第341話 ソウシとザンシロウ。

 

 それは各国の王が集まった女神同盟の会議から一ヶ月前後に起こった話。


 レイア達『紅姫』が穏やかな時間を過ごしている間に、獣王スクロースの命を受けたGSランク冒険者ザンシロウは、大国シンの城門を今まさに潜ろうとしていた所で引き止められていた。


「ソウシにザンシロウが来たと伝えやがれ。先に言っておくが、俺様は正式に獣王スクロースよりアグニス王へ文を預かっている」

「ーー畏まりました!」

 大国シンの衛兵はザンシロウが見せた首元の冒険者プレートと、手紙の封筒に押された印を見て駆け出して行った。


 城門に備えられていた待合室に案内される事二十分程して、ザンシロウは閉じていた瞼を開き、眼前に立ってた人物を見つめる。


「おいおい。随分雰囲気が変わったなぁ。臆病な泣き虫勇者ソウシ……」

「話に聞いた時はまさかと思ったけど、不死者ザンシロウがこの世界にいるなんてね。いや、暴走したレイアさんが他の世界を喰らってしまったんだから、こうなるのも当然なのか」

「とりあえず人払いした場所へ案内しろよ。俺様は獣人の国アミテアから派遣されてる身でもあるからな」

「貴方の事だから直ぐ様飛び掛かって来ると思ったんだけど、珍しい事もあるね」


 ザンシロウは実際にソウシと久しぶりの再会を経て、違和感を拭えなかった。いくらデリビヌスに肉体を奪われたとは言え、精神は変わっていない筈だと考えていたからだ。


 ーー故に、見極めるまでは慎重を期す。


 待合室を出ると一台の馬車が控えており、ソウシとザンシロウはそのまま乗り込んだ。


 流れる街並みを見つめていると、とても王座簒奪のクーデターが起こって数ヶ月の国とは思えない程に人々の表情は活気を帯びている。


「とても悪魔デモニスに支配された国には見えねぇなぁ」

「そりゃそうさ。元々アグニスさんは口下手だけど王としては優秀だし、ハイエルフのリコッタさんは経験豊富で博識なんだ。秘書として働いているラキスは真面目で頭も良いしね」

「それだけで国が安定するとは思えねぇんだけど。自分の富や立場に固執する輩はどの国もいるだろ?」

「……そこは僕が説得したからさ。特に問題は起こらなかったよ」


 一瞬だけソウシの眼球が泳いだのを、ザンシロウの特異な動体視力は見逃さなかった。


 不死者として元々人間としてのリミッターが外れている男は、長年の直感から隣に座っている少年が何を行ったのかを理解する。


「そんなに簡単に人を殺せる男に変わっちまったのか。そりゃ再会しても『翠蓮スイレン』が鳴かない訳だ。つまらねぇ」

「変わった訳じゃないよ。覚悟しただけかな」

「魔剣シャナリスにもそう言えんのか?」

「…………」


 反論したり激昂する事もなく、ソウシはそのまま窓際へ顔を逸らし黙った。ザンシロウはこの元の世界で勇者と呼ばれていた少年との戦いと敗北を思い出す。


 己の四肢を切り落として遠投し、トドメを刺さずに去られた時の事を時空の狭間に閉じ込められている間も、この世界に転移した後も考えていたからだ。


 _________


「ありがとう。僕、こんなに本気で誰かとぶつかり合ったの初めてだったよ。正直、勝てるか冷や冷やした!」

「うるせぇ。絶対に再戦を挑むからな! そん時は手足を斬り落とされ無いくらいに強くなってやる!」

「右腕を斬り落とされてから、突然力と動きが鈍ったのは装備のせいかな?」

「〜〜〜〜ッ⁉︎」

「次にもその装備を付けてきたら、真っ先にそこを狙うよ。まぁ、聖剣アルフィリアの加護に頼ってる僕が言えた義理じゃないか」

「……本当に女を救う為に戦争に行くのか? お前さん如きに守れるのかよ」

「うん。僕はね、人を一人殺すより人を一人守る事の方が何倍も難しくて、価値のある事だと思うんだよ」

「はんっ! さすがは勇者様ってか? そんなもん綺麗事だ!」

「……僕はもう行くよ。死なないでいてくれてありがとう」


 _________


 ステータスを倍加させる装備を全身に身に付け、有り余る力を全開で解放する快感に溺れ、不死者であるという奢りが招いた敗北。


 それはザンシロウの脳内で何度も反芻し、失った最愛の鬼女と融合した魔剣シャナリスから生まれた愛刀『翠蓮』の柄を握る度に思い起こされた。

 なればこそ、変わり果てた少年に向けて別の感情が呼び起こされる。


「今度は俺様と翠蓮がお前さんを支えてやるよ。だから、まずは話をしようぜ? 俺様があのクソ神に飛ばされてから、あっちで何があった? お前さんはどうやってあのデリビヌスを封印したのか教えろ」

 ソウシはザンシロウに肩を叩かれ、思わず目を見開いて驚いてしまう。かつて戦った『神の子ナンバーズチャイルド』としての好敵手であった姿とかけ離れていたからだ。


「ザンシロウこそ変わったんだと思う。それが、少し嬉しくて……悲しいよ」

「うるせぇ。お前さんの性格が変わっただけで、俺様に変化はねぇからな。ただ、少しだけお前の親父レイアに負け続けて丸くなったかもしれねぇ」

「そうなんだ。僕に負けてレイアさんはもっと強くなった?」

「どうかな? あっちはあっちで相変わらず呑気だが、女神の真の身体を手に入れて、俺様とお前さん二人を同時に相手に出来る位には仕上がってると見えた」

「それじゃ……まだ足りないな」


 ザンシロウはソウシがまだ何を考えているか想像にも及ばなかったが、この後明かされた真実を受けて考えを改める事になる。


 ーーその後、獣人の国アミテアが女神同盟を脱退し、帝国アロと共に大国シンと新たに三国同盟を結んだのは、二人の再会から二週間後の事だった。

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