陸戦魔導士-Wizard Self Defense Force-
宮海
プロローグ -1
旧小田原厚木道路をバイクで抜けると、そこはもう相模湾の真正面だった。
潮の香る海岸線。蒼い空と翠の木々に囲まれた湘南の海は、きらきらと陽光を反射している。
海岸沿いを真っ直ぐに伸びる西湘バイパスに他のクルマの影はなく、俺のバイクは紺色のアスファルトが纏う蜃気楼を思うがままに蹴散らしながら疾走していた。
車載ナビの小さな液晶を覗き込めば、そこはすでに神奈川県平塚市。もうすぐ水平線の向こうから、市街のビル群がにょきにょきと生えてくる頃だろう。
俺はスピードを落とすつもりでグリップに手を掛けて、――その意志とは裏腹に、スロットルを開け放ってしまっていた。
ぐん、という、空気の壁を一枚突き破ったような独特の感覚。俺はヘルメット中で顎を引きながら舌を出す。
「やべ、制限速度超えちまう。……けど」
こんな素晴らしい景色なんだ。
思わずギアを上げてしまうのも詮無い話で。
ジャケットにびしびしとぶつかってくる海風の心地よさに、思わず叫び出してしまいそうな気分だった。
――と。
そこに聴こえてきたのは、イィン――という、形容し難い風切り音。
突然のその音に、俺は思わずヘルメットのバイザーを上げて空を仰ぐ。
蒼穹の向こうを切り裂いていたのは、真っ白な一筋の飛行機雲だ。三角形の機影が引き連れた細長い飛行機雲は、瞬く間に俺のバイクを抜き去る位置にまで迫ってくる。
「あれは……
空戦自が誇るステルス戦闘機。近年では旧世代化してしまったが、それでも最前線の現役機であることに変わりはなく、そんな戦闘機がなぜこんな市街地を、それもあんな低空で飛んでいるんだ――と続けようとした言葉は、
F22の発射した空対空ミサイル四発の発射音で、かき消された。
「なっ!」
俺は思わず横滑りにバイクを停車し、ヘルメットを放り出す。発射音は空気を舐めるようなスマートな音だったが、問題なのはその行為だ。市街地でミサイルをぶっ放すなんて、常識的に考えれば常識外であるとしか言いようがない。
放たれた四発のミサイルの軌道は一直線。その行く先に視線を向ければ、遠く青空の中でオレンジ色に発光する球体状の『何か』――?
刹那、鼓膜を破らんばかりの音を上げて、ミサイルは全弾着弾した。
「うわっ!」
青い空が赤く膨らむ。一キロは離れているだろうにこの爆音。俺は思わず両手で耳を覆った。
「な、なんだってんだ一体?」
演習か? それにしては、目標物にミサイル四発なんて大仰も良いところだ。
F22搭載のAIMミサイルは、一発で戦車どころか要塞すら木っ端微塵に吹き飛ばすシロモノだぞ。それを四発もブチ込むなんて、あの『何か』がなんだろうが、今頃は跡形もなく消し飛んでいるはず――、
という想像は、想像で終わった。
『何か』を取り囲んでいた粉塵が、一瞬だけ、異常な光を発する。
そして続いたのは、ディッ、という、やはり形容し難い重低音。
その音が何をもたらしたのか、その一瞬では判らなかったのだが。
俺の頭上を滑空していたF22が、そこから発せられた光の筋に、一撃で紙くずのように切断されたのを見て、
『何か』――あのオレンジ球体の健在と、そして、その光が光学兵器であることを本能的に察知した。
「ま……マジ?」
一瞬の猶予の後。
空で、F22が爆発した。
そのあまりにも非現実的な光景に、少しだけ「花火みたいだな」と呟きかけたが、その爆炎の底部からバラバラに砕け散ったF22の残骸が見えた瞬間に、お花畑が咲いていた俺の頭はとたんに現実を取り戻していた。
「……って、こっちに落ちてくるじゃねえかアレ!」
慌ててギアを蹴り上げ、スロットル全開。後輪をスリップさせながら発進する。
数秒後には後方で派手な爆発音をブチ撒け残骸が墜落、追い抜いていく爆風に、背筋がぞっと沸き立った。
更なる爆音に眼を向けると、空には幾つもの戦闘機が飛び交い、次々と空対空ミサイルを発射している。黒い爆煙の行く先は全てが橙色。高性能爆薬六十キロを積んだAIMは時に着弾し、時に金色の閃光に撃墜され、青天を火薬と爆発音の霹靂で埋め尽くしていた。
そう――。
この空は、戦場だったのだ。
「ちょっと待て、聞いてないぞそんなコト!」
絶叫しながらアクセルを吹かす。こうしている間にも、戦闘機の破片やらミサイルの断片やら空薬莢やら不発弾やらが上空三百メートルから俺めがけて降ってくるのだ。もう制限速度なんて気にしていられるか。
死に物狂いでハンドルを切り続け、ようやく木陰の安全地帯に入ったところでバイクを停めて、サイドボックスから取り出したデジタル双眼鏡を覗き込んだ。
オートで焦点が絞られていく。間違いない、空を舞う戦闘機は、そのすべてが空戦自――航空戦略自衛隊のF22だ。じゃあ、あのオレンジ色の飛行物体は一体何だ?
そうして発光体に焦点を合わせ、その姿を捉えたとき――完全に、俺は我が眼を疑った。
そこに映っていたのは、女の子。
見た目の年齢は十二か十三。艶やかなロングの金髪を髪留めで左右に分け、どこぞの貴族のお嬢様を思わせる目鼻立ち。赤のドレスに黒のブーツ。長袖ミニスカ、ネクタイリボン。
そんな、原宿の街角で見かけたならとりあえず微笑ましく見守れるような可憐な少女が。
翼も無しで空に浮かび。
オレンジ色の光を撒き散らしながら。
両の掌から作り出される光の稲妻を、レーザーの如く戦闘機に叩きつけていた。
「な、なん……だ、あれ?」
思わず双眼鏡から眼を離す。
双眼鏡か、俺の眼が狂ってないなら現実だ。どっかのハカセが造った美少女ロボってワケでないのなら、その童顔の麗容はまさしく人間。彼女を包む橙色の球体は、よく見れば幾何学模様を表面に浮かべ、目まぐるしく回転を続けている。シャボン玉に時折映る虹が万華鏡のように揺れ動くのと同様で、俺はその美しさから眼が離せなかった。
――そこで。
俺はようやく「ソレ」が何か、思い当たった。
「まさか、あれが……そうだってのか?」
見るのは初めてだが、話だけなら聴いていた。
二〇四〇年の初観測から今年で十年。
世界を震撼させ続けている未知なる脅威。人類の敵。
単独で現れ、単独で大地を燃やし。
百万の軍隊でさえ太刀打ちできないとされる、人類史上最強最悪の侵略生物――。
「あれが……『魔法使い』ッ?」
そのとき、大轟音が空を揺るがした。
慌てて双眼鏡を持ち直すが、すでに雌雄は決した後だった。レンズ越しに見えたのは、彗星のような尾を引きながら空を墜ちる高速飛行物体。どうやらオレンジ色の少女に何かが突撃して玉砕したらしく、調節釘に弾かれたパチンコ玉の如き惰性で地面への落下を開始していた。
空戦自の新型機だったのだろうか。その落下物はやけに小さい。人間とほとんど変わらない大きさで、そんな大層なモノを使っても斃せない魔法使いってのは一体なんなんだ?
――という思考が、凍りついた。
落ちてくる落下物。人間とほとんど変わらない大きさ、じゃなくて。
彗星の尾を失い、風を受けるままに揺れる細い肢体は、はは、マジかよ。何てことだ……!
「に、人間かよっ!」
思わず双眼鏡を放り出し、再びギアを蹴りつけていた。
そのときの俺はバカだった。
あんな高い所から落ちてくるヤツなんだ。そんなのを受け止めようと手を出せば、骨どころかバイクのシャーシだって挽肉にされちまうだろうってのに。
レンズの向こうに映った彗星の正体が、陸自の制服を着た女の子だったからだろうか?
アクセルよりも気持ちが先走って、とにかく、あと数十メートル先の地面に叩きつけられようとしているあの子の身体を、受け止めることしか考えられなかった。
「くっそおおおっ!」
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