第304話 竜の里にて 後編
互いが一撃一撃に体重を乗せ、腰の回転と共に顔面を狙い打ち抜く。
『竜王』と呼称されし最強の竜族の戦いは、小細工無しの真っ向勝負と呼ぶに相応わしいものだった。
「アハハッ! ホウライと申したな! お主硬いのぉ〜!!」
「これでも地龍王を名乗っておりますので。白竜姫様こそ、意識が飛びそうな良い拳を打ちますね!」
ディーナがホウライの顎を掌底で跳ね上げると、その勢いを利用した膝が頬を掠める。一瞬の油断すら許されぬ程の殴り合いは、竜としての本能を満たすに足る高揚感を湧き起こしていた。
アリアとシルバはディーナに加勢する気も起こらず、若干呆れた視線で戦闘を眺めている。
「アレってもう単純に戦闘を楽しんでるだけよね……」
『最近暴れ足りないとぼやいていたからな。良いストレス発散にでもなっているんじゃないか?』
「父親が殺されてどうこうって話はどうなったのよ」
『それこそ茶番だろう。アリアも薄々勘付いている筈だ』
戦闘に夢中なドラゴン達から目線を流すと、アリアは竜王の城を見る。ここに着いた当初は気付かなかったが、ホウライの他に感じ慣れた闘気が発せられていたからだ。
ーーそして、この戦闘自体が茶番である事に気付くと深く溜息をつく。
「あのおっさん……娘に構って貰いたい一心で、遂に竜王まで動かしたのね」
『布を咥えてブルブルと震えているみたいだが、どうしたのだろう?』
「どうせ、『儂の可愛いディーナの顔面を殴りよってこんのクソ餓鬼がぁ〜!!』ってな具合に、自分で立てた作戦を忘れてキレてんじゃないかしら」
ーーズズウウウウウウウウウウウンッ!!
アリアがシルバにモノマネをしながら笑い合っていた直後、巨大な白竜が空から大地へ降り立つ。『フシュ〜!』っと鼻息を荒くしつつ、瞳を真っ赤に染めたゼハードは怒り狂っていた。
「儂の可愛いディーナの顔面を殴りよってこんのクソ餓鬼がぁ〜!!」
「あっ! 当たっちゃったねシルバ。私って凄い?」
『アリアよ、呑気に喜んでる場合じゃない気がするが……』
既に興味を無くしたのか、『天使形態』を解いてシルバの背中に蹲るアリアと、同じく伏せをしながら事態を傍観する事に決めたシルバは事の成り行きを見守っていた。
「ゼハード様⁉︎ 今出て来たら折角俺が演技した意味ないでしょうが!」
「うるさいのじゃホウライ!! 『娘のパパへの愛を確かめて胸がほっこり作戦』はやめじゃ! 先程のディーナの怒り狂った様子で十分に確認出来たわ!! さぁ、ディーナよ! 愛しい父はこの通り生きておるぞ!」
ゼハードは涙ながらに両手を広げて娘へ無事をアピールするのだが、ディーナは顔を伏せたまま微動だにしなかった。
「ーーかものが」
「ん? どうしたんじゃ? ほら、愛しいパパはここじゃぞ?」
「こんの、愚か者があああああああああああああああっ!! 燃やし尽くせ! 『
『聖竜姫形態』に変化したディーナの全力全開のブレスが、激昂と共に白竜王に向けて放たれる。その姿は最早『
「んぎゃあああああああああああああああああああああ〜〜っ!!」
断末魔の叫びをあげながら灼熱の炎に飲み込まれたゼハードは、ブスブスと肉の焦げた臭いを撒き散らしながら気絶する。
ホウライは一体どうしたら良いのか分からずに、呆然と立ち尽くしていた。
「あ、あの〜。ディーナ様はこれが茶番だといつから気付いてらっしゃったのですか?」
「茶番じゃと? 妾はお主との戦いを邪魔した愚か者を滅しただけじゃぞ。さぁ、続きを始めようぞ!」
眼前の美姫が鉄扇で口元を隠していても、滾る血潮を抑えきれていないのが竜王へ伝わる。
ホラウイは決して武力だけで次代の竜王に選ばれた訳ではない。地竜特有の硬い鱗と、強靭な肉体。それを存分に御しうる力と拳の他に、ーー知恵が働いた。
(この人、もしかして今倒したのが自分の父親だって気付いてないなんて事……流石にないよな?)
「白竜姫様、一つ問いたい事があるのですが宜しいですか?」
「ん? なんじゃ?」
「先刻倒した人物に心辺りはおありですか?」
「ふふっ! 妾は賊に知り合いなぞ居らぬわ」
ーーグハアアアアアアアアアアアアアアッ!!
焼け焦げて白竜と呼ぶにはおよそ似つかわしくない父は、娘から残酷な事実を突き付けられて血反吐を吐いた。
ビクンビクンッと身体を痙攣させながらも、縋るような瞳をホウライへ向ける。あまりに憐れに思えたのか、竜王は『任せて下さい!』と力強く頷いた。
「白竜王様は大層ディーナ様を心配しておられました。勿論ディーナ様もお会いしたいですよね?」
「……お主は馬鹿か? 先程自分で殺したと申したじゃろ! 確かにひ弱な老人は死すべしじゃな! ようやった!」
ーープゲラアアアアアアアアアアアアアアッ!!
ゼハードは口だけではなく、瞳と耳からも血を噴き出して鮮血を撒き散らした。アリア、シルバ、ホウライは一斉に直視し難い光景から目を逸らす。
「憐れね」
『憐れだな』
「俺の娘がこんな風に育ったらと思うと、教育方針を考え直そうかと真剣に悩みますね」
「ーー?? お主らは一体何を言ってるのかぇ?」
ピクピクと最早虫の息であるゼハードの気持ちを想い、ホウライは先刻まで馬鹿馬鹿しいと思っていた『茶番』を、『本番』に切り替える準備をした。
ーー首を回し、指を折り、肩を上下させて骨を鳴らす。
「俺はゼハード様と同じ親として、白竜姫様には些か教育が必要だと理解しました。手加減なしの一撃勝負といきませんか?」
「父上を殺しておいてよくぞ口の回る男よな。良いじゃろう。この一撃を弔いとさせて貰おう」
ディーナはギチギチと牙を鳴らし、『聖竜姫形態』で編み出したレイアの神気と、自分の闘気を混ぜ合わせた『竜神気』を肉体に纏う。
(瀕死に追い込んでるのは貴女なんですけどね……それにしても、ここまでとは……)
ホウライは真逆に自らの気という気を全て体内に内包させた。発するのではなく、一点に閉じ込めるイメージで押し込めるのだ。
爆発させるその瞬間まで。
「行きますよ!!」
「来やれ!!」
頼まれてもいなかったが、合図と言わんばかりにアリアは小石を宙へ投げた。そして、生唾を呑み込む。
肌をひりつかせる程の緊迫した空気から、本当に一撃で決めるつもりなのだと伝わったのだ。
目にも留まらぬ速度で浮遊石の硬い地面を蹴り、互いに右拳へ己の全てを収束させた打撃がぶつかり合う。
「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」」
最初に目を見開いたのはホウライだった。拳が当たった感触が、最初に殴り合っていた時とまるで違うのだ。
決して砕けぬ巨岩を無為に殴ってしまったかのような絶望的な感覚に陥り、視線の先で口元を歪めている存在を畏怖した。
「妾の方が一枚上手じゃったのぉ〜?」
「ち、くしょう……クソ、餓鬼、め」
思わず漏れ出た素の言葉を聞けて満足したのか、ディーナは展開させたリミットスキル『聖絶』の絶対防御に、『
「光栄に思うが良い!! かつて主様と編み出した技じゃあ! 『
レイアの神気とナナの制御が無ければ成し得なかった災厄級の技を、ディーナはひたすらに練習し続けていた。
元々『
『限界突破』のスキルを覚えてレベルが100を超えたあたりから、ぼんやりと見え始めた『
その一撃は容易くホウライの右腕の骨という骨を砕き、放たれた赤黒い閃光は、浮遊石の大地を破りながら竜の山の上空の雲を薙ぎ払う。
「化け、ものめ……」
「…………」
最大の賛辞を送りながら、『竜王』ホウライは意識を閉ざした。ニンマリと笑みを浮かべたまま、同様に気絶しているディーナの姿を同じ竜族として誇らしく思いながら。
「結局引き分けってこと?」
『アレだけの力を主人の力無しで放てば、右腕が砕けるだけでは済まないだろう。やれやれ、こんな場所でどうやって治療すれば良いのやら』
アリアとシルバは再び溜め息を吐き出した。用意していた上級回復薬の大半が初日に消費されると考えれば致し方のない事だ。
「儂の尻尾がああああああああああああああああ〜〜⁉︎」
血反吐を吐きながら横たわっていたゼハードは、『禍津火』の一撃に巻き込まれて尻尾が消失していた。
そのままブクブクと泡を拭きながら気絶する。
アリアは思った。起きたらまずこの親馬鹿竜を殺そう、と。
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