第306話 心の内に秘めた想い。
「……んっ」
「おっ! 漸く起きたかレイア!」
寝起きでぼんやりとした視界の先には、焚き火を挟んでアズラが座っていた。背にしたシルバの銀毛に包まれながら、心地良い目醒めと共に俺は瞼を擦る。
真横にはすやすやと寝息を立てているイザヨイがおり、少しだけ冷静になれた。
「ここは何処だ? 何で城じゃないの?」
一目見れば分かる程の巨木と、薄暗い雰囲気には覚えがあった。俺は不思議に思いつつもアズラの返答を待つ。
「……その顔だと気付いたみたいだが、俺達は現在『深淵の森』に避難している」
「ーー避難⁉︎ 俺が寝てる間に何があった⁉︎ 嫁達はどうした!」
重々しい表情を浮かべながら組んだ両手に額を埋めるアズラの様子から、最悪の事態が脳裏に過ぎった。
「どこから説明したものか……まず、『紅姫』のみんなは無事だ。だが、今も戦闘中である事に変わりはない。魔王軍はアリア、ディーナ、コヒナタをサポートする様にミナリスが采配して動いている」
ーーガリッ!!
地面を削り取るように土を握り締めると、俺は立ち上がろうとした。
「あ、あれ?」
カクンッと膝を折って再び地面に座り込む。ドワーフの事件で力を封印された時とは違い、単純に全身の力が抜けて落ちてしまっている感覚。
「ーー俺の身体に何が起こってるんだ、ナナ?」
「マスターと私は今までの進化とは違い、『最終進化』の途中にあります。意識が目覚めたのは時期尚早でしたが、事態の重さを鑑みて配慮させて頂きました」
本来眠りについていなければならなかった状態を、ナビナナが無理矢理覚醒させたってことか。俺は拳を開けては握り、脱力した肉体の状態を確認する。
「良い判断だったよ。何も知らずに終わってたら泣くに泣けやしないからね」
「およそ二十二時間で『女神の神体』の進化は完了します。それまではどうか無理をせずに休息を」
「無理な話だって分かってんだろ? 『
「第二柱までなら制御可能です。ですが、索敵した『レブニール』の数は凡そ千体を超えます」
控えめだが、手を出さずにおとなしくしていろと釘を刺された気がした。
でも、石化の能力を有した怪物が現在俺の国を攻め込んでいると知って、我慢の出来る筈も無い。
「帝国アロと最早呼んで良いのかもわからないが、少なくとも道化が裏を引いているのは間違いない。海を越えるでもなく、彼奴は突然シュバンから視認できる程の距離に現れ、次々と怪物を召喚し始めた」
「…………」
「丁度竜の里に行っていたディーナ達が、上空から異変を感じ取って警告してくれたお陰で大事には至らなかったが、それでも少なからず街人に被害は出ている」
「……俺の国の民が、死んだのか?」
俺は自分でも驚く程にクラっと意識が遠退く虚脱感に襲われた。宣誓した。約束した。俺の国、『女神の国レグルス』の民は、誰も死なせないと誓った。
ーーでも、守れなかった。
「そうだ! セイナちゃんはどうした⁉︎」
アズラの肩を掴んで強く問い正すと、俺の騎士は赤髪を伏せながら苦々しく唇を噛み締める。その表情を見て、ストンと理解してしまった。
「ピエロに奪われたのか……」
「……何から何まですまない。気付いた時には、部屋に彼女の姿が無かった」
「俺とイザヨイを逃したのは何でだ?」
「それは『紅姫』全員の総意だ。ピエロの『
ブルブルと身体を震わせる男の姿を見て、俺が何も感じない訳ない。シルバは沈黙していたが、背中から伝わる気配は間違いなく怒りだった。
俺を守る為に堪えてくれた想い。自分の住む場所を荒らされて悔しくないなんて事がある筈もなく、それは同様に俺の胸の内をズクズクと蝕んだ。
「戻ろう。みんなが心配だし、何よりピエロの事だから俺を出し抜く策を練っているに違いない」
「レイアの力が戻るまではダメだ。お前を止める意味でも、俺とシルバとイザヨイはこの場にいる」
ーーピキッ!
「……何を冷静な顔してんだアズラ? ボコボコにしてでも引き摺んぞ?」
「立ち上がって拳を振り上げれるならやってみろよ。あんまり調子こいてるともう一度眠らせるぜ」
眉を顰めて睨みつけると、アズラは俺の服の襟を掴んで身体を持ち上げた。鬼のような形相をしながら見下ろされる瞳の真剣さが伝わる。
それでも、このままここに居るわけにはいかないんだ。
「お前は俺の騎士だろう。なら、俺の力が戻るまで守る自信がないのか?」
「……その言い方はズルイと思うぞ」
「シルバ、お前はどうだ?」
『主が私の背中に跨る限り、危険は無い。どこまでだって逃げてやる』
「ありがとう。さぁ、我が騎士アズラよ! 返答は如何に⁉︎」
胸元を露わにして掴まれながら、俺は両手を広げて挑発にもとれるアピールをした。アズラは誇りある男だが、同時に俺の命を最優先にする事で何かを見失ってしまっている。
ーー「お前は俺とは違って、『守りたい』と想う者を全て守れる男になれるよ」
ふと漏れ出た本音の後、俺は地面に足をつく。呆然とした表情のアズラを見上げて、頬に手を添えた。
「俺は……何も守れない。レイアの様な力も無い。仲間達の中で……誰よりも心が弱く、信念も無い」
「そう思ってるのはお前だけだ。心の弱い者に神獣の王『麒麟』が力を貸す筈はないんだから」
アズラは地面に膝をつき、両手で眼を抑えて項垂れた。ポタリと次々に落涙する姿は、心の内を曝け出す様で俺の胸を打つ。
「アリア達にレイアを連れて逃げろと言われた時、少しだけ安堵してしまった自分がいる。足を引っ張らずに済むと」
「……うん」
「どんどん強くなっていく、レイアの背中が見えなくなるのが怖かった」
「……俺はお前達を置いてなんて、どこにもいかねぇよ」
震える肩に手を置くと、自分でも驚く程自然にアズラを抱きしめて頬にキスをした。途端に石像の様に固まるアズラの顔が面白くて、上目遣いでチロリと舌を出して嗤う。
「もう、泣かないよね?」
「お、おう!」
「もう、弱音なんて吐かないよな?」
「吐かない!! めっちゃ頑張るぜ!!」
うん。男ってのは単純なもんだ。俺はガッツポーズを取るアズラを横目に、シルバに念話を送った。
『俺の力が戻るまで足になってくれ。みんなを助けに行く』
『了解した。頑張ったら褒美は毛繕いでいい』
『任せろ。散歩も兼ねてやる』
牙を覗かせながらやる気になったシルバの頭を撫でると、俺は『
「イザヨイ、起きてくれ」
「……パパァ〜。起きましたの?」
眠たそうにケモ耳付きの頭を揺らしながら、イザヨイは意識を覚醒させる。
「うん。ちょっと事情があってパパは今日一日力が出せないんだ。みんなの住む場所を守る為に、イザヨイの力を貸してくれないかな?」
「悪者をやっつけるのなら良いですの! ただ、逃げる時に消費したせいで、もう『
「それは大丈夫。ナナが補充してくれるからね」
「ーーママがですの⁉︎」
「来い。ナナ!」
俺は自信満々に手を上空へ伸ばして仰ぐ。だが、何の反応もなくて首を傾げた。
「あれ? 確かナナの最終進化が完了したってボンヤリと聞いた気がするんだけど」
「マスター。私も進化完了まで貴女と同様に、凡そ二十一時間の時間がかかります」
「まじか⁉︎」
「細かい詳細は後に致しますが、『奈々』様の権限を行使するには数々の手順が必要となりますのでーー」
ーー『その子の銃の神気なら、僕が代わりに補充しよう』
ナナの神気が当てにならずどうしようかと焦燥にかられていると、まさかの『麒麟』から念話が届いた。
『良いの?』
『今回は特別だよ。僕も自分のお気に入りの場所を穢されて苛ついているんだ』
『ありがとう』
準備は整った。嫁達は大丈夫だと言っていたけど、シルミルを壊滅状態にした『レブニール』の石化能力と、ステータスは舐められない。
俺とナナの力が戻るまでに、ハッタリでも敵を一度退かせる必要がある。
「俺が力だけの女神じゃないって所を見せてやるさ」
さぁ、
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