第一部 地球編

少年と少女の出逢い 全ての始まりの始まり

 あの疫病発生から3年。

 西暦4506年、二月二十日、南極大陸下地下コロニー、フィールディング市。西隔壁。

 国家UNM^2は多大な被害を被っており未だ傷跡は癒えてはいなかったが、

 人々は力強く地下空間で生きていた。


 少年は隔壁付近に埋まっている、

 コロニー建造時に使用された掘削機の部品を売る仕事をしていた。

 セカンド・サンによる疫病があまりに急に広まったため、

 世界各地で同時急速にコロニー建造が始まり作業は

 完全に機械の指示により行われていたため

 管理から漏れた掘削機は掘りきった状態で3年経った現在も大量に放置されている。


「よっと、ほっ。」


 岩盤から突き出る岩を軽い身のこなしで30メートルほどの

 高さの位置に逆さになって放置されている

 ドリル上の刃を持つ掘削機に向かって駆け上がっていく。

 刃はチタン合金でできているため僅かでも高く取引される。

 農具としても使えるし、

 政府が民間に掘削機の回収を手伝うと報酬を出したりもしているからだ。


「おりゃ、もいっちょ、てい。あ!?」


 丸い大きな岩を掘削機の方に向かって飛び上がっていった少年の足下にあった

 岩の岩肌と思われた一面がいきなり円状に消えた。

 数秒前まで確かにそこに岩肌があったのだが、

 丸い大きな岩の真ん中には円柱状の穴が開いていた。


「え、う、うわーーーーーー」


 穴の中には人工的なトンネルのようなものが掘られており、少年はそこに落下した……

 ど―――ん。

 暗闇に尻餅の音が響く。

 落ちてきた穴からは光が差し込んでいるが、

 出口は斜め上で、20メートル位はある、遠い。


「ててて、こ、ここなんだ? 簡易シェルター? こんなトコにあるわけ……」


 立ち上がって暗闇に眼が慣れるまで必死に目をこらしていた少年は

 ここが疫病発生当時に緊急に作られた簡易シェルターであることを疑ったが、

 地表からは4キロメートルも離れたここにそのようなものがあるはずもなかった。

 少年の眼が慣れるとここは高さ2メートル程、

 横にはある程度広い円形の空間であることが確認できた。

 床には放射状の薄く蒼く発光する線のようなものがある。


「んー? なんだこれ」


 放射状の線の中心部分にレバーようなものがある。


「対外、こういうの引っ張ると、崩れるとか、ウォダーシスが出てくるとか……だろうな。

 でも出口も見あたらないし……くそー」


 暗闇の中手の届く範囲ではそれしか目立つものはない。

 頭を二、三度掻いてから、少年は思い切って両手でレバーをガッっとつかんで持ち上げた……

 小さいドーム上の空間に旧時代のシステム警告音のようなものが響き渡る

 少年には解らない言語で警告を知らせる言葉が響く


「やべっ!」


 少年は頭を抱え込んでその場に伏せた。

 だが、円形のドームが崩れることはなかった。

 ドームの天井の灯りが点り広さ20メートル程の空間が照らし出された。

 同時に床の一部から黒い棺が3つ円状に等間隔に現れた。

 そのうち2つの棺にははもうすでに蓋がなかった。

 死体があるのではと思ってのぞき込んだが青い緩衝材の上には何もない。

 ただし1つの棺は黒い蓋がついている。


「これ、墓、じゃないよな」


 少年の脳裏に軍の学校で学んだ絵が浮かんでいた。

 西暦4000年代の大氷河期に置いて人類は自らの死を避けるため、

 人体をコールドスリープ化し、冷却保存した。

 冷却保存されている間にも、社会活動が行われるように

 大規模なバーチャル空間であるエレクトロワールド(EW)を建設しそこで活動していた。

 現在のコロニー間、地球対火星間でのやりとりにもこの

 エレクトロワールドが使用されており、その技術の元となったのがその

 氷河期に作られたものである。という話だった。


「これは、きっとコールドスリープ用のカプセル……アークか……」


 少年はおそるおそる、開かれてないカプセルに近づいた。

 赤いランプが鼓動のような一定間隔で点灯している。


「まさか、まだ、生きてる!? なんとかしなきゃ!」


 エレクトロワールドはいくつかのリージョンに分けられており、

 現在その氷河期に使われたリージョンは空間閉鎖されていた。

 その世界に取り残されている人がもしいるとしたら、

 その人はずっと数千年の間その世界に居たことになる。

 装置の使い方はわからないが、

 黒い棺のようなアークの横にはいくつかのボタンがある。

 適当に押してみたが何も起こらないので思いっきり殴ってみることにした。


「ひらけっ!!」


 ガンッ!

 次の瞬間、コールドスリープ解除という文字がアークに浮かび上がり

 黒い蓋の様にみえたシールドが消えた。

 棺に横たわっていたのは少年の同じ年頃の少女だった。

 長い黒髪に白い服を着ている、少年よりは小柄で細い。

 アークは開放されたがピクリとも動かないので本当に死んでいるかのようだ。

 手遅れだったか。

 このアークがどういう状態で保管されていたのかは解らなかったが、

 少年は少女の肩を揺すった。


「おい、なぁ、キミ! 大丈夫か?」


 声のボリュームを抑えて、死んでいるかのような少女に問いかけた。

 すると、少女はすうっと息を吸い込み、うっすらと目を開けた。

 見たことのない虹色の虹彩の瞳をしている。

 明かりが眩しいのかゆっくりと少年をの顔を捕らえ、

 手を持ち上げると問いかける少年の頬に当てた。


「!? 大丈夫?」


 少年は少女の手が尋常じゃなく冷たかったことに驚いた。

 すると少女はゆっくり息を吐き、小さく呼吸を繰り返した後、


「……暖かい、ありがとう。やっと、起こしてくれたんですね」


 呟きにしか聞こえない程度の声であるが、確かに生きている。

 少年は少女の手を握り返しながらゆっくり尋ねた。


「ねぇ、キミ、いつの時代の人? あ、いま、西暦4506年。

 ここはUNM^2のコロニーの中なんだけど……」


 アークから目覚めた人にとって重要なのは今が何時かだ。


「え、せ、西暦4506年? 何時の時代?

 ……ここはどこ? 私はなぜここにいたのでしょう?」


 すぐさま少年の脳裏に最悪のケースが頭を過ぎる、

 かつて氷河期が終わりエレクトロワールドから現実世界に人の活動の場が移った時、

 ここが現実だと認識できず脳に障害をきたし、

 廃人化した人々が大勢いたという記憶が残っている。

 今でも極希に当時の施設からスリープを解かれる人々はいるが、

 9割以上が死んでいて残り1割は脳障害がある人ばかりだ。

 まずい、医者に連れて行かなくちゃ。


「あの、思い出せないです……」


 少年の不安な顔をみて少女も自分が何者かを思い出せないことを不安に思っているのは明白だ。

 少年はまずここを抜け出すことを考えた。


「立てる?」


 少年は少女の手を取る


「ええ、あっ……」


 少女がアークから立ち上がろうとしたがよろりと、膝が砕けてしまっていた。

 とっさに、少年が少女の身体を支えると、少女は羽のように軽かった。

 少女は見た目やせすぎている様子もない。

 何故だろう。

 あ、そんなことを考えてる場合じゃなかった。


「無理しないで、俺の背中につかまって貰っていい?」


 大胆なリクエストだが、落ちてきた穴から上るしかないし、

 両手があいていないとまず無理なのでそうするしかない。


「え、でも。」


 少女はアークの中で上体だけ起こして考えている。


「あ、ちょいまって」


 空になっているアークを無理矢理床からはぎ取り、

 落ちてきた穴のしたに階段をこしらえる。

 途中アークからころころと緑色に輝く玉が出てきたので、

 それは肩にかけたカバンに押し込んだ。


「これでよっし。つかまって。」


 1メートル強の高さの即席の足場が出来上がり、これなら天井の穴に登れそうだ。


「すみません……」


 少女は少年に抱きついた。

 改めて少女の体は驚くほど軽かった。

 スリープ状態にあっても通常は栄養は補給されるはずであるし、

 というか、もはや人の重さではなかった。

 少年は質量付きヒューマノイドではないかと疑った。


「重くないですか?」

「いや。しっかりつかまってて。」


 60度近い傾斜の少年が落ちてきた穴を足と片手を突っ張って

 少年は少女を背負いながら上っていった。

 いくら軽くても少々つらかった。


「はぁ、はぁ、もう、ちょっと。」

「すみません……」

「謝らないで。よっと。」


 少年は落ちた岩場の丸い石に開いた穴の部分までたどり着いた。


「わぁー綺麗!」


 少女は少年の背中でつぶやいた。

 コロニー内には人工的に作られた雲が浮かび、

 光はセカンド・サンのそれに似ているが有害光ではない。

 何より地下の広大な空間ではあるが自然が完全に再現されており

 そのことについて少女は綺麗といったのだ。

 崖からは清らかな小川が流れ、

 眼下には緑に輝く牧草地帯が広がり、

 遠くに市の概観と更に遠くには都市部が見える。

 ただ後ろには永延と横に続く白銀の壁があり、

 足元には掘削の残骸の岩と機械が転がっている。


「意外と、元気そうでよかった」


 少年は背中の少女の世界を見た反応に対して安心した。


「ありがとう」


 少女は少年を抱く手に少し力を入れた。


「下までは、しがみついててよ、危ないから」


 と少年はいうとあっという間に下まで降りた。

 崖のと岩石と機械の地帯は隔壁から30m位続いているだけで、

 そこから先は牧草地帯で街まで草原が広がっている。


「歩ける?」


 草原で少女に問いかける。


「解らないけど、歩いてみたいです……」


 彼女を降ろしまた倒れてしまわないように体を支える。


「ん……、くすぐったい、ですね……草が……はは」


 少女は始めよろよろと少年の腕を支えに立っていたが、

 足が芝にさわってくすぐったかっただけなようですぐに普通に立てていた。


「あ、靴、汚いけどこれ履いておいてよ、街まですぐだし」


 少年が靴を少女の前に並べてくれたので、悪いと思いつつも少女は断らなかった。


「ありがとう。そういえば、あなたの名前は?」


 名乗ってなかったなと思った少年は、

 日の下で改めて少女と面と向かい、

 余りに澄んだ眼で顔をのぞき込まれたので、少しドキドキしながら答えた。


「俺、エルネ。エルネ・フィールディング。エルネでいいよ」


 おでこに十字の傷があり、少女よりは上背が高い。

 赤眼。赤毛の短髪でいかにも活発そうな少年。

 服装はジーンズにTシャツと軽装で、

 ただ左手には"宝探し"用の端末と肩には大きめなカバンをかけている。


「ありがとう、エルネ。私、私は……」


 澄んだ深い虹色の瞳の、長い黒髪に白い肌をした少女。

 白衣のような布切れをまとっている。

 少女は言い淀み、後ろの壁の高いところにある穴を振り返りふと曇った表情をした。


「だ、大丈夫だよ、記憶は戻るから。

 アークから起きた人は皆最初はそうらしいから」


 そう言ってしまったが、不安を払拭できるとは到底思えない、

 記憶喪失の人の気など解らないエルネはしまったと思った。


「うん、あの眠っていた場所は記憶にあるの。だから……大丈夫。たぶん」


 少女は少し無理をして笑って見せた。


「ごめん。不安だよね。

 街にアークから起きた人を何人か診たことがある医者がいるんだ。行こう?」


 少年が手を差し伸べる、少女は手を差し出しうなずいた。

 二人は手を優しく繋ぎ街の病院へと向かった。

 隔壁から数分、一歩歩くたびに少女の手は暖かさを取り戻してゆき、

 最初の冷たさから街に着く頃には人の暖かさに戻っていた。

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