厄介な連中

西山香葉子

第1話

「透子ぉ、助けてえ!」

「亜矢ちゃーん、あいしてるよぉ」

「胸触るとかまではしないんだから許してやんなって」

「ひでえよお!」

 新聞部室に3人揃うと、いつもこのかけあいが始まる。

 新聞部でならまだ良いのだが、他所でこれをやられると、他の生徒達の冷たくて怖い視線を浴びるから、尚更嫌なんだよね。特に結花のファンの後輩どもの。

 だから、マシなはずの新聞部室でも、親友の結花にこれをやられると、即抵抗するのがいつものこと。

 狭山結花はなにせ、この芙蓉学園中高等部じゃ人気者だからなー。

 長身に切れ長の瞳・黒髪を肩より上のボブにしていて。

 あたし・田中亜矢は茶色の変にやわらかいくせっ毛で目がでっかいが、銀縁メガネにチビで少しぽちゃ体型。

 なんであのひとが結花さんの親友なの、というやっかみを浴びまくっている。

 傍観者を決め込んでいる透子は、けっこうシャープな雰囲気だが、彼氏ひとりとお兄さんふたりと弟さんがひとりいて、男性問題で悩んでいる生徒の間では良きオーソリティだったりする漫研部員。今日も学校新聞に載せるカットを持ってきたのだ。

 なぜか、あたしも含めたこの3人、親友同士である。

 

 昔読んだ漫画で、アイドル同士で親友というケースがあって、作者さんが「人気アイドルが自分の親友って嬉しくない?」とあとがきで書いていたことがあるが。

 これが女子校の場合は、大変難儀で疲れるポジションだということがわかって早いものでそろそろ5年になる。

 あたしと結花は寮生でもあるのだが、寮で同室だということも、なるべく知られないようにしている。

 あたしが結花にひっつかれているのを見て、怒るのではなく、喜んでいる連中もいるのだが、そいつらに1度、寮でも同室だということを教えたところ、あたしたちを漫画に描いて同人誌にして売っていたというので、うるさ型の先生にばれる前にやめさせたという話まであった。

 漫研では透子の目が光っているのだが、この時ほど、あいつが漫研所属だということをありがたかったことはない。

 

 身長差が20センチ近くあるのでちょうどいいところに頭がある、と言われたら確かにその通りだけど。

 今日も部室で古いノートパソコンに向かってたわー、と左手で右肩を揉みつつ、寮に帰るために下駄箱を開ける。

 靴の中になにか入っている場合が、週に2回くらいあるので、靴を出してから逆さに振ってみたら。

 画鋲がゴロゴロと落ちてきた。

 はー。

 おっとり暮らさせてくれよ、ったくよぉ。


「おーい、亜矢ちゃーん」

「なに?」

 結花が妙な猫撫で声で話しかけてきた、寮の夕食の終わった自由時間時(この間に入浴を済ませなくてはならない)。

「険があるなあ、もっと普通に話せない? って言われない?」

「あんたのその口調が薄気味悪いからさ」

「言うよねえ。これからお風呂入ってきたら、肩揉んであげるけどどう?」

 絶妙のタイミングで肩揉み申し出てくるんだよね、こいつは。

 家事の当番を忘れて花やケーキを買ってくる馬鹿亭主かっつーの。

 でも。

「甘えるわ」

「じゃあ先に風呂行っといで」

「はいよー」

 あたしはお風呂セットと着替えを持って、部屋を出た。

 寮の廊下を歩く際、パジャマの上に羽織るものは必須。夏の風呂上がりは普通のTシャツ着用という不文律がある。


「お客さん、相変わらず凝ってますね。今日の力の入れ具合はこんな感じでいかがっすか?」

 ぎゅっぎゅっと、あたしの肩を揉みながら、結花があたしに話しかける。

「も少し強くてもいいや」

「亜矢ちゃん目が悪いからねえ」

 あたしがこう言うと、また少し肩に与えられる力が強くなった。痛気持ちいい感覚になってくる。

「あんたと違ってムネもそこそこあるし?」

「ほんとにもう……ねえ亜矢ちゃん」

「なによ」

「首そのままでね。ごめんね」

「今更何を謝ってんの」

「あたしと友達になったばっかりに毎度嫌な目に遭わせて」

「本当にねえ。いじめられっ子と友達になったばっかりに、いじめのターゲットになるという話はよく聞くけど、女子校のアイドルと仲良くしてるせいで、後輩どもの大奥から2年近くも嫌がらせを喰らい続けるとは思わなかったわ」

「なまじ中高一貫校だしね」

 でもさ、と続ける。

「それさえなければあたしに抱きつかれるの嫌じゃないでしょ?」

「……」

 外れてナイ。

 あたしは家族の絆のようなものをあまり知らないで育ってる。そのせいか、純粋培養お嬢さまが多いと言われる芙蓉の生徒にしては可愛げがなく、先生方にもやりにくいと思われているようだ。

 誰かにハグされたり、頭を撫でられたりすることが心地良いことだとは、結花によって知った。

 けど教えてやらない。

「今日はそのまま寝ちゃっていいよ。疲れたでしょ?」

「勉強もあるからなー……」

 もうすぐ高校3年生になるあたし達。

 結花のファンの娘達に、神経をすり減らされている場合ではなくなってきているのだ。

「ああいう追いかけ方をしている限り、あたしがあの娘達の誰をも、あんたより大事だとは思わないから」

 結花は結花で、小学5年生時にイギリスから来た帰国子女だから、クラスで浮きまくって、芙蓉を受験した時も不安でいっぱいだったらしい。

「中学受験の時に消しゴム忘れた時、どうなるかと思ったけど、亜矢ちゃんが切って分けてくれたから乗り切れたんだよね」

 とはよく言ってる。

 だからそれ以来、あたしに懐いているのだそうだ。

 透子は男兄弟に囲まれている分なにかとドライで、割りきりが悪い女子社会ではなかなか苦労が多い。

 ある意味ハズレものトリオだよな、あたしたちは。


「似たもの同士だよね、あたしたち」

「なにか言った?」

「明日土曜じゃん。夕方ヒマだったら透子も呼んでお茶会しようよ」

「いいね。

 今日くらい早く寝な」

「うん……」

 あたしは結花に寄りかかったまま、オチていった……

 

                    FIN                    

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厄介な連中 西山香葉子 @piaf7688

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