第333話 ナナの帰還。

 

 重い瞼をゆっくり開くと、見覚えのない天井があった。

 何日間くらい眠っていたんだろう。でも、はっきりと分かる。


「あぁ。俺は負けたんだなぁ……」

 女神の盾アイギスの隙間を縫う様にして繰り出された斬撃は、容易く俺の四肢を両断した。


 何より意識を断ち切られる程の打撃を織り交ぜていた事に、正直驚きを隠せない。


「やっと起きたのねレイア。気分はどう?」

 寝たまま視線を横に向けると、天使形態を解いたアリアが俺の掌を握りながら涙ぐんでいた。


「そんな泣きそうな顔をするなよ。はっきり言って最悪の気分だけどね。アリアがいるって事は、夢じゃないんだろ?」

「……ディーナに乗ってみんなマリータリーへ向かっているわ。私はナナから念話を受けて、一人で転移魔石で転移してきたの。本当はシュバンに連れて帰りたかったんだけど、レイアの身体が繋がるまで動かせなかったから」

 既に肉体は超再生のスキルで回復していた。でも、まだ幼女のままみたいだ。俺が倒れた時に聞いた声はアリアとナナの声か。


「ナナはもう復活したのか? 人格を統合するって話だったけど、どうなったんだろう?」

「レイアが目を覚ましたら『天使召喚』してって言ってたわ。何だか真剣な雰囲気でそれ以上聞けなかったけど、ナナなら何かを知ってるみたい」

「……ソウシ絡みだろうな。もう少し回復したら呼ぶよ。そういえば此処はどこだ?」

「水晶城よ。イザーク王も大慌てだったわね。いきなり幼くなったレイアが現れて、どういう事か説明しろってうるさかったからアズラに任せちゃった」

「ちぇっ。折角正体を隠してたのに、もう意味ないか」


 ーーコンコンッ!


 俺が唇を尖らせていると、部屋のドアがノックされた。イザークの説教なら起きたばっかじゃ聞きたくないぞ。


「どうぞ」

「目を覚ましたのロリカ⁉︎」

「れ、レイア様⁉︎」

 扉を開けた先にいたのは、エナとセルーアの二人だった。俯いていた顔を勢い良くあげると、部屋の中へ飛び込んで来る。


「心配かけてごめんな。もう大丈夫だよ」

「わ、私達、魔術で戦闘の様子を見てた。でも、怖くて、動けなかった……ごめんなさい」

「エナ君は悪くないんだよ! 僕が止めたんだ。女神様の足手纏いになるって……でも、後悔して、悔しくて……」

 俺は服の裾を握り締めながら涙を流してくれる二人の頭を撫でた。優しい子達だ。


「セルーアの判断は正しかったよ。無茶をして二人が怪我をしたら、俺はもっと悲しかったからね。今までありがとう」

「「??」」

 不思議そうな表情をした二人に俺はさよならを告げなきゃいけない。もう、楽しかった学園生活は終わりだ。


「俺はシュバンの女王であり、女神としての役割を果たさなやきゃいけない。だから、さよならだ」

「分かってた。インメアン学園長が言ってた。ロリカは学園を去るだろうって……だから! 会いに行く!」

「そうです! 僕達はいずれシュバンの魔術部隊に入りますから! そうしたら真っ先に会いに行きます!」

 嬉しい事を言ってくれるなぁ。でも、エナは獣人の国アミテアにとって貴重な種族だ。それは叶わないだろう。


「エナは獣王に仕えなきゃだろ?」

「やだ。ロリカ、いえ、レイア様に仕える。貴女は私を救ってくれた恩人」

「ハハッ! 獣王に恨まれそうだけど、期待してるよ」

 俺が笑うと、二人は漸く涙を止めて力強い決意を秘めた瞳を見せた。何でかアリアも嬉しそうに見つめている。


 子供だから嫉妬しないのかなぁ。


「うん。待ってて。学園を最短で卒業して、必ず行く!」

「僕も負けません!」

 そう言って二人はお辞儀をすると、部屋を飛び出していった。俺もウジウジしていられないか。


「アリア。肩を貸してくれないかな? 一刻も早くナナを呼びたくなった」

「じゃあ、オンブしてあげるわ。知ってた? 元々私は小っちゃいレイアが大好きなのよ」

 うん、知ってます。ロリっ子状態で俺を好きになってくれたのはアリアだけだ。ちょっとストーカー入ってましたけどね。


 アリアは銀天使の姿に変化すると俺をオンブした。そのまま羽根を広げて部屋の窓から中庭に向けて飛び降りる。


「ナナか……ナビナナが勝ってくれていると良いんだけど、主人格のドSナナかヤンデレナナが勝っていた場合、俺の戦力ダウンは免れまい」

「ナナはナナじゃないの? 人格ってそんなに大事かしら?」

「アリアはヤンデレナナと仲が良いからそう思うだけじゃい!」

「確かに一番好きかな。また『あっち向いちゃってボン』ゲームする?」

 あっち向いちゃってボンゲームとは、俺のエロい欲望を引き出して視線を誘導するという悪魔のゲームだ。


 結果。漢には引けぬ時があるとついつい飛び込んでしまう俺にとって、絶望しか待ってなかった。


「二度としない……俺が死に掛けたランキング3位にアレは入ってる」

 罰はぺろぺろなんて可愛いもんじゃない。鬼畜天使二人による陵辱です。


 そのまま中庭に降り立つと、俺は脱力感を感じつつも天に向かって掌を翳した。


「来い、ナナ!! 『天使召喚』! ーーえっ⁉︎」

 今までとは違い、滅茶苦茶神気を吸われる感覚がある。


 空から差し込む暖かな聖なる光の中心から現れたのは、見慣れたナナの姿ではなく、どちらかと言えば封印されていた奈々に近い。


 腰まで伸びた青髪と色めかしい肢体。両腕にタトゥーの様な刻印がなされ、スレンダーな少女的要素が失われていた。


「しばらく留守にして申し訳御座いませんでしたマスター。これからは私がマスターの敵を排除する矢となりましょう」

「お、おぉおおおおおおおおおおおおおっ⁉︎ 勝ったんだな! ドS主人格と変態ヤンデレ人格に勝ったんだね⁉︎ ナビナナ⁉︎」

「……えぇ、勿論です」

「やったぜええええええええええっ!! これで怖いもんなしだ! ナビナナ万歳!」

 俺は涙を流しながら万歳した。こんなに嬉しい事はない。厄介な人格がナビナナに統合されたのだから!


 ーープツンッ!


「……嘘ですけど〜? これでマスターが私の事をどう思っているかハッキリしたねぇ〜?」

「ーーファッ⁉︎」

「ナビナナなら統合されるのが嫌だからって出て行ったよ〜? 私は統合なんてやだったから、必死で争ったけどねぇっ!! ちょっとは心配しろ! この馬鹿マスター!!」

 ナナはキリキリと聖弓を絞りながら、一瞬で数十本の矢を俺に向けて撃ち放った。


 すると、ナビナナがいなくなったと聞いて呆然と立ち尽くしている俺の頭の中に、聴き慣れた相棒の声が響く。


「ーー『女神の盾アイギス』展開。結界の隙間に『聖絶界』を発動。マスターに命中する確率は0%です」

 全ての矢が結界によって叩き落とされ、舌打ちするナナを放っておいて俺は問い掛ける。


「ナビナナ⁉︎ 戻ったのか⁉︎」

「はい。私は元々サポートナビとしての機能が主でしたので、進化を機に人格を分けさせて頂きました。実体は持てませんが、これからはずっとマスターのお側におります……あの、ご迷惑でしょうか?」

「全然良い! 寧ろ良い!!」

 俺が歓喜の涙を流していると、ナナから再び怒りの矢が放たれた。邪魔すんなと言いたいところだが、此奴も俺の嫁。何とかデレさせねば。


「マスター。取り敢えず私とナビはもう別人格なんだから、新しくナビに名前を付けてあげてよ。一緒に呼ばれるのはお互いに不便だからね!」

「そんなにすぐに考えつかんわ! あと、さっきから攻撃すな!」

「私の扱いがぞんざいな事に断固抗議してるんだよ」

「そ、そこはおいおいな。取り敢えず復帰してくれてよかった」

 頬を膨らませている天使を横目に、俺は寝起きから神気を吸い取られて頭がクラクラしている。


「ちょっと休む。話はその後で」

「しょうがないなぁ。ほいっ!」

 ナナが掌を翳すと、俺は回復魔術を受けつつ、一気に眠気が襲ってきた。


「目が覚めたら完全に回復してるようにしてあげる。その代わり、待ってるのは少し酷な話だからね」

「……勘弁して、くれ……」

 アリアに掌を握られながら俺は再び眠りに就いた。


 酷な話か。本当は聞きたくないなぁ。

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