年下の男の子と珊瑚の指輪
西山香葉子
第1話
目の前に出された指輪のピンク色には覚えがあった。
珊瑚である。
お世辞にも、大きくない。
それを目にしているあたしは、今日26歳になったOLで、これを「はい」と手渡したのは、あたしが今付き合っている彼氏である。
彼はバンドを組んで音楽活動をしていて、そちらの活動費がかかる分、豪華なデートにもプレゼントにも、あたしたちには縁がナイ。
しかしなあ。
「珊瑚の指輪って、むかーし、持ってたんだよね」
「え?」
表情がくるくる変わった。
あたしの昔をいろいろど想像したんだろうか。
あたしより4歳年下だけに。
「小学校の時お母さんに買ってもらったのよっ」
こら、露骨にホッとした顔をするなっ。
「だからなんだか、あたしは成長してないのかなあ、って思っちゃったのよ」
「それは悪かったけどさ、でもあんた大事なこと忘れてるだろうっ!」
「大事なこと?」
「思い出すまで口きかんっ!」
あんたはどこの乙女だおい。
というか、あたしはこの瞬間、このひとの書く歌詞が、妙に乙女ちっくに綺麗な言葉が多いのの、片鱗を見たような気がした。
むくれたそばから彼は、がつがつと目の前の料理を食べている。あーあ、せっかくおろしただろうシャツにデミグラソースくっついてるってば。
ちょっと頑張って思い出してみようか……。
去年の冬のある日、アコースティック系のライヴハウスに行くのが好きな会社の先輩に、連れて行かれたライヴでキーボードを弾いていたのが、今目の前でガツガツ食事をしている彼である。
割と体は大きいんだけど、ちょっと幼い可愛さがある男の子。まだ大学生。
急用が出来て彼の大学の部活の部室に入れてもらったことがあるけど、窓から見える冬の真っ白い空を背景に、その窓によっかかって笑っていたのをよく覚えてる。左手にマジック持ってた。
その時のライヴは、彼のパーマネントなバンドのライヴではなくって、大学の先輩がソロライヴをやるのにひとがいなくて呼ばれたのだそうで(私の会社の先輩は、その「先輩」のファンで足繁くライヴに通っているわけだ)。
その後、彼のバンドのライヴに行ったら、なんだか大人っぽい渋い音を演っていて、あたしはこっちの方が好みだったから、あたしは彼のバンドに通うようになった。
そしたら、ある日、「海に行かない?」と誘われたのである……
……
!
「やだ、ひょっとしてあの時の!?」
「やっと思い出せたか」
そう。
初めてのデートでまだ寒い海に行って、このひとは珊瑚を拾ったのである。
「彫金やってる友達につくってもらったんだよ。大変だったって言ってたぞー」
「ごめん……」
「思い出せたからいいことにするよ。でもあんたの指輪のサイズ調べるのとか大変だったんだからな、あんたがあんまり指輪してないし」
あたしはあらためて、その指輪を見つめた。
「お詫びも込めて一生大事にするわ……」
「おう、婚約指輪の代わりってことで」
え!?
FIN
年下の男の子と珊瑚の指輪 西山香葉子 @piaf7688
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