第三話 お花畑②

 洞窟は地面も天井も側面もみんな岩に覆われて、潮の香りに満ちていた。

 奥へ進むごとに入口から差し込む光が弱くなって、ひんやりしてくる。

 僕達が歩を進めると洞窟内に足音が響き渡り、時折「ヒュウウウウウ」という風鳴りの音も吹き抜けたりした。

 けれど曲がりくねった道を二、三十歩も行くと、奥の方からユラユラとしたほのかな明かりが目に映る。

 何者かの存在を警戒しつつ、僕達は五十歩も行かないうちに洞窟の最奥部さいおうぶに到達した。

 そこにいたのは……。

「うえーん」「ママー」「お腹すいたー」「お家に帰りたいよー」

「鉄格子の中に子供たちがたくさん!? さらわれた子供達ですよ、きっと」

 シェインが目を見張る。

 最奥部は広く、僕達のいる左側には木箱が壁沿いに並べられ、その上に燭台が幾つも置かれてろうそくが明かりを灯していた。

 右側にはさらわれたと思われる子供たちが男女合わせて十人くらい。

 一応木製のベッドが十以上並んでいて、子供達は数人ずつ固まってその上に寝転がったり、岩の地面に直座りし、ほとんどの子はひどく落ち込んだ様子でいた。

 さらわれてから日の長い子もいるのだろうか、かわいそうに。

 傍には金属製のコップやらかじりかけのパンを乗せたお皿やらも転がっている。

 そして左右の間には頑丈な鉄製の格子扉が据えられていて、行き来が出来ないように南京錠が付けられていた。

「シェイン! ロキ! ファム!」

 格子近くで声を発したシェインに気づいたのか、鉄格子の向こうから小さい僕が飛んできた。

「ちびエクスさん!」

「エクス君!」「エクスくん!」

 いた…………!

 別れてから少ししか経っていないけど、随分と懐かしい。

 元気な姿が可愛く見えて仕方ない。

「待ってて、今開けるから」

 ファムが背を屈めて小さい僕へ明るい声を出す。

「ダメだよ、大きなカギがかかってるよ」

「この私を誰だと思ってるの? 針金ホイッ。くねくね。カチャカチャ」

「バチン!」

「はい開いたー」

 呆れるほど鮮やかな手つきで南京錠を解いたファムは「ガラガラ」と格子扉を引き開けた。

「ファ、ファム――! ムギュッ!」

 小さい僕がファムに飛びついて、思い切り抱きつく。

「ムギュッ! よしよし。ごめんねー、私にとってのエクスくんは、エクスくんだから」

 ファムも小さい僕を思い切り抱きしめた。

 まるで姉弟みたいだ。

「ちびエクスさんのメモ、役に立ちましたよ。お手柄ですね」

「うう、ぐすっ……、ひっくひっく……」

 シェインは朗らかに声をかけるけれども、小さい僕はファムの服を掴んだまま徐々に泣きべそをかき始めた。

「へへっ、助かったんだからもっと喜べや。小っこい坊主」

「エクス君……」

 ロキが膝をついて、小さい僕と顔を向き合わせる。

「ロキ…………。ぼく、よわい……」

「そうですね。次からはあんな無茶は止めましょう」

「ぐすん……」

「でもね、悔しさの分だけ人は成長するものです。今のエクス君は先程より逞しく見えますよ」

「ロキ~、うわーん!」

 小さい僕は泣き虫だなあ。

 でもその涙の味には覚えがあるよ。

 幼い頃から、自分には何もなくて無力だと感じる時は、ひたすら木刀を素振りして、それを土台に何とか剣術の腕前だけは人並みになれた気がするんだ。

 だから。

「ねえ、悔しい時は素振りをすればいいよ。少しは強くなれるから」

「え? じみじゃない?」

「はぐぁ!」

 と、自分でも驚くような声が出てしまった。

「ぼく、ロキとファムに弓と手品をおしえてもらうからだいじょうぶだよ」

 そうだね。きっとそっちの方が僕より何倍も輝けるよ。

 ロキとファムと小さい僕。

 まるで兄弟みたいだ。

「え~ん」「しくしく」「ぐすんぐすん」「びくびく」

 おっと、小さい僕ばかりに気を取られてはいけない。

 どれだけ怖い目に会ってきたのか、扉が開かれても、囚われた子供達は鉄格子の中で怯えるばかりだった。

 ろうそくの明かりから作られる細長い僕達の影が、格子を超えて子供達の背後にある岩壁までユラユラと不気味に揺れている。

「この子たち、怯えちゃって出てこないよ」

「どれ。はーい、みなさん。種まきのお時間です。みんなで種をまきましょう!」

「?? ロキ、鉄格子の中に入って何を……?」

 僕は訳もわからぬまま、とびきりの笑顔で楽しげに子供達の方へ進むロキを見送った。

 普通に声をかけてあげればいいんじゃないの?

「種を握って高く上げ、地面に向かって種をまく。そ~れ、そ~れ。さあ、みなさんもご一緒に」

「種なんて持ってないじゃない。フリだけだわ」

「ロキさん、さりげなく足元でしきりに地面をこすってますね」

 僕の隣でレイナとシェインもロキの行動が理解できずに困惑する。

「そ~れ、そ~れ。ささ、みんなもまいてまいて」

 ロキは相変わらずの陽気さで地面へ向かって種をほうりまくような仕草を続けながら、地べたに座り込んだりベッドで丸くなっている子供たちへ一人ずつ手を伸ばし、仲間に加わるよう促していった。

 すると、ベッドを背もたれにして座りこんでいた男の子が、座ったままロキの真似をしておそるおそる種をまく仕草をした。

「ぐすぐす……………………、えいっ」

「ポン!」

「わっ、地面にお花が咲いたー」

 男の子は驚きのあまり腰を折ってグッと身を乗り出し、地面から飛び出した黄色い花を超至近距離で不思議そうに眺める。

 っと、次の瞬間その子は立ち上がった。

「え?」「うそー」「やってみなよー」「えいっ」「それっ」

「ポン!」「ポン!」

「咲いた!」「こっちも!」

 あちらこちらで真似をする子供が現れて、それにつられて子供達が次々と腰を上げ、ベッドから這い出してくる。

「さあ、みんなでこの岩肌をお花畑に変えましょう!」

「うん! えい!」「とお!」「そーれ!」「やあ!やあ!やあ!」

「ポン!」「ポン!」「ポン!」「ポポポン!」

 もう鉄格子の向こうは完全に夢の国。

 みんな目をキラキラとさせて懸命に種をまき、生まれてくる黄、白、赤などの花々を愛でた。

「いいですねえ、その調子です!」

(ロキさんが躍るように子供たちをすり抜けながら、物凄い勢いで四方八方へつま先を擦り出してますよ!? 子供たちの動きに合わせて花を仕込んでいるみたいです!)

(すげえ足さばきだぜ!)

 シェインとタオは小声で話し合いながら、何十年も修行を積んだ武術の達人に向けるような眼差しで、ロキの動きを追っている。

「わー、すごーい。お花畑になっちゃった」「あははははは!」

 はしゃいだりとび跳ねたりする子供達の姿を見てレイナが。

「すごい、笑顔畑になっちゃった」

 呆気に取られたように感心していた。

 レイナではないけど、これはもう手品というより魔法を見ているような気分だ。

 殺伐としていた洞窟は、心弾む憩いの場に。

 ロキ、こんなに手品できるんだ。

 ファムの太鼓持ちかと思ってたよ。

 二人が村のお婆さん達や町の人達に人気だったのが、ちょっと分かった気がする。

 向こうは足元からベッドの上まで色とりどりの花でいっぱい。

 壁に揺れる影法師の数は沢山に増えて、そこからはみんなで明かりを取り囲むような温かさが伝わってくるようだった。

「さて、パパとママが心配しています。みんなお家へ帰りましょう」

「はーい」「もう行っちゃうの?」

 ロキのおかげで救出作戦は成功したけど、もう一つ問題がある。

「子供達は見つかったけど、カオステラーが見つからないね」

「『かおすてらー』って、てきのおや分のこと?」

 みんなで洞窟の入り口を目指して歩く中、小さい僕が見上げてくる。

「そうだよ」

「あいつら言ったんだ。『つぎは人のあつまるところをみんなでおそう』って」

「人の集まる所? どこかしら?」

 レイナが首をかしげた。

「分からないよ」

「いえ、それで十分です」

 ロキは自信たっぷりに答えた。

「どういうこった、ロキ?」

「我々が『人の集まる場所』を作ればいいんです。クフフ」

 いたずら小僧のような顔をして楽しそうに企み事をするロキの心中は、やはり僕には理解できなくて、次は何をするのかと頭を悩ませるけど、このロキのすることなら多分大丈夫だという気持ちが僕の中には芽生えていた。

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