第4話 農協おくりびと (4)芸者ワルツ 

 最長老は、ホウレンソウ出荷部会のご意見番だ。

このあたり一帯はビニールハウスによる野菜つくりが、年間を通してきわめて盛んだ。

農協の支配のもと。野菜ごとに出荷部会がつくられている。

トマト、キュウリ、ホウレンソウなどを筆頭に、全部で12の部会がつくられている。

冬の日照時間にも恵まれているため、ここではすべての野菜が効率よく育つ。

多種多様の野菜が育つという事は、裏を返せば、特産野菜が無いということになる。


 どこにでもあるような普通の野菜は、売り上げの迷路に迷い込む。

有名産地以外の野菜は流通市場の中で、その他大勢の品目として取り扱われる。

需要がひっ迫すれば、値段はあがる。

だが逆に野菜の量が飽和状態になれば、まっさきに値段が暴落する。


 昨日。3000円で取引されていたものが、今日は暴落を受けて

半値以下の1000円になる。こうした急激な変化は、市場ではよくあることだ。

同じ品質の品物が、需要と供給のバランスの中で価値が変動していく。

生産者でありながら自分で値段をつけられない農家のつらさが、ここにある。


 部会に集まるオヤジたちの願いは、自分たちがつくる野菜が特産化されることだ。

だが12も部会が有ると、どれを特産野菜として指名するかだけで、おおいに紛糾する。

毎年候補は挙がるが、他の部会の猛反対にあい、どうにも特産化がすすまない。

「どうしたもんだかなぁ・・・」と愚痴をこぼしつつ、部会に集まったオヤジたちが

今日もまた同じように、苦い酒を飲む。


 うっぷんを晴らす様に、カラオケの大合唱がはじまる。

最初に流れてくるのが、定番の「同期の桜」。

華々しく散る姿を桜花にたとえた、戦時中につくられた軍歌だ。

次に特攻隊の生き残り、鶴田浩二が歌った「傷だらけの人生」が、必ず流れる。

その次にサブちゃんの「兄弟仁義」がかかる。

ホウレンソウ部会のカラオケは必ず、幕開け定番曲のこの3曲からはじまる。


 だが野菜の値段とおなじように、3曲目以降から部会の迷走が始まる。

マイクの順番を巡り、争奪戦がはじまるのもいつものことだ。

不穏な空気を含みながらも、それでも、なんとかひとしきりマイクが回っていく。

ここからようやく、トマト部会の無礼講がはじまる。

歌うのに疲労の色も出はじめた頃、「口直し」と称して、男女のデュエットがはじまる。

かつては女将が、たったひとりで全員とデュエットをしたが、最近はもっぱら、

美声のちひろに白羽の矢が飛んでくる。


 最初の相手はネチネチと触ってくる、いつものあのオヤジだ。

「うっ・・・今夜は出だしから、最悪!」ちひろが覚悟を決めたとき。

最前列から、最高齢のジジィが立ち上がった。


 「待て待て。女を抱くにはコツがいる。

 乱暴はいかん。まずはわしが見本を見せるから、諸君も真似をするように」


 最高齢のオヤジが、ちひろの隣りに歩み寄る。

マイクを握ったまま固まっているちひろの全身を、上から下まで舐め回していく。


 「なるほど。今年の新人はたしかに、噂通りの別嬪さんじゃ。

 ワシはデブ体型は嫌いじゃが、細すぎるのも好かん。

 その点この子は、理想的な体型じゃのう。

 さぞかし抱き心地も良いことであろう。うっしっし」


 では、と最長老が皺だらけの指先をちひろの肩へ、どしりと置く。


 「まずは芸者ワルツをかけてくれ!。女将」


 ちひろの肩をがっしりと抱いた最長老が、女将に向って、

「芸者ワルツをかけて、お前が歌え」と、さらに大きな声で指示を出す。



 「げ・・・芸者ワルツですか!。ずいぶん古い歌ですねぇ・・・」

いきなりの指名に、女将の瞳が丸くなる。


(5)へつづく

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