第311話 『White lie』 3
「カハッ! ハァ、ハッ、ハァァ」
喉の奥を締め付けられ、込み上げる様な苦しさから自然と喉元に手を伸ばした。
そんな訳がない、そんな訳がないと何度も、何度も、何度も頭の中で現実を否定しつつ、直視しないように目を背ける。
頬を伝う涙すら幻であると思い込みたかった。
彼女が無事だと信じてた。でも、奈々が何で言葉を濁していたのかはっきりと『理解』してしまった。
「ごめん……セイナちゃん」
俺は全身の力が脱力して、『女神の翼』の消失と共に地面へ落ちる。受け身を取ることもなく、ただ沈んだ。
ーーグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
耳に届いたのは神に届き得る怪物の咆哮。
__________
レイアが絶望に呻く同時刻、奈々は五大悪魔が一人『ウェルズ』の召喚する死霊、魔獣の群れを駆逐していた。
「アハハハハハハハハッ!! たかが天使如きが五大悪魔の僕の相手をするなど、光栄に思うが良いさ!!」
「……」
奈々はウェルズの挑発を受けても無言のまま、『聖弓アルテミシア』から聖属性の矢を放つ。
魔獣や死霊の額を穿つと同時に一撃で屠り、着実に数を減らしているのだが『
「無駄だよ? いくら聖属性の矢とはいえ、僕の能力『魔獣使い』と『
「……」
「恐怖で言葉も出ないかぁ。羽根の数を見た時は少々楽しめると思ったんだが、期待はずれだね。こんなんじゃ女神も大した事なさそうだ」
ーープフッ!
まるで『笑いを堪えるのが大変で、吹き出してしまった』と言わんばかりの仕草を取った天使にウェルズが視線を向けると、先程までと同様に無表情のまま矢をいる姿がある。
ただ、ウェルズは気づいてしまったのだ。
(姿を現している僕に矢を向けないのは何故だ?)
「雑魚だからに決まってるでしょ? お前如き低レベルの悪魔に、何で私が本気を出さなきゃいけない訳?」
「ーーーーッ⁉︎」
ウェルズが奈々に心の内を読まれた、と勘違いしそうなタイミングで吐き出された侮辱。『まさかそんな訳が』と宙に浮かぶ天使の表情を見上げた瞬間に悪魔は悟った。
完全に、完璧に、まるで強者が弱者を見下す様に興味がないといった冷徹な視線。この女が自分をただの弱者だと蔑んでいる事実に。
「ふざけるなあああああああああああああああああああああっ!!!!」
「あらっ? 漸く気づいてくれた? 戦闘が開始してからずっと貴方の事を、『蟻以下』だと思って見つめてたんだけど」
ケラケラと腹を抱えて笑う奈々の様を見て、ウェルズはかつてないほどの怒りに震える。両手を払うと一斉に魔獣や死霊達に向かって命令を下した。
ーー『自滅覚悟で、敵を排除せよ』っと。
「「「「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」」」」」
城の周囲に響き渡る咆哮を一身に受けつつ、奈々はなお微笑を浮かべた。そして、激昂するウェルズに向けて穏やかに、無慈悲に宣告する。
「女神でも苦戦したアダマンスライムだ!! それにヒュドラやインペリアルタイガーもいるんだぞ! 食われて死ねぇえええ!!」
「馬鹿よねぇ。とっくに
ーーギギュッ! ブツンッ!!
「へっ?」
ウェルズが目にしたのは、十二枚の羽根をはためかせた天使が上空に向けて右手を翳し握りしめた途端、使役する魔獣や死霊が消滅した光景だった。
呆気に取られるなどという表現では生温い程の実力差。再び見上げた天使の瞳を見つめた瞬間に、背筋に悪寒が奔り、全身が粟立って思わず地面に膝をつく程の恐怖。
(アレは、一体何だ?)
ウェルズの頭を過ぎったのは『
「グヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア〜〜!!!!」
ーー逃げる。逃げる。逃げる。逃げ切るしかないと地面を掻き毟り、抜けてしまった腰を突き上げて無様に涙と鼻水を垂れ流しながら動物の様に脱兎する悪魔を見て、奈々は身悶える程の快感を得ていた。
(あぁ、気持ちいい〜〜! ……だけどあっちも大変そうだし、そろそろ終わりにしなきゃね)
「偶には『本気』を出す事にするわ。この一撃に耐えられたら見逃してあげるから、『たかが天使如き』の技、防いでみなさいね?」
自分を罵倒した言葉を一言一句忘れないと言わんばかりに、奈々は満面の笑みを浮かべながら『聖弓アルテミシア』を上空に向ける。
ーーヒイィィィィィィィィィィィィィン!!
神気を溜めると、通常より何倍ものサイズに膨れ上がった矢を己の前に顕現させ、冷酷な一言を呟くと同時に撃ち放った。
「旦那まで嘗めるような発言されりゃ、嫁としてはキレて当然でしょ? 貫け『
避ける事など許さないと言わんばかりのコンマ数秒の出来事だった。ウェルズが視認したのはただの眩い光のみ。
ーー破壊音を立てる事もなく、大地を破り、木々を焼き尽くす事もない。
ただ、奈々にとって『的』、または『敵』と認識された存在だけが消滅する極技。レイアが目にしていれば股間がヒヤリとしそうな技だった為、奈々はあえてこの技を使用する事を避けた。
五大悪魔であるウェルズは決して弱くはない。ただ、相手が悪すぎたと認識する間も無く掻き消されたのだ。
最初から最後まで、
(別に身内から怖がられるような存在にわざわざなりたくないしねぇ〜。うちの旦那の方が不器用なだけでよっぽど怖いってば……)
『奈々!! 一体何が起こってるんだ⁉︎』
軽く溜息を吐き出した後に、レイアから『念話』が届く。奈々は覚悟していた。最初から『
「貴方を壊す訳にはいかない! もう二度と!!」
奈々は別の使命を帯びて封印を解いてここに来ている。封印の間にいる女神から『レイアの暴走』、即ち『
だが、奈々や女神の思っていた『予想』と『現実』は違った。
__________
「……もう……いやだよ。俺には、守れない……」
「……あなた」
美しき銀髪は土に汚れ、項垂れながら涙を零し地面に蹲るレイアの姿。奈々は自然と空を見上げ、頬を濡らす。
(もう、いいんじゃないかな……)
この日、奈々にとって一つの答えが出た気がした。滅ぼした世界の数だけ夫が断罪されるなら、自分も同じく罪を負うと誓った制約。
それは自分達が背負うべき業であり、レイアが背負うべき罪の重みではない。そう奈々は結論付けた。
ーー故に、行動する。
「レイア。やっぱり貴女は貴女であって私の旦那ではないかな。だから、これから起こる事は私の罪。きっと大丈夫だと見誤ってた私達の罪。ごめんね」
「……えっ?」
ボンヤリと顔を起こしたレイアに向けて困った様に眉を顰め、『クシャッ』と一瞬表情を崩した後に奈々は言い放った。
「
天使は十二枚の翼を広げ、絶望に呻く女神の元から飛び立った。その瞳に迷いは無く、躊躇いも無い。
全ては己が大切だと思う
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