ

はそのミクロな太さに反して圧倒的に頑丈なので、数百mくら

いは中継点なしで簡単に繋げる事が出来た。

さらに同ナノチューブは風の影響を受けにくく、むしろ風を

斬るように堂々と空中に存在できる。

 この浮遊船(浮遊列車とも呼ばれている)は上下左右にナノ

チューブで囲まれ、動きを制限されていた。ただし、左右に関

しては浮遊列車の下半分側しか囲まれて無い。

 カーボン・ナノチューブの実用化。それは人類に多大な恩恵

を与えた。軌道エレベーターの実現も、これ無しにはありえな

かった。(ここで言うカーボン・ナノチューブとは炭素を中心に

出来たナノチューブ全般を言い、コロッサル・カーボン・ナノ

チューブや、その先を含む)

 旧時代に一般的に認識されている軌道エレベーターはエレベ

ーター部分が可視的であるが、ケーブルの全長が10万kmとな

るのに見える程に太いケーブルを使って居たら建造費や自重を

含めて、とても耐えられるものではない。

 故に不可視のケーブル、カーボン・ナノチューブこそが最適

な材質の一つと言えた。

 ただし、カーボン・ナノチューブにも弱点はあり、いや、そ

れは軌道エレベーターを作る全ての材質に対して言える事なの

だが、それは成層圏の上の中間層にて起きる。

 中間層の特に電離層においては、分子や原子が紫外線やX線

により電離し、非常に髙エネルギーな形で衝突してくる。これ

がぶつかれば、カーボン・ナノチューブも徐々に砕けていって

しまうだろう。

 さらに上空に行けば紫外線やX線がモロに降りかかるか、も

しくは熱圏においては中間層以上のエネルギー含有体が衝突し

てくるので経年劣化が激しく襲いかかる。

 なので、初期における軌道エレベーター建設ではカーボン・

ナノチューブの断裂が多々発生し、重大な事故も時に発生した。

 これを解決する科学的技術は、この時代には考案されていな

かった。

 だが、これを無理に解決したのが、フェイト達の住むマヤ国

における聖王アドニスである。彼は桁違いの超能力者であり、

軌道エレベーターのケーブルに対して、薄い結界を張り、守護

したのだ。言うのは易(やす)いが、10万kmを越えるようなケーブル

に等しく結界を張るなど、超能力者の世界では有り得ない事で

あった。現に他国の超能力者が数百名集まって、同様の事をし

ようとしたが、途中で制御を失い、こごとごく失敗した。

 なので、現時代においては、軌道エレベーターをまともに運

用できているのはマヤ国のみであった。これはマヤ国にとり、

絶対的に大きなアドバンテージだった。軌道エレベーター上の

宇宙ステーションに巨大なレーザー兵器を搭載する事により、

成層圏外であらゆる弾道ミサイルを無効化する事が可能となる

からである。

 迎撃ミサイルが点であればレーザー兵器は線であり、さらに

光速で命中する故に、真空中かそれに準じた環境においては、

レーザー兵器は防衛兵器として最強と言えただろう。

(そもそも弾道ミサイルは落下の加速のせいで迎撃し辛(づら)いので

あって、その放物線の頂点においては速度は比較的に大した事

が無く、高高度からミサイル対象を捕捉・撃破するのは容易だ

った。さらに、レーザー兵器に加えて、もちろん軌道エレベー

ター上の宇宙ステーションから迎撃ミサイルも放つので、ほぼ

百発百中、弾道ミサイルを破壊する事が叶うのだった。)

 軌道エレベーターとレーザー兵器の組み合わせにより、マヤ

国は絶対的な対ミサイル防衛の力を有していた。これは各国の

防衛力のバランスを大きく崩していた。マヤ国以外の国々は、

軌道エレベーターの最低高度、静止軌道上の約3万6000 kmの

高度すらまともに運用できていなかったのだ。

 それが劇的に変わるのは、フェイトの学友であるボトンが、

立体投影技術(ホロウ・グラフ)を別の使い方にするという、彼がなんとなく発明して

取った特許により、結界に代わりケーブルを保護する方式が生まれ、

各国が容易に軌道エレベーターを実用できるようになったのが

契機なのであるが、それは先の話であった。

さらに、その時に得た莫大な特許料で、ボトンは大金持ちと

なり、エミリアから借りたチョコ棒3本分の代金を約束通りに

何億倍にして返すのだったが、それこそ別の機会に語られるべ

きであろう。


 さて、話をフェイトに戻そう。

 フェイトは尾行をされづらいように、あえて浮遊船に乗った

のだが、結局、落とされてしまったのでは仕方が無い。

 しかも、浮遊船の強化ガラスをフェイトはすり抜けて落ちて

しまったので、何らかの能力が使用された事は間違いなかった。

フェイト「そこでブローに会ったのさ」

ブロー「な、なる程」

フェイト「それで話を戻すと、この先にある、あのお城みたいな建物。あそこが芸術家ストラス・ファサの別宅の一つとされているんだ」

ブロー「ま、マジか・・・・・・」

フェイト「そして、そこからシャヒム君の気配を微(かす)かに感じる」

ブロー「つ、つまり、その吸血鬼がシャヒム君をさらったって事か?」

フェイト「多分ね。ただ、気配からすると、シャヒム君は意識が無い感じだ。

     ともかく急ごう。進むしかないんだから」

 そして、フェイト達は歩みを速めた。


 その建物は峡谷(きょうこく)の両側に建てられており、峡谷を渡す橋で繋

がっていた。これがストラス・ファサ邸であり、その東半分に

フェイト達は来ていた。

 重々しく扉を押せば、それは簡単に開かれた。

 物怖(ものお)じせずにフェイトが入っていき、それにブローが続く。

フェイト「・・・・・・」

ブロー「な、何か不気味な所だな」

 確かにブローの言うとおり、それは惑星アースで言う洋館の

ような印象を与え、幽霊屋敷と言われてもおかしくない印象を

与えた。

 玄関ホールの左右には階段が二階部分で合流しており、フェ

イトはその先を感知しようとしていた。

 すると、ギィと音をたて、扉が触れても居ないのに勝手に閉

まっていった。

 そして、扉は閉ざされた。

ブロー「ひ、独(ひと)りでに閉まったぞ!」

フェイト「それより来るぞ」

ブロー「へ?来るって?」

 次の瞬間、フェイト達の前方に渦巻く影が出現し、中から何

かが出てきた。

 それは黒いフル・ヘルメットのような物を頭部に纏(まと)ったよう

な者で全身も似た材質の何かで覆っていた。

 いつの間にか、フェイトはサイコ・ブレードを起動していた。

フェイト「あんたの気配を覚えている。そう・・・・・・俺を浮遊船から突き落とした奴だ」

 ただ、フェイトはあの時、もう一つ妙な気配を感じていたが、

それをあえて敵に説明してやる義理も無かった。

 すると、フル・ヘルメットの者は答えた、くぐもった声で答えた。

『いかにも、その通りだ。だが、今度は警告では済まんぞ』

フェイト「冗談。倒されるのは、あんたらの方だ」

『ほう』

 と、ほんの微かに面白そうに、その敵は答えた。

フェイト「ていうか、あんたは何者だ?吸血鬼でもグールでも無い。ストラス・ファサに仕える使い魔か何かか?」

 対して、その者は答えた。

『使い魔では無い・・・・・・。私はストラス・ファサ様を身命かけ

て守る、《守護者》だ!』

フェイト「似たようなモノだろ」

 刹那、螺旋状をしたダーク・エネルギーがフェイトを襲い、フェイトは吹き飛ばされて壁に叩き付けられかけた。

守護者『あまり馬鹿にするな・・・・・・。使い魔ごときとは強さの桁が違うのだよ』

フェイト(こりゃ参った・・・・・・。口だけはある。

     だが、それでも・・・・・・。

     負けられはしない。シャヒム君の為にも)

 と再び決意し、フェイトはサイコ・ブレードを構え直した。

 対し、守護者はフェイトに右拳を向けていた。

 両者に妙な間が生まれたが、それは天井から落ちてきた小さな瓦礫が合図となり破られた。

 フェイトは一気に前に踏み出し、サイコ・ブレードの連撃を放った。それに守護者の拳は正確に対応し、両者の刃と拳が激しく打ち付け合った。

 その無数の衝突は秒数で数えられる程には短くとも、彼らの体感時間としては長きに亘(わた)った。

 しかし、埒(らち)が明(あ)かなくなったのを感じ、両者は大技を繰り出し、そして、それらが衝撃波を生んだ。

ブロー「ウオオオッッッ」

 衝撃波だけでブローの体は吹き飛んでしまいそうだったが、何とかブローも超能力者の端(はし)くれとして踏みとどまった。

 そして、フェイトは敵を見据えたまま、衝撃を利用して距離を取った。

守護者『中々やる』

フェイト「あんたこそ」

守護者『だが、その程度の力では私を倒せはしないぞ』

 次の瞬間、守護者は力を解放し、暗黒の波動が吹き荒れた。

 それを身で感じ、フェイトは微(かす)かに鳥肌がたつのを感じた。

フェイト(確かに・・・・・・)

 思考する中、守護者は待ってくれず襲いかかって来た。

フェイト(竜の力を使わないと、あいつは倒せないだろう・・・・・・)

 守護者の攻撃を避けながら、フェイトは思った。

フェイト(だが、奴の主であるストラス・ファサとの戦いを考えると、ここで竜の力を使って消耗するワケにはいかない)

 それは理屈の上では正しかった。そして、フェイトを少しでも損耗させ、手の内を暴いておこうと守護者がしているのも事実だった。

フェイト(だけど、このままじゃ・・・・・・)

 その迷いが隙を生んだ。

 次の瞬間、脇腹に守護者の拳が突き刺さり、さらに連打がフェイトを襲った。

 成すすべも無く弾き飛ばされ、フェイトは壁の上際にぶつかり、力無く床に落ちた。

 そんなフェイトに守護者は迫り、拳を放ち、そのままフェイトの体を壁にめりこませた。

フェイト「カハッ」

 抗いようも無く血を吐くフェイト。

ブロー「フェイトッ!」

 だが、守護者はフェイトにトドメを刺そうとしなかった。

守護者『今すぐ立ち去れ。そして、二度とこの街に立ち寄るな。

    お前も命が惜しいだろう?若い命だ、有効に使え」

 と、命をモノのように表現するのが守護者であった。

 しかし、フェイトは退(ひ)かなかった。

フェイト「退(ひ)けない理由(わけ)がある」

守護者『何?』

 そして、フェイトは叫んだ。

フェイト「守らねばならない人達が居るんだ!」

 彼にとり、それは虐(しいた)げられし全ての人類と言えた。

 思わず気圧(けお)された守護者は、微(かす)かな戸惑(とまど)いを見せた。

 だが、すぐに冷静さを取り戻し、告げた。

守護者『超能力者がそれを語るか。相手は旧人類の一般人だと言うのに』

フェイト「人類に新旧も無いさ」

守護者『超能力者達、お前達は生まれてくるべきでは無かった。

    こういう格言がマヤ国の北方にはある。

   《カント・オロ=ワ・ア=ランケ=プ・

シネプ・カ・イサム》

世界は満ち足りているという意味だ。

しかし、星の外から異物が混入した。

竜という異物が。

    そして、お前達が生まれた』

 と、守護者はフェイト達に対して告げた。

守護者『そして、我々が生まれた。どちらも本来ならば存在すべきでない存在。星の秩序は乱れ、災厄が生まれた。

    あまつさえ、人類は広大なる母星だけに飽き足りず、その手を宇宙へと伸ばそうとした。軌道エレベーターという手を。《王の手は長い》とはよく言ったものだ』

 さらに、守護者は続けた。

守護者『お前達と我々、どちらも悪役なのだ。どちらも、人類にとり異分子に過ぎない。今で     こそ人類と超能力者は仲の良い振りをしているが、我々が居なくなれば、必ずや人     類は超能力者を殺し出すであろう。昨日の味方は今日の敵になりうるのだ。共通の     敵が消えた段階で』

守護者『なのに、正義の味方ぶるか超能力者?いずれお前達を数の力で弾圧する旧人類      を守護せんとするのか?愚かの極みでは無いのか?悟れ。我々もお前達も共に、     悪役にしかなれないのだ。

     先の格言、失われし時代では、《ヤク=サク・ノ》

    (yaku=sak no)と言う言葉が付いたらしい。すなわち、

    《ヤク=サク・ノ・カント・オロ=ワ・ア=ランケ=プ・シネプ・カ・イサム》そうなると、意     味は《役目無しに、天空の中から、ヒトが降ろす物は何一つ無い》となる。天より降ろ     されし、超能力者。

    その役割は滅びと災厄に過ぎぬだろう』

 これにフェイトは苦笑した。

フェイト「色々と反論はあるけど、あんたは何も分かっちゃ居ない。悪役なら何をしてもいい      のか?そりゃ、悪役なら楽さ。どんな悪い事をしても良いんだからな。

     囚人と看守のゲームのように、自身や他者を規定して生きるのは楽だろうな。考え     無くて済むから。

     でも、それが許されるのはゲームの中でだけさ。

     そうやってレッテルを貼って、張られたレッテルに甘んじて、自分に対しても他人に      対してもその本質を分かろうとしない。そんなの最悪だ」

 そして、フェイトはゆらりと立ち上がった。

フェイト「そう、あんたらはいつだって、分からないものがあると、勝手に決めつけ解釈してし     まう。物事には表の意味があれば裏の意味もある。

     教えてやろうか?あんたの言ったその格言、その裏の意味を。

    《ヤク=サク・ノ》(役目・持たない・で)、そのヤク  

    (yaku)には確かに役割という意味がある。

    《エ=ヤク=コロ》(E=yaku=kor)も[そなた・役目・持つ]という意味がある。

    《カンピ・ヌエ・ヤク》(Kanpi nue yaku)ならば、

     [紙・書く・役]で教師という意味となる。

     だが、ヤクの意味が《役》なんて、そのまま過ぎるとも思わないか?アヌイ族は外       (本土)の言葉と、極力違(たが)えた言葉を使ってる。偶然、一致してしまったなら、     重なってしまって変えようの無い意味が裏にあるのでは無いかと思わないか?」

守護者『何が言いたい・・・・・・』

フェイト「アヌイ語ではyとiの文字は似ている。iがyに転じてしまうような半母音化もままあ       る。そうすると、ヤク(yaku)もイアク(iaku)と読めるんじゃ無いか?すなわち、《イ=     ア=ク》[それを・我々・飲む]

     という裏の意味が隠されているんじゃないのか?

     だとすれば、ヤクサク・ノには、[それを・我々・飲まないで]という意味になり、先の格    言は次のようになる。

    《イアク=サク・ノ・カント・オロ=ワ・

    ア=ランケ=プ・シネプ・カ・イサム》

     [それを・我々が・飲まないで、天の中より、

     我々が降ろす物は、何一つ無い]

     すると、イアク(i=a=ku)とアランケプ(a=ranke=p)

     の主語が《我々》で同じなり、妙な符合を見せる」

守護者『お前は・・・・・・何を知っている?』

フェイト「この我々は誰だ?単なる人間か?いや、違う、それは天上に住まう神々だ。神々      は天にあるモノを飲み、それを地上に降ろすのだ。すなわち、魂を飲み降ろす。降り     た魂は地上に行き、物や動物や人間となり、

     死せば、その魂は天に昇っていく。

     飲むとは摂取して利用する事を意味する。ならば、

     神々(カムイ)が利用したモノが人間の国(アヌイ・モシリ)に降り、

     人間(アヌイ)の利用したモノが神々の国(カムイ・モシリ)に昇る。

     それは魂の循環だ。

     そして、それは未来の姿でもある。

     星の地上に住む人間達と、宇宙コロニーに住まう者達は互いに使用し終わったモノ     を送り、それぞれの地で再利用していく。互いに共存して共生していく姿が示されて     いるんだ、この格言には」

守護者『だ、だからと言って、その循環に、お前達超能力者は

     入っていない!お前達も我々も喰らう事しか出来な

     い。お前達の始祖も竜を喰らい力を得たのだ!』

フェイト「いや、それも違う。格言で天空を意味する《カント》、

     これはカン・ト[上の・湖]で水面を意味し、そこに映った空をも意味する。純粋に湖      の上にあるから空という意味にもとれるが。

     だとしても、カントには裏の意味として水面という意味もあるのだろう。

     カン・ト・コトロ(Kan=to=kotor) [上の・湖・の面]で、同じく、空を意味するし。これこ     そ、湖の水面(上面)に映った空を本来は意味したのだろう」

守護者『だとしたら、なんだ?』

フェイト「この格言における主語が神々では無く、人間ならばどうなる?

     ここで言うカントは天空であり水面だ。

     人は影。故に、星々を飲むには、水面(カント)を両手ですくうしかない。

     それは竜をも同じ。

     アヌイ族の血を半(なか)ばひきし始祖なる超能力者。

     彼女は竜との邂逅(かいこう)の折(おり)、その精神世界にて星の水面(みなも)に映      る竜の影をすくって飲んだ。

     そして、彼女は宇宙空間より地上へと降り立った」

 その時、フェイトは彼女より教わったアヌイの詩を口にした。

フェイト「彼の者アヌイ。

     生ける屍、老いし霧、滅び行く者。

     否、消えむ空も無かりき。

     否、消えむ空ぞ無かりし。

     その心、滅び行く事なし。

     その心、彼に宿り、芽吹きを待つ。

     風、そを祝う。

     風、そを祝す」

《そして、大地に花は開き、風はそなたこなたに眠りし種子に

目覚めの時を告ぐ。色とりどりの花々が大地に咲き誇る。

 そして、アヌイの民は、その心と共に蘇(よみがえ)る。》


 あぁ、かつて夭逝(ようせい)したアヌイのうら若き女性詩人は今際(いまわ)の際

に、こう告げた。

[亡びし者、それが人々から私達に与えられた名。なんと悲し

き名を私達は強いられているのでしょう。時は絶えず流れゆき、

激しき競争原理の中、私達は敗残の憂き目を晒している。です

が、そんな私達の中から一人でも二人でも《強き者》が生まれ

出てくれるなら、《進む行く世と歩みを並べる日》も必ずや来た

るでしょう。それこそが、本当に私達の切なる望み、明け暮れ

に祈り願っている事なのです。]


 彼自身も知らぬ事であったが、フェイト、彼の父祖もアヌイ

の末裔であり、その血が彼に語りかけたのやも知れない。


 今、フェイトは断片化された記憶が微(かす)かに統合(デフラグ)されていくの

を感じた。さながら、バラバラに本棚にしまわれた本が、少し、

ほんの少しではあるが連続した巻となるように。

フェイト「循環、自然・・・・・・。雨水(あまみず)は降りては昇る。

     魂もまた同じ。死しては昇り、降りては生まる。

     彼女は竜を喰らったのでは無く、竜のマナを飲み降ろした。そして、天(カント)より俺     達、超能力者が生まれた」

 だが、フェイトの記憶は欠落しており、始祖なる超能力者の

顔も声も思い出せなかった。それでも断片化されている記憶の

中からフェイトは必死にすくい取った。

《俺は彼女を愛していた・・・・・・》

フェイト「昼は太陽、夜は月。常に星々は空にある。

     空を写(うつ)せし、星々の水面(みなも)。

     天より人が星々を降ろすには、

     写(うつ)りし水面(みなも)を飲むしかない。

     全ては天より賜(たまわ)り、

     そして、

     全ては天に帰(き)す」

 見たはずの無い情景が浮かぶ。

 それは始祖なる超能力者、彼女の記憶の断片か?

フェイト「アヌイ族はヒグマを神々(カムイ)の化身とし、育てた熊の子、

     長じて育てきれなくなった小熊を、殺し食し、その魂を天に送り還(かえ)す。

    《イ・オマン・テ》(i=oman=te)

    [それを・行か・せる]、その儀式の名。

     祭壇にその遺骸(いがい)を祭(まつ)り、ヒグマに宿りし神性なる魂(ラマタ)(Ramat)     に神々の世界(カムイ・モシリ)へお帰り頂く。

     あの格言は『イオマンテ』と対を織りなす意味を持つと言えるだろう。

     そして、個々の物音(ぶつおん)は神々へと手向(たむ)けられた聖なる言(こと)の葉      (は)と言えただろう」

 感じ入るようにフェイトは自動書記のように告げた。

フェイト「一音の言葉にも広大な宇宙に等しき意味がある。

     それは考える葦(あし)の如(ごと)くに、押(お)し潰(つぶ)さんとする大宇宙より尊(たっ     と)いだろう。

     詩は音、音は原子のよう。

     音と音の連なりは、原子と原子の結合にも等しく、

     空恐(そらおそ)ろしくさえ意義深い。

     故に、人は道徳の原理を考えるように、

     その一音、連音を努(つと)めて考えねばならない。

     それこそが、一語、一音、その連関、節奏、変音を

     渾(こん)成(せい)し、極めて繊細(せんさい)に味識(みしき)し、熔鉱(ようこう)、 濾化     (ろか)、 鍛冶(かじ)、 創造(そうぞう)せし言霊(ことだま)の結(ゆ)い手(て)、遼遠(りょ     うえん)なる秘(ひ)技者(ぎしゃ)たる詩人に対する感謝と敬意であり、それをないがし     ろにする事は、詩歌(しいか)の世界において、唯一最高の業(ごう)と言えるだろう」

 単なる言葉の羅列に過ぎぬかも知れぬフェイトの言葉、それ

に守護者は気圧(けお)された。気圧(けお)されてしまった。

フェイト「あんたは言葉の一語一語を知って格言を使ったか?

     その文法的な意味を理解して使ったか?

     単なるお洒落(しゃれ)で使ってただけじゃ無いのか?

     それは、その格言・金言・至言の作(つく)り手(て)や継(つ)ぎ手(て)に対する冒涜(ぼ     うとく)・侮辱(ぶじょく)とも言えるんじゃないのか?」

 言語学もまた然り。

守護者「・・・・・・」

フェイト「そして、分かっても居ないのに分かった気分に浸(ひた)る。

     分かった気分になり、分かった振りをしている。

     だから、永遠に分からないし、分かれない」

守護者「ッ」

フェイト「超能力者も同じだ。あんたは俺達をロクに分かろうとしないまま、分かった気分に      なって否定してる。

     あんたが否定した軌道エレベーターだってそうだ。

     あれを作った聖王(アドニス)を俺は許す事が出来ない。

     でも、だからと言って、作られた物に罪があるわけではない。

     いずれ、人類は軌道エレベーターを伝い、基点とし、

     宇宙へと進出していくだろう。

     そして、星の寿命を越えて、人類は存続して行くんだ。

     それを何故、否定できる?

     星の自然生命を他の惑星に継承するにも、科学技術が必要なんだ。

     滅びの美学に殉(じゅん)じたいなら一人でやっててくれ。

     俺達を巻きこむな」

守護者「ッ!言わせておけばッ!お前のような子供に何が分か

     る!」

フェイト「失われし至言に『我が子-通(とお)して、法を聞かなむ』とある。あんま外見で人を判     断するのは良くないと思うけど」

守護者『・・・・・・ボロボロの癖(くせ)に口だけは達者(たっしゃ)だな』

フェイト「確かに。でも、覚悟を決めた。

     見せよう。俺の本気を!」

 次の瞬間、フェイトは竜の力を解放した。

 その波動とオーラを受け、守護者は絶句した。

守護者(これは・・・・・・この力は、まさか、そんな、そんなはず

     はッ!)

 今、守護者はフェイトを通じて竜の存在を感じ取っていた。

 そして、フェイトの変化(へんげ)を邪魔する発想にすら至らなかった。

 それ程までに守護者は深く動揺していた。

 フェイトの周囲からは、変化の際の煙はシュゥと立ちこめていた。その姿は竜の力を備(そな)えし装甲を纏(まと)っていた。

守護者『う、あああああああああッッッッ!』

 我を忘れ、守護者は竜化したと言えるフェイトに突進した。

 対し、フェイトは冷静に守護者を蹴り上げ、さらに追撃として、もう一蹴りして、守護者を弾き飛ばした。

 何とか空中で体勢を立て直し地面に着地する守護者。

 だが、その目前に竜化したフェイトが迫っていた。

 拳を突き出すフェイト。それを避ける守護者。

 今度は逆に守護者が拳を放つも、その腕をフェイトは掴んだ。

 さらに、そのままフェイトは翼を駆使して移動し、階段の側面へと守護者を打ち付け続けた。

 そして、空中から守護者を地面に一気に叩き付けた。

守護者『う・・・・・・』

 ヒビの入った地面の上で、守護者は打ちのめされていた。

 ヒビが入ったのはそのフル・ヘルメットも同じだった。

守護者(なんで・・・・・・あの力、あれは、あれは竜の力。

    おばあ様ッ!)

 そして、守護者は封印していた記憶を蘇(よみがえ)らせた。


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