プロローグ -2
……で。
恐る恐る眼を開けたら、俺の腕の中には少女の身体がすっぽり納まっていた。
「…………マジか」
地面にケツを下ろしたまま驚嘆する。
……これ、アンビリバボー体験――とかそういうレベルか?
非現実にもほどがある。人間が空から降って来るだけでも常軌を逸していると思うが、それをキャッチできてる俺も大概だし、それに何より(俺もそうだが)この子もほとんど無傷なんて。
もしかしてすでに天国なのかも……と辺りを見回したら、横倒しになった俺の給料一年分の愛車がぼうぼうと盛んに火を噴いているのを見てしまって、俺は慌てて非現実から目を逸らすために少女の顔へと視線を戻した。
少女、と呼んでは語弊があるかもしれない。
赤みのかかった銀の髪。その前髪の間から覗く素顔は、少女とも淑女とも呼び難い妙齢の様相だ。
煤で汚れてしまってはいるけれど、まるで絵画から飛び出してきたかのような精美な麗容。驚くくらい身体は軽く、肌の柔らかさは服越しでも感じ取れる。僅かに混じる火薬の匂いが、まるで彼女自身の芳香を際立たせるラストノートのような気がして戦慄する。
空から降ってくるなんて非現実な登場を果たしたくせに、こうやって抱えてみるとやけに現実的で、なぜか無性にドキドキした。……なんなんだ俺は。
改めて彼女を観察する。眼は薄く閉じられているが、僅かに胸は上下している。単なる気絶のようだ。
俺は多少安堵して空を見ると、彼方はまだまだ戦争中のようだった。
「しかし……なんだよ、今の」
空を飛び交うF22のエンジン音を聴きながら、俺は彼女を受け止めたその一瞬のことを思い出す。
バイクから飛び出して、手を伸ばして、高速で迫る少女と路面のアスファルトに挟まれた――と思った、その瞬間。
彼女の身体は、……その。なんと言うか。
まるで空に浮かぶあのオレンジ色の球体のように。
白く眩い球状の光に包まれて、強い風を吐き出しながら、浮かんだように見えたのだ。
それに触れた瞬間、俺の海馬は記憶することを拒否するように全神経をシャットアウト。気が付いたら、こんな感じで腰を抜かしたままのお姫様だっこを敢行していた、というわけだ。
どうなってんだ……本気でどうなってんだろう。
ちょっと非現実が連続しすぎて混乱する。
空ではドンパチやってて、予告なしで彗星が落ちてきたと思ったら、実は俺と同年代くらいの美少女なんて。これなんてマンガだ? 半世紀前の秋葉原辺りで大量生産されたシナリオのひとつか?
俺が半ば本気で悩んでいると、すぴすぴ眠るお姫様が僅かに身を動かしたものだから、俺は慌てて腕の中から零れ落ちないように体制を整えたとき――やはり職業病だろう。何気なく、彼女の襟首を見てしまった。
隊員服の詰襟に貼られた白絹に浮かぶは、金の横線ひとつに、星三つ。
「う……うっそぉおおっ?」
自分とのあまりの階級差にガクガクした。
「一等陸尉の階級章って……つまりこの娘、士官かよ! いやっ、ていうか、あぁあ、この娘とか言って申し訳ありません一尉どのッ! 俺……自分としたことが、上官をお姫様だっこなんて、しかも、ちょっとだけ可愛いなとかそんな邪まな考えを抱くこと自体――」
「アリアルド一尉!」
そのとき、鋭い男の声がひとつ響いた。俺は我に帰って顔を上げる。
俺の給料一年分の愛車を跳ね飛ばして現れたのは隊務用ジープ。急停車の余韻も待たずに、屈強そうな男性二名が飛び出してくる。いずれも緑のヘルメットに陸自の迷彩服姿だった。
上官少女を抱えている俺に声をかけようとして、その姿で一般人ではないとすぐに気付いたのだろう。一般人に向ける優しげな表情は見事に消え失せ、二人は厳しい軍属の目つきになる。
「貴様、どこの部隊の者だ? 所属と階級を名乗れ」
彼らの肩口の階級章は、紛れもなく俺の二つ上だった。俺は彼女の腰をゆっくりと地面に下ろして立ち上がり、右手を己の眼上段へ斜め四十五度で引き寄せて、
「は! 陸上戦略自衛隊北部方面隊第一特科団第五〇二観測中隊内合同海洋巡視隊主事班より、本日付で特務部魔導小隊へ配属になりました――」
相手の眼を見据え、訓練生時代に習ったとおり大きな声と、自衛隊員である誇りを持って、
「
敬礼した。
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